repayment of a kindness 後編
「じゃあ、終わったらここで待ってるので、さっき説明した通りに行ってきて下さいね」
総司はそう言って、セイを女湯の中へ行かせた。
総司は気が気ではなく、ものすごい速さで体と髪を洗うとすぐに外に出てセイを待った。
しかし、30分経っても1時間経っても出てこない。
もしかしたら中でのぼせてるんじゃないかと心配していると、セイがニコニコしながら出てきた。
「大丈夫でした?」
総司は慌ててセイに駆け寄った。
「はい! 皆さんがとても優しく教えて下さったので、全然大丈夫でした」
セイは、女湯の中にいた人達と仲良くお風呂を楽しんだ様子だった。
総司はふぅっと安心してため息をついた。
「じゃ、行きましょうか」
「はい♪」
総司がそういうと、セイは総司の腕を組んできた。
「ちょちょちょちょっとっ! シロ! じゃなくてセイちゃん!」
総司は真っ赤になって組まれた腕を放そうとした。
「何ですか?」
可愛く首をかしげて総司を見上げるセイに、総司は一瞬ドキリとした。
お風呂上りで、髪が濡れて顔は蒸気している。
「うううう腕を組むのはダメですっ!」
思わず顔を逸らして総司は叫んだ。
「どうしてですか? この方が暖かいじゃないですかっ」
セイは、更に総司にくっついてきた。
元猫に対して、これ以上何と説明して良いか分からず、総司は顔を茹蛸のように赤くしながらも、そのまま腕を組んで家まで帰った。
「・・・・・。 セイちゃん・・・」
「はいv」
「いくらなんでもこれはまずいと思います」
「どうしてですか?」
ベッドに横になった総司に、ぴったりくっついて添い寝しているセイに、総司は逃げ腰になりながら、震える声で言った。
「あなたは今猫ではありません。 それをわかって下さい」
「姿は人間でも猫です。 何がダメですか? ベッドが狭いからですか?」
的外れな質問をしてくるセイに、総司は泣きそうになった。
耐えよう。 耐えるしかない。
この子は猫であって、人間ではない。
猫だと思えば良いんだ。
そう自分に言い聞かせてはみたものの、総司はその日一睡も出来なかった。
セイが総司の家に来てから、既に3週間が過ぎていた。
総司もだんだんセイの行動に慣れてきており、一緒のベッドに寝ようがどんなにぴったりくっつかれようが平気になってきていた。
セイはとても頭の良い子だった。
1度教えた事はその場で覚えたし、総司や他の人の行動を見ただけで何でも出来るようになっていった。
総司がバイトから帰って来ると、洗濯をしたり簡単な料理を作って待っていてくれるようになった。
「あのぉ・・・ 総司さん・・・」
「何ですか?」
2人でTVを見ている時、突然セイが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「その・・ まだ決まりませんか?」
「何がですか? って、あっ!」
総司は完全に忘れていた。
セイがなぜ人間の姿になって自分の元に現れたのかを。
セイが自分の生活の中にいるのが、あまりにも自然過ぎたのだ。
「ふふっ 忘れてました?」
「ごめんなさい。」
総司はしゅんとしながら謝った。
「いいえ、全然良いんですよ。 という事は、まだ決まってないんですね?」
「はい・・ もう少し待ってもらえますか?」
「分かりました。 では決まったら遠慮なく言ってくださいね」
そう言ってセイはにこっと笑った。
「もし、願い事を言ったら、あなたはどうなるんですか?」
「えっ?」
「また猫のシロに戻っちゃうんですか?」
「えぇ、そうですよ?」
「そう・・ですか・・」
総司は、自分の中でセイがいることが当たり前になってしまっている事に気づいた。
もちろん猫に戻っても嬉しいのは嬉しい。
でも、やはりこうやって会話をして、一緒にご飯を食べて、一緒に買い物に行くのは、シロでは出来ないのだ。
ずっとこのまま一緒にいてくれたらな・・
総司は、セイがシロに戻ってしまった後の事を考え、沈痛の面持ちになった。
この日、総司は40℃近い熱を出して寝込んでいた。
先ほどからセイがおでこに冷やしたタオルを乗せてくれたり、お粥を作って出してくれたりしていた。
「すみません、セイちゃん。 こんな事させてしまって・・」
