指きり



「沖田先生、それ誰かへの贈り物ですか」
突然後ろから聞こえた声に、驚いて振り返った。

そこには1番隊の山口と相田が総司の手元を覗き込んでいた。
「やっ山口さんっ 相田さんっ」
総司は真っ赤になりながら、慌てたそぶりで手に持っているものを後ろに隠した。

「そんなに慌てるという事は、さては好い人への贈り物ですね?」
相田はははーんと笑いながら総司を見た。
「い、いや、これは・・ その・・」
ごにょごにょと口ごもりながら、総司は下を向いてしまった。
「沖田先生の好い人ってどんな人なんすか」
「すっごく興味ありますよ」
楽しそうに訊ねる2人に、総司は首まで赤く染めながらそっと持っているものを前に出した。
「その・・ この簪の似合いそうな色白でそれは可愛らしい娘さんなんですが・・」
「うわーっ 高そうな簪ですねぇ」
「いえ、そんな事は・・」
「きっともらった人は喜ぶでしょうね」
相田の一言に、総司の顔が綻んだ。
「そう思いますか? 実はちょっと自信なかったもので・・ 何しろあまり着飾らない人なので、こんなものを贈っても喜んでくれるかどうか心配だったんです」
照れたように頬を掻きながらそう言う総司を、山口と相田は顔を見合わせて微笑んだ。
「絶対大丈夫っすよ」
「俺が女なら、めちゃくちゃ喜びますね」
「そうですか。 良かった。 ではこれを買います」
そう言うと、総司は嬉しそうに店の中へ入って行った。











「え? 沖田先生が?」
「そうそう! あんな先生見たことがねえよな」
「ああ。 嬉しそうに頬染めちゃってな」
屯所に戻った山口と相田は、先ほど町で見た総司の様子を事細かくセイに伝えてきた。
「先生が女性への贈物を・・」
途端にセイの顔が曇った。
「やっと先生にも好い人が出来たんだなぁ」
「一体どんな人なのか興味ねえか?」
「あるある! あの沖田先生が好きになるくらいだから、きっと綺麗な人なんだろうな」
「・・・・」
盛り上がる2人の話を聞きながら、セイの心はどんどんと暗くなっていった。


そんな人がいたなんて・・
全然知らなかった。


「何だ!? 沖田先生にそんな人が出来たのかっ!」
周りで話を聞いていた隊士達が、集まって来た。
あっという間に山口と相田の周りには人だかりが出来て、いったい総司の想い人はどんな女性なのかという話題で盛り上がり始めた。

セイはそっとその場を立つと、静かに部屋を後にした。



庭まで来ると、その場にしゃがみ込んだ。

いつかはこのような日が来るとは思っていた。
しかしいざ総司に好きな人が出来たという事を聞いてしまうと、これ以上ない程の悲しみに襲われる。
膝を抱えると、顔を埋めた。

泣くな セイ!

頑張って言い聞かせても、自然と涙が溢れて来た。





巡察の為集合場所へ行くと、既にそこには他の隊士や総司がいた。

「神谷さん、遅刻ですよー」
セイが来たのを確認すると、総司はにこにことセイの顔を覗き込んだ。
「すみません・・」
総司の顔を見ないまま、セイはぼそっと呟いた。
「? 何かあったのですか?」
「いえ、何でもありません。 巡察に行きましょう」
セイはそのまますたすたと歩き始めた。
「おかしな人ですねぇ。 それでは皆さん行きましょう」
総司は元気よく1番隊を連れて歩き出した。







巡察も無事終わり、解散になった。
セイはすぐさまその場を立ち去ろうとしたのだが、総司に呼び止められた。

今は顔を見ていたくないのに。

セイは強張った顔のまま、呼ばれるまま総司の元へ行った。

「一体どうしたというのです? 巡察の間も心ここにあらずといった様子だったでしょう? そんな事では新撰組の隊士は務まりませんよ」
厳しい口調の中にも、セイの気遣う優しさが含まれていた。
「申し訳ありません。 以後気をつけます」
「言いたくなければ言わなくても結構ですけど・・ 巡察の時は集中しなさい」
「はい・・」
セイの返事を聞くと、ふぅっと息を吐いた。
「あなたに話したい事があるのです。 これから時間ありますか?」
セイの心がチクッと痛んだ。
もしかして、好いた人の相談でもされるのではないのだろうか。
「神谷さん?」
黙ったまま何も答えないセイを、総司は覗きこんだ。
「はい・・ 何でしょう」
「ここではちょっと・・ もし良かったら、少し歩きませんか?」
「・・・・はい」
セイの返事を聞くと、総司は歩き出した。
仕方なくその後を追った。







