続・コンビニの店員さん 前編
セイは朝から大忙しだった。
部屋中に洋服が散らかり、足の踏み場もない状態になっている。
「もーっ! 間に合わないよっ!!」
セイはとにかく髪を整えてお気に入りの香水を軽く香る程度に体につけた。
問題は服。
昨日の夜から何度も着たり脱いだりを繰り返しているのに全然決まらない。
始まりは2日前。
セイが住んでいるマンションの1Fに入っているコンビニに勤めている沖田沖田とあるきっかけから
仲良くなり、メールのやり取りをしていた。
その沖田から、いきなり映画のお誘いメールが入ってきた。
今までは、「おやすみなさい」「おはようございます」「今日は良いお天気ですね」など、挨拶程度のメールしか
していなかったのに、「今度の土曜、もしお暇なら映画でもどうですか」というメールが入ってきた。
セイはあまりびっくりしたが、沖田の事が気になっていたので、2つ返事で「もちろん行きます!」と返した。
実は土曜は仕事が入っていたのだが、同僚に無理を言って休みを代わってもらった。
「どうしよう?? これで良いかなぁ?? 沖田さんどんな服が好きかなぁ?」
約束の時間が迫り、仕方なく最初に選んだ服に着替えた。
さすがにデート初日からミニスカートは捌けず、チユニックにハーフパンツと白のブーツというコーディネートにした。
「ありきたりかなぁ? 大丈夫だよね??」
セイはバッグを持ち、急いで家を出た。
「お待たせしました!」
待ち合わせはマンションのエントランス。
2人共同じマンションに住んでいるので、1番分かりやすい場所と言う事でここになった。
待ち合わせの3分前に着いたのだが、沖田は既に待っていた。
「あ、富永さんおはようございます」
沖田は爽やかな笑顔でセイを見てエントランスのソファから立ち上がった。
「おはようございます、今日はよろしくお願い致します」
先ほどまで慌しかったセイだが、いざ沖田を前にすると、急に緊張してきた。
「じゃ、行きましょうか」
と言って、沖田はすたすたとマンションの出口に向かった。
セイは慌てて沖田についていく。
マンションを出て、裏の駐車場へ来た2人はある車の前で止まった。
「あまり掃除してないんで汚れてるかも知れませんけど・・・」
と言って、助手席のドアを開ける。
セイはお礼を行って助手席に乗った。
あまり掃除をしていないというが、車はかなり綺麗だった。
沖田が運転席に乗り、エンジンを掛ける。
「あのっ 今日はどこへ??」
映画行きましょうという誘いがあっただけで、どこに何の映画を見に行くのかも何も聞いていなかった。
「今日1日は任せてもらえますか? と言っても、勉強とアルバイトばっかりであまり最近遊びに行ってないので
お気に召して頂けるかは不安ですが」
「はい♪ お任せします!」
セイは笑顔で答えた。
沖田もつられて笑顔になり、車を出した。
車は高速道路に乗った。
「沖田さんはよくドライブに行くんですか?」
「学生時代は良く行きましたけどね。 最近は車を運転する事もほとんどなくなりましたよ。」
沖田はアクセルを思いっきり踏み、スピードを出しながら答えた。
「これって甲府方面に向かってます?」
首都高に乗った車は、すぐに中央高速に乗り換えた。
このまま行くと山梨方向へ行く。
「はい、ちょっとどうしても見せたいものがあって・・・ 夜は何時までに帰れば大丈夫ですか?」
沖田は、最初にセイに時間を確認しなかった事を後悔した。
しかしセイは1人暮らしの上、明日は宿直の為仕事は夕方から行けば良いので何時になっても大丈夫だった。
「明日は宿直なので、今日は何時になっても大丈夫ですよ」
その言葉を聞いて、沖田は安心したように微笑んだ。
「良かった。 まずは食事でもしましょう。 何か食べたいものはありますか?」
セイは上を向いて考えたが、特に思い浮かばなかった。
「何でも良いです。 好き嫌いも特にないのでお任せします」
「分かりました♪」
「わぁっ 何か可愛いお店ですね」
山梨に入り、車は富士吉田市にある小さなレストランの前に停まった。
2人は車を降りた。
「ここは学生時代に、良くこの辺にキャンプに皆で来てたんですが、いつも食べに来てたんですよ。
特にお魚が美味しいんですよ。 オーナーの実家がお魚屋さんなんですって」
「お魚大好きです! 楽しみだなぁ」
お店に入ると、カントリー風の内装に暗めの照明が施されており、落ち着いた雰囲気になっていた。
まだ昼間なのだが、わざと外からの光が入らないようになっている。
2人はランチセットを頼み、他愛のない会話をしながら料理が運ばれてくるのを待った。
セイは今日初めてちゃんと沖田と向き合って会話している事に内心ドキドキしていた。
