忘れ路 後編
「神谷が消えた?」
「はい。 目が覚めた時には既におりませんどした」
里は泣きそうな顔で土方に訴えた。
「変わりにこれが置いてありました」
と、里は手紙を差し出した。
全員がその手紙に目を通す。
そこには、近藤・土方宛に性を偽っていた事の謝罪と、それでも新撰組にいたかったという事。
新撰組にいれないなら生きていても仕方ないという旨が書かれていた。
「もしかしたら、もうおセイちゃんは・・」
里は声を出して泣き出した。
「副長、神谷を探しに・・」
斉藤は立ち上がり、外に出ようとした。
「待て」
それを土方が止めた。
「この手紙の内容が本当ならば、今から探してももう遅いだろう」
「トシっ!」
土方の発言に、近藤は驚いた。
「今すぐ探せばもしかしたらまだ神谷君は助かるかも知れないじゃないか」
「いや、どこに行ったか検討もつかねんだ。 探してるうちにあいつはもう生きちゃいないだろう」
「そんな・・」
里が絶句する。
斉藤も、何か思うところがあるのかその場に座り込んだ。
「そう言われてみればそうですな」
「斉藤せんせまでっ!」
副長室でのやり取りに、聞き耳を立てている人物がいた。
総司だった。
神谷さんが・・・
総司は青ざめながら、話を一部始終聞いていた。
今朝、里が血相を変えて屯所へやってきた。
副長室に通され、その後近藤と斉藤も副長室に入って行った。
すぐにセイに何かあったのだろうと思った。
総司は、自分には関係ないと思いつつも、どうしても気になり廊下からそっと中の声を聞いていた。
「皆さんが探しに行かはらへんのどしたら、うちが行きます!」
そういうと、里は立ち上がり部屋を出ようとした。
その手を斉藤が掴む。
里は、キッと斉藤を睨んだ。
すると、斉藤は静かに首を横に振る。
「何でどすか!」
「良いから、取り合えず座ってください」
中の様子を伺っていた総司だったが、いてもたっても居られなくなった。
そして、どこかへ向かってその場を走り去った。
「・・・・行ったか?」
「そのようですな」
土方と斉藤の会話に、訳が分からず里が2人を見比べた。
「何どすか」
「心配しなくても、沖田さんが行きましたよ」
「えっ?」
「それにしても分かりやすい奴だな。 あんなに殺気を出して盗み聞きとはな」
土方がくくくっと含み笑いをした。
「じゃあ、沖田せんせはずっと?」
やっと合点がいった里が訪ねた。
「恐らく最初から話は聞いていたでしょうな」
「沖田せんせが探しにいかはったのなら見つけてくれはるやろか」
「少なくとも、俺たちが探すよりは遥かに早く見つけ出すでしょう」
無表情で話す斉藤を見て、土方が問いかけた。
「斉藤、お前は良いのか? 総司に行かせて」
斉藤はわずかに口元に笑みを浮かべた。
「不本意ではありますが、俺には神谷は荷が重過ぎます。 沖田さんにしかあいつは扱えないでしょうな」
その言葉に、近藤と土方は苦笑いした。
「でも、間に合ってくれるとええんやけど・・」
総司は走った。
思いつく場所を手当たりしだい探し回る。
汗が滴り落ちようと、息が切れようと構わず総司は走り続けた。
どうか生きていて−−−
その思いだけだった。
そして、何か思いついた総司は、ある場所へ向かって走り出した。
そこはいつも2人きりで神谷流の稽古をしていた場所。
総司は息も絶え絶えに、その場に着いた。
「!!」
人が倒れている。
間違いなくセイだった。
「神谷さんっ!」
総司は急いでセイの元に駆け寄って抱き上げた。
軽い。
ここ数日ほとんど食べていなかったセイは、びっくりするほどやせ細っていた。
総司は急いで胸に耳を当てて心音を確かめる。
微かだが、心音が聞こえる。
良かった、生きていた
総司はホッとしたものの、セイの顔を覗き込み名前を呼び続けた。
血が通っているとは思えない程青白い顔。
どうしてこんな事になってしまったのか。
セイにとって良かれと思ってした事が、裏目に出てしまった。
「神谷さんっ! 神谷さん!!」
何度も何度も名前を呼び続ける。
しかし、セイは目を覚まさなかった。
総司はセイを抱き、なるべく振動を与えないように急いで法眼の元へ向かった。
「セイっ!?」
松本はセイを見るなり、セイの衰え方に驚いた。
「沖田! セイに一体何があった!?」
松本は総司からセイ受取りながら怒気を含ませた声で訪ねた。
「すみません! 全て私の責任です」
総司は泣きそうな顔でつぶやいた。
「良い、話は後で聞く! とにかくこいつの治療が先だっ!」
そういうと、松本はセイを布団に寝かせた。