途中大量に買った甘味をもち、総司とセイは朱雀の森へ来た。
大きな木の幹に座ると、買った団子を取り出してセイに渡した。
「これ美味しいんですよ! この前1人で町を歩いていたら見つけてしまって。 きっと神谷さんも喜んでくれると思ったんですけどね」
「ありがとうございます」
セイは受け取るが、口にはせず団子をボーっと見つめた。
「食べないんですか?」
「いえ、頂きます」
そうは言うが、それでもセイは口に運ぼうとはしない。
「一体どうしたんです? やっぱりあなたおかしいですよ」
町を歩く間も、総司が1人でしゃべり続けていた。
それも、普段の総司からは考えられないほど饒舌に話続けた。
その事もセイの心を暗くした。
愛しい人が出来たことで、総司が上機嫌になっているのであろうと、セイは結論付けた。

「話ってなんでしょう」
「え?」
「お話があるから、わざわざこのようなところまで来たのではないのですか?」
「あぁ、その事ですか・・」
突然総司は顔をほんのり赤くそめると、照れたように下を向いてしまった。
それを見て、セイは唇を噛みしめた。
「女の人の相談ですか」
「えっ!」
セイの言葉に、総司は驚いて声を上げた。
「好きな人がいらっしゃるのでしょう?」
「なっ なっ なっ なぜそれをっ!!」
茹でダコのように真っ赤になりながら、総司はセイを見た。

「今日山口さんと相田さんが、沖田先生が女性に贈り物をする為に簪を買っていたと言っていたものですから・・」
それを聞いて、総司は2人に口止めをしておかなかったことを悔やんだ。
「あ、あの、それはですね・・」
「どんな方なのですか?」
「どっ どんな方って」
総司はあたふたし始めた。
「その方の事で相談があるのでしょう?」
悲しみを含んだ目で総司を見るが、総司は今それどころではなく、そんなセイの様子に気づく様子はない。
「いえ、そういう事ではないのですが・・」
「では、何でしょうか」
セイの問いに、総司は真っ赤になったまま下を向いた。
そしてしばらく無言のまま何やら考え込んでいる。

「先生?」
嫌な話なら早く聞いて、早く吹っ切りたい。
なのにこんなに溜められると余計悲しみが深くなる。

セイの呼びかけに、意を決した総司は懐から包みを取り出した。

「これ・・ なんですが・・」

総司が取り出したものを見て、セイの心臓がチクッと痛んだ。

これが想い人への贈り物・・・

セイは、暗い気持ちのまま総司の持っている包みを見た。

「これを贈りたいと思って・・」
「そうですか」
「あなたに」
「そうですか」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




「・・・・・って、ええっ!?」

しばらくして総司の言っている意味を理解したセイは、驚いて声を上げた。

「そ、そんなに驚かないで下さいよう」
「えっ えっ だっ だってこれってっ」
山口と相田の話だと、好いた人への贈り物を買っていたと聞いた。

「あの、だから・・ その・・」
総司はセイに手に持っているものをずいっと差し出しながら、真っ赤になっている。
「だってこれは・・」
受取って良いのか悪いのか分からず、セイは手を出す事が出来ず総司の顔を見た。

「これはあなたに買ったものなのですっっ!」
真っ赤になりながらも、総司はキッパリとそう言うと、セイの手を取り手の平の上に乗せた。
「開いてみてください」
言われるまま、セイは紙を開いた。
そこには桜の細工が施されている可愛らしい簪があった。
「可愛い・・」
思わず呟いたセイの言葉に、総司は嬉しそうな顔で笑った。
「でしょう! 絶対あなたに似合うと思ったのです」
「でっ でもこれって・・・」
セイは訳が分からなかった。
なぜこれを自分にくれるのか。