「いいえ、全然大丈夫ですよ! お粥食べれますか?」
総司は、ゆっくりと起き上がり、セイの作ってくれたお粥を一口食べてみた。
「わぁ・・ 美味しい・・」
つい最近まで猫だったとは思えない程、セイの料理の腕は上がっていた。
「本当ですか? 沢山食べて、早く良くなってくださいね!」
体調が悪く、全部は食べれなかったが、病んだ体にはにしみる美味しさだった。
総司は横になり、総司の隣にぴったりくっついて座っているセイを見上げた。
視線を感じたセイは、総司を見下ろしにっこりと微笑む。
汗をかき、ぐったりとした総司の頬に、セイはそっと手を当てた。
それだけで総司は幸せな気分になった。
高熱に侵されている総司の頭はボーっとしている。
「セイちゃん。 お願い事が決まりましたよ」
だんだん総司の意識が薄れてきた。
「本当ですか?? 何ですか?」
セイは身を乗り出し、よく聞き取れない総司の声を聞こうと、耳を近づけた。
「ずっと・・ 人間の姿で・・・ いてください・・」
それだけ言うと、総司の意識はそこで途切れた。
「ん・・・」
美味しそうな匂いと、コンコンと小刻みに動く包丁の音で総司は目が覚めた。
「あっ! 総司さん! 目が覚めました?」
総司が起き上がったのに気づき、セイは総司の元に駆け寄ってきた。
「あれから丸1日寝てたんですよ! 」
そう言って、セイは総司のおでこに手を当てた。
「熱はもうないみたいですね。 良かったぁ」
「何だか、体も軽くなった気がします」
総司は、伸びをした。
「ご飯出来てますけど、食べれますか?」
「はいっ! 元気になったらお腹が空きました」
そういうと、2人は顔を見合わせて笑った。
「風邪の時に誰かに看病してもらったのなんて、初めてで本当に嬉しかったです。 ありがとうございました」
セイが作った食事を頬張りながら、総司は嬉しそうに話した。
「そう言ってもらえて、私も嬉しいです」
「私は小さい頃から両親がいなかったから、こうやって人と一緒に食事したりという事もなかったんです。 セイちゃんがここに来てから、本当に私は幸せなんです」
「・・・総司さん?」
「何か願い事をしたら、またシロに戻っちゃうでしょ? 今のうちにセイちゃんとの暮らしを満喫しなきゃなーって」
総司は伏し目がちに言った。
「あのーー・・・ 総司さん?」
「はい?」
「私、もう猫に戻る事はありませんけど・・・」
その言葉に、総司は持っていたお椀を落とした。
「あっつっ!」
「大丈夫ですか???」
総司は、自分が言った願い事を全く覚えていなかった。
しかもそれを言ったとして、まさか本当にそんな願い事が叶えられるとは・・・
「・・・という事は、セイちゃんは・・・」
「はい、ずっとこのままですよ? これからもよろしくお願いします、総司さん」
セイが、このままずっと一緒にいてくれるのは、心底嬉しい。
本当に。
しかし、ずっと一緒という事は・・・
総司は色々と今後の事を考えてみた。
・・・が、やはり考える事が苦手な総司は途中から良く分からなくなってきてしまった。
ま、いっか。
とにかく、総司はこれからもセイが自分の元にいてくれる事に幸せを感じていた。
「でっ、では改めて、これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
何故か2人は向き合って正座していた。
「とにかく、ご飯食べちゃいましょうか」
総司は、何だか恥ずかしくなってきて、慌てて食べ始めた。
「そうですね」
セイもふふふっと笑って総司が食べている姿を幸せそうに見ていた。
「神様。 総司さんにずっと人間でいて欲しいと言われました。」
「あなたはその願いを叶えたいのですか?」
「私は猫の姿としてでも、人間の姿としてでも、総司さんとずっと一緒にいれればそれで良いんです。 それを総司さんが望んでくれるのなら、私はそうしたいです」
「では、その願いを叶えてあげなさい。 」
「良いんですか!?」
「それが彼の願いなら、叶えてあげると良いでしょう。 これからずっとあなたは彼の傍にいなさい。 そして、幸せになりなさい」
「はいっ!ありがとうございますっ 神様!」
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