しばらくして、治療を終えた松本が、待っていた総司の元にやってきた。
「神谷さんはっ!」
そう訪ねた総司を、松本は思いっきり殴った。
「お前っ! どうしてセイがあんなになるまで放っておいた!!」
総司は何も言えず松本を見上げた。
「あいつは栄養失調だ。 餓死寸前の状態だぞ! 一体どういう事だ!!」
「申し訳ありません! 私の責任です。 私が神谷さんを守れなかったから・・」
総司は土下座をしながら松本にこれまでの全ての事を話した。
「お前は、あいつを見放して斉藤に預けたのか」
「そんなっ! 見放したなんてっ! 私は斉藤さんと一緒になる事が神谷さんには1番幸せだとっ」
松本は一層総司を睨んだ。
「あいつがどうしたら幸せになれるかなんて、あいつにしか分かんねぇんだよっ!! 勝手にお前が決めてんじゃねぇ!」
松本は激昂しながら叫んだ。
「2年もひっついといて、そんなセイの心情も見抜けねぇのか、お前は!!」
松本の言葉に、総司は頭を殴られたような衝撃を受けた。
そうだ。 自分は何も神谷さんの事を分かっていなかったのかも知れない。
女子は嫁ぐ事だけが幸せだとばかり思っていた。
里がわざわざ忠告に来てくれたにも関わらず、自分は何もしなかった。
全て自分の責任だ。
「・・・せい・・」
微かに聞こえた声に、2人ははっとした。
「・・・きた・・せ・・・せい・・」
総司は、声のするほうを見た。
セイが目を開けてこちらを見ている。
「神谷さんっ!!!」
総司は急いでセイの元に駆け寄った。
「大丈夫ですかっ!?」
セイの手を握り、総司は訪ねた。
「ごめ・・なさい・・ ご迷惑かけて・・ ごめんな・・い」
消え入りそうな声でセイは言った。
「違いますっ! 神谷さんは悪くない! 全て私が悪いんです! 私こそごめんなさい!!」
神谷さんの気持ちも考えず、勝手に決めてしまってごめんなさいっ! 総司はセイの手を握りながら叫んだ。
「せんせ・・ どうして・・・?」
何故総司が自分に謝っているのか分からず、朦朧とした意識の中で総司を見た。
「無理に嫁がなくても良いですから。 私が土方さんや斉藤さんに話しをしますから。」
セイの目から涙がこぼれた。
「神谷さん、あなたはどうしたいですか? あなたのしたいようにして良いですから。」
総司はセイの顔を覗き込みながら、優しく語りかけた。
「一緒に・・・いたいです」
「え?」
「沖田先生と・・一緒にいたい・・です」
総司は一瞬何を言われているのか分からなかった。
「私と?」
「沖田先生といたい」
はっきりとそう言ったセイの言葉に、総司は一気に顔を赤らめた。
「わっ私で良いんですか!?」
「沖田先生じゃなければダメなんです」
涙を流しながらそう訴えるセイに、総司は一層セイの手を強く握った。
「神谷さん・・」
その様子を、松本はにやにやと笑いながら眺めていた。
「ちょっと、副長っ!! これはどういう事ですかっ!」
「うるせぇっ! ちったぁ静かに出来ねぇのかよ!?」
屯所の中を、騒がしい怒鳴り声が響く。
「土方さんの方がよっぽどうるさいと思いますけどね」
ニコニコしながら総司が言った。
「なんだと!?」
「もうっ! 良いからそこどいてください! 邪魔です!」
総司に文句を言おうとした土方をセイが押しのける。
「邪魔とはなんだっ!」
「昨日掃除したばかりの部屋をここまで汚したのはどこのどちら様ですか!」
セイは、はぁとため息をつきながら、土方の部屋を箒で掃く。
あれから、セイは総司の妾宅で暮らしている。
表向きは隊を除隊した事になっているが、今でも屯所で賄い方の手伝いをしたり、近藤や土方の小姓のような仕事をしていた。
「神谷さん、そんなの放っておいて、甘いものでも食べに行きましょうよ♪ せっかくの非番なんですから」
「つーか総司、お前なんで非番なのにここにいるんだよっ! 家にいりゃ良いだろうがっ!」
「だって、神谷さんが屯所の様子を1日に1回は見ないと気がすまないって言うから・・・」
総司は、口を尖らせながら答えた。
「お・・お前はそれでわざわざ神谷にくっついてのこのこやって来たのか」
土方はわなわなと拳をにぎりながら震えている。
「そうですよ♪ だって一緒にいたいんですもん。 ね、神谷さん」
総司はセイの顔を見てにっこりと微笑んだ。
総司の言葉に、セイは手を止め、顔を赤らめている。
「お〜ま〜え〜らぁ〜〜〜〜!! 鬱陶しい!! とっとと出て行きやがれ!!」
土方の怒鳴り声が屯所内を駆け抜けた。
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