「だから、私が好いている人への贈り物ですっ!」
意を決してきっぱりとそう言った総司を、セイは信じられないような目で見ている。
「は・・い?」

「もうっ! 何度も言わせないで下さいよ! 私の好きな人というのはあなたなんです! 土方さんに聞いたら、好きな人には贈り物をして想いを告げろと言われたものですからっ」
あまりにも恥ずかしくて、早口で捲くし立てながら言わなくて良いことまで言ってしまった。
「ふ、副長にっ!?」
まさか自分が女だとバラしてしまったのではないか。
「いやっ 相手があなたとは言ってませんけど・・」
「そっ、そうですか」
セイはひとまず安堵したが、改めて総司が自分の事を好きだったという事が頭の中に蘇り、頬を染めた。

「その・・ あなたには誰か好いている人はいるのですか」
今更ながら、総司はセイに訊ねた。
「えっ」
「だって・・ もしそうなら、私からの贈り物なんて迷惑以外なにものでもないと思って・・」
指をつんつんしながら、申し訳なさそうに上目遣いでセイを見た。

「そ、その・・ います・・・けど・・」
「やっぱり・・」
それを聞くと、総司はがっくりと肩を落とした。
「ではそれはもしいらなければ捨ててください。 さっき言った私の言葉も忘れて下さい」
途端に悲しそうな顔でそう言う総司に、セイは慌てた。
「いえっ! そんな忘れられませんっ!」
「えっ」
「あのっ 私も・・・ その・・ 先生の事がずっと好きでした・・」
簪を握り締めながら、恥ずかしそうにそう告げたセイを、総司は真っ赤になりながら見つめた。
「本当ですか」
「はい・・」
それを聞いた総司は、信じられないという顔をして、そして飛び切りの笑顔になった。

「きゃぁっ」
突然強い力で抱きしめられたセイは、驚いて声を上げた。
「神谷さんっ!」
「えっ あっ はいっ」
「大好きですっ!」
その言葉に、セイは嬉しそうに微笑むと、総司の背中に腕を回した。
「はい。 私もです」

しばらくそのままで、セイの自分への気持ちとぬくもりを堪能していた総司だったが、そっとセイを放した。
そしてセイの顔を覗きこんだ。

「これ、つけて私と一緒に歩いてくれませんか?」
「えっ!?」
セイは驚いた。
この格好でこの簪をつけろというのか。

「だから、女子の格好でこれをつけて欲しいのです」
「お、女子の格好!?」
「はい。 そのために買ったのですから。 お願いできますか?」
真っ赤になったまま色々考えていたセイだったが、大好きな総司からのお願いが聞けない訳がない。
「・・・・分かりました」
「ふふっ ありがとう」



その後2人は里の家に行った。
事情を話し、里にセイを女子にしてもらうように頼んだ。
話を聞いた里は、嬉しそうに微笑むと用意が出来るまでに時間がかかるからどこかの店ででも待つように伝えた。


総司は里の家の近くにある甘味処へ来ると、取り合えず甘味を注文し座った。
セイに想いを伝えようと決めたのは、数日前のこと。
あまりにもセイへの想いが強くなり過ぎてしまった為、この気持ちをどうして良いか分からなくなっていた。
そんな総司の様子を目ざとく見抜いた土方に問い詰められ、好いた女子がいると打ち明けてしまった。
しつこく相手は誰か聞かれたが、まさか清三郎だとは口が裂けても言えず、町で出会った娘さんだと言い納得してもらった。
そして女子に想いを伝えるには贈り物が1番だと言われ、何を贈ろうが必死で考えた。
セイに他に想い人がいるならいるで、諦めがつく。
しかしこのまま想いも伝えないまま1人で悶々と日々を送ることに疲れてしまったのだ。
それがこんなにも嬉しい結果になるとは。
総司はウキウキしながらセイが来るのを待った。







