忘れ路 中編
「すみません、沖田せんせいてはりますか?」
里は新撰組屯所に来ていた。
「沖田先生は、今巡察に出ていますよ。 もうしばらくしたら戻ると思いますが・・」
門番をしている隊士が、里に見とれながら答えた。
「そうどすか。 ではここで待たせてもろてええですやろか」
と言うと、里は門の前に立ち、総司を待った。
半時ほどした頃、1番隊と見られる集団がこちらに向かって歩いてきた。
里は、その先頭を歩いているのが総司だと認めると、そちらに向かって小走りに駆け寄っていった。
「沖田せんせ」
他の隊士達に先に戻るように言い、総司は立ち止まった。
「お里さん。どうしました?」
里の顔を気まずそうに見て総司は尋ねた。
「おセイちゃんが斉藤せんせと祝言を挙げると聞きました」
「はい、それが何か・・」
それを聞いて、里はキッと総司を睨んだ。
「沖田せんせはそれでええんどすか?」
「え、とても良いお話じゃないですか。 斉藤さんなら、絶対に神谷さんを幸せにしてくれますよ」
「おセイちゃんが今どんな状態か知ってはるんですか?」
「どんな状態とは?」
「この3日、ほとんど食事も取らない上に、ほとんど寝てはりません。 うちに来てから一言もしゃべらへんのどすえ!」
里は涙ながらに訴えた。
「え・・」
初めて聞く、セイの様子に総司は驚いた。
「ただ一点を見つめたまま動きはりません。 このまま斉藤せんせと祝言挙げても、うちにはおセイちゃんが幸せになれるとは思えません!」
「でも私にはどうする事も・・」
総司は申し訳なさそうに下を向いた。
「おセイちゃんは、新撰組にいたいんちゃいますやろか」
「女子とバレたからには、ここにはもういさせる訳にはいきません」
「それやったら、斉藤せんせじゃなくて、沖田せんせがおセイちゃんを娶るというのは」
「それは絶対にありません!」
総司は、里の目を見据えてきっぱりと言った。
「私にはこれ以上神谷さんにしてあげられる事は何もありませんから。 今後彼女を見守るのは斉藤さんの役目なんです。」
総司は、そこまで言うと、これ以上話す事はありませんからと、屯所の中に戻って行った。
1人残された里は、セイの不憫さを思い涙を流し続けた。
総司がセイに思いを寄せている事など、一目瞭然だ。
それなのに、何故セイを娶ると言わないのか。
里にはそれがどうしても理解できなかった。
里が家に戻っても、セイはやはり出た時と同じようにその場に座りぼーっとしていた。
「おセイちゃん、ただ今戻りました」
里は、返事が返ってこないのを承知で声をかけた。
「・・・さん」
「えっ!?」
この家に来て初めてセイが言葉を発した。
「何? おセイちゃん!」
里はセイに駆け寄った。
「私もうどうしたら良いか分からないよ」
消え入りそうな声で、セイがつぶやいた。
「おセイちゃん・・」
それ以上言葉が出てこない。
「私はどうしても新撰組にいたかった。 沖田先生の傍にいたかった」
セイの瞳から、涙がこぼれた。
里は、セイをそっと抱きしめた。
何も言ってあげられる事が出来ない。
でもセイには絶対に幸せになって欲しい。
「おセイちゃんっ!」
2人は、抱き合ったまま声を上げて泣き続けた。
「副長、お話があります」
「何なんだ、一体」
副長室には、1番隊の面々が集まっていた。
「斉藤先生と神谷の祝言についてですが、我々1番隊は全員辞退させて頂きたいと思います」
相田が隊を代表して土方に伝えた。
「何を言っている。 総司はこのことを知っているのか」
「もちろんです。 沖田先生にも今朝話ました。 沖田先生も参列されないそうではないですか。 俺たちが参加する必要も
ないと思います」
「理由はなんだ」
土方は憮然とした態度で訪ねた。
「斉藤先生には失礼かと思いますが、はっきり言わせて頂きます。 神谷が幸せになれない婚礼に俺たちは参加したいとは
思いません。」
「何?」
土方は、相田を睨んだ。
「俺たち1番隊は、今でも神谷の事を仲間と思ってます。 神谷は斉藤先生とは幸せになれないんです。」
「ふざけた事をぬかしてんじゃねぇ!」
土方は怒りに震えながら、立ち上がった。
「あいつは性を偽ってここにいたんだぞ! それを娶って面倒見ると斉藤は言い出したんだ! 切腹させられなかっただけ
幸せだろうがっ!」
しかし誰もその言葉にひるまなかった。
「謹慎でも何でもします。 俺たちは絶対に参列しません。 お話はそれだけです。 失礼します」
そういうと、全員土方の部屋を出て行った。
土方は憤然として、相田たちが出て行った襖を見ていた。
1番隊の言いたい事など、土方は分かっていた。
何故総司ではなく斉藤なのか。
土方も、総司とセイは互いに想いあっている事など気づいていた。
しかし総司から何も言い出さない以上、自分からはどうする事も出来ないのだ。
「総司です、入っても?」
総司が苦笑いを浮かべて部屋に入ってきた。
「すみません、うちの組の人達がご迷惑をお掛けしてしまって」
「参列したくなければしなくて良い。 お前もその1人だろう」
土方は総司を睨みながら言った。
「ははっ 私は神谷さんが女子だと知ってて隊に留めた人間ですよ。 そんな人間がそんな大事な席に出るわけには
行きませんから。」
「総司」
「何ですか?」
総司は笑顔で土方の顔を見た。
「お前は本当にこれで良いんだな」
その質問に、総司は驚いた表情をしたが、すぐまた笑顔になった。
「はい。 斉藤さんなら安心して私の愛弟子を預けられます」
「・・・そうか。 分かった」
土方は総司に気づかれないよう、小さくため息をついた。
それ以降、土方も総司も一切セイの話しをする事はなくなった。
新撰組の中でもあえてセイの話題は出さない。
誰もが気になっているのに、話に出せないでいた。
そしてセイが消えたという知らせが入ったのは、祝言の前日の事だった。
前編へ 後編へ