しかし、それを悟られないように必死で平静を装った。
料理が運ばれてきて、2人は食事を始めた。
沖田は男性には珍しく、とても綺麗な食べ方をしている。
きっと育ちが良いんだろうなと関心しながら見ていた。
沖田はそんなセイの視線に感じる気配もなく、相変わらず会話を続けていた。
話の大部分がセイの仕事に関する質問だった。
食事も終わり、2人はまた車に乗った。
「次はどこへ行くんですか?」
「食後の運動しませんか?」
といたずらっぽく笑った。
セイは何だろう??と思ったが、従う事にした。
1時間ほど走った後、山の上の方にある牧場のようなところに来た。
「ここって・・・」
「そうです。 乗馬クラブです。 富永さん乗馬の経験は?」
「あ、ありませんよっ!」
セイはびっくりして即座に否定した。
運動神経は良い方だったが、生まれてこの方乗馬なんてするような環境にいた事がない。
「私大学生の時乗馬サークルに入ってたんですよ。 なので結構自信あるんですよ♪ すっごく気持ち良いので乗りましょう」
と言って、強引にセイの手を引いて入り口にあるロッジの中に入っていった。
セイはというと、乗馬の事よりもいきなり手をつながれた事にドキドキしていた。
(うわぁ・・ 手つないでるっ! でも沖田さん全然気にしてなさそうだし・・)
沖田は全く気にする風でもなくセイの手を握ったまま、受付をしている。
(やばい。 緊張して手が汗ばんできた。 かといって離すのもなんだか淋しいし・・)
セイは1人であれこれ考えていた。
「さ、行きましょう!」
「えっ!?」
1人で考え込んでいたセイは、どういう事になっているのか全く理解していなかった。
連れられるがまま馬がいる所まで来ていた。
「富永さんは初心者コースで申し込んだんですが、インストラクターは断っておきました」
「えぇっ!?」
「大丈夫です、私が教えますから。 はい、ここに足を掛けて乗ってください」
セイは初めて乗る馬に怯えていたが、何とか乗った。
すると、沖田がセイの後ろに乗った。
「!?」
セイは自分のすぐうしろからセイを抱くような形で手綱を持つ沖田に心臓が飛び出るのではというほど緊張していた。
「大丈夫、緊張しなくて。 力抜いてください。」
沖田は、セイが馬に緊張していると思い、緊張をほぐす為に優しく声を掛ける。
(そんな耳元で言われたら余計緊張しますが・・)
「まず背筋を伸ばして、胸を張って肩を開くようにして下さい。 膝は力を抜き、柔らかくしてふくらはぎと踵を馬のお腹に優しく添えるような感じにして下さいね。 」
セイは言われたとおりにしてみた。
「そうです。 良い感じですよ♪ じゃあちょっと歩いてみますね」
と言って、沖田は軽く馬の腹を足で蹴った。
その瞬間、馬はゆっくりと歩き始めた。
「きゃっ」
歩き始めた馬にセイはびっくりした。
でも何だか気持ち良い。
敷地を1週し、だいぶ乗馬にセイが慣れてきたと思った沖田は、セイにしっかりつかまるようにいった。
次の瞬間、沖田は軽く手綱をゆすった。
馬は少しずつ早足になり、どんどん加速していく。
セイは最初こそ恐怖を感じていたが、だんだんと乗馬を楽しむようになってきた。
「気持ち良いっ!」
「でしょう? 私はこれに病みつきになって、学生時代はほぼ毎週乗馬してました」
2人は存分に乗馬を楽しんだ。
心地よい疲れの中、2人は乗馬クラブのロッジでお茶をしていた。
「乗馬がこんなに楽しいとは思いませんでした♪」
セイが晴れやかな笑顔で言った
「でしょう?? 上達してくると、馬とも意思が通じてきてもっと楽しくなってきますよ」
「また連れてきてもらえますか?」
セイは言った瞬間、急に恥ずかしくなった。
これでは自分からデートに誘っているようなものだ。
しかしやはり沖田は当たり前のように「もちろんっ」と快く答えてくれた。
セイはホッとしたものの、沖田の今日1日の態度に何か物足りないものを感じていた。
自分1人がドキドキしているようで、妙に淋しかった。
(沖田さんにとっては私は女友達の1人なんだろうな・・)
徐々に日が落ちてきて、気温も下がってきた。
「じゃあ今日の目的地に行きましょうか」
「あ、はい。 えーっと、映画は??」
セイは、当初沖田から誘われた目的を思い出し訪ねてみた。
すると沖田は少し照れたように頭をかいた。
「あー、最初は映画でも見てお食事でもしてって思ったんですが、そんなありきたりなコースはつまんないかなと思って。 もしかして映画見たかったですか??」
「いえっ! すっごく楽しいです。 私も今は特に見たい映画もなかったですし、乗馬体験出来て良かったです」
「良かった♪ じゃあまた少しドライブに付き合ってください」
と言って、2人はまた車に乗った。