「お待たせしてすみません」
ふいに後ろから聞こえたセイの声に、総司は振り返った。
そして驚愕して目を見開いた。

そこには、以前自分の見合いの時に身につけていた浅木の着物に贈った簪をつけ、ほんのり化粧を施したそれは美しい少女が立っていた。

「へ、変でしょうか」
恥ずかしそうに下を向いてしまったセイに、総司は何も言えずセイをただ見ている。
「お、沖田先生・・?」
何も言わない総司を、不安そうに見上げた。
「す、すごく綺麗です・・」
「えっ」
思わず発した言葉に、総司はハッとして口を手で隠し、頬を真っ赤に染めた。
「あっ いえ・・ あの・・・ 想像していた以上に綺麗だったものですから・・」
総司の言葉に、今度はセイが真っ赤になった。
お互いに頬を染めながら下を向いてしまった。

「簪が良く似合っていますよ」
総司がそう言うと、セイは顔を上げて微笑んだ。
「ではお散歩でも行きましょうか」
店に素早く金を払うと、セイの手を取った。
「はい」
突然手を握られたセイは、恥ずかしそうに微笑む。


どこへ行くという目的もなく、2人は歩き出した。

これは初逢瀬・・・なのだろうか。
お互いの頭の中にはその事がぐるぐると回っていた。
普段一緒に歩くのとは違い、やはり気恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。


京の町が、いつもとは違った景色に見えてしまう。
2人はそれを堪能しながら、加茂川までやってきた。

河原に座ると、川のせせらぎを見ながら2人はまた他愛もない話を続けた。
女子姿にも慣れてきたセイは、だんだんと元のように総司と話せるようになっていた。

しばらくしゃべり続けていた総司が、ふと黙ってセイの顔を見つめてきた。
「?」
どうしたのだろうと不思議そうに総司の顔を見返す。


「こんなにも可愛らしいあなたと一緒にいると、また男に戻すのが惜しくなってしまいますね」
「えっ」
総司の言葉に、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちで聞き返した。
「あ、いえ。 すみません。 でも普段のあなたも大好きですけど、やはり女子のあなたもこんなにも可愛らしくて綺麗なんですもの。 どちらも私が独り占め出きるのかと思うと嬉しくて」
「独り占めって・・」
総司の言っている意味を理解したセイは、恥ずかしくて下を向いてしまった。
「また、私の為だけに女子になってくれますか」
セイの手を取り指を絡めながら、いたずらっ子のようにセイに尋ねた。
「も、もちろんですっ」
総司の言動に、嬉しいやら恥ずかしいやらで、セイはしどろもどろに応える。
「きっとですよ。 約束です」
そう言うと、握り合っている手とは別の手の小指をセイの目の前に出した。
それを見て、セイも嬉しそうに自分の小指に絡めた。
「はい。 沖田先生が望まれるのでしたら、いつでも女子に戻ります」
見つめ合ったまま、2人は微笑んだ。

「ではそろそろ日も落ちて来ましたし帰りましょうか」
残念そうにそう言うと、セイは立ち上がろうとした。
「あっ 待って」
慌ててセイの手を引くと、バランスを崩したセイは総司の腕の中に倒れこんだ。
「せ、先生っ! 何をするんですかっ」
恥ずかしそうに慌てて総司の腕の中から抜け出そうとするセイを、総司は離さないとばかりに強く抱きしめた。
「もう少しだけ、このままでいても良いですか?」
総司が自分をこんなにも求めてくれているという事が嬉しくて、セイは総司の胸に顔を埋めた。

すっかり日が暮れるころ、やっとの事で男に戻す決心のついた総司にセイは解放された。
男に戻ったセイだったが、手をつないで歩く姿はやはりこれまでの2人とは違いどこか甘い空気が流れていた。







後日。

総司に女とどうなったのかとうっかり訊ねてしまった土方は、止まらない惚気に心底聞いたことを後悔していた。

「だからね、簪をつけた彼女ったら本当に可愛くてねっ」
「分かった! もう良い!」
「そしたら彼女ったらねぇ」
「うるせぇ!!! もうこれ以上聞きたくねーーーっ!!!」




*******************************************************************************************
nagisaさまより頂きましたリクエスト、
『総司が覚醒済み。そして恋仲になって...。 女子セイと逢引を』との事でした。
nagisaさまもおっしゃっていましたが、ありそうでないこのシチュエーション、どう表現して良いか悩みました^ ^;
リクエスト通りに書けたかどうかかなり不安ですが、大丈夫でしょうか???(汗)
nagisaさま、リクエストをどうもありがとうございました☆


2009年2月21日