永遠 後編
「おセイちゃん、ほんまによう似合てはるわぁ」
里は、セイを見ながらうっとりとそう言った。
里が用意したお見合いの為の着物を身につけたセイの顔は暗く、今にも泣きそうな顔で下を向いていた。
「おセイちゃん・・・ そんな顔してたら、せっかくの美人が台無しやで」
悲しそうにセイの顔を覗き込む。
それでもセイは何も言わず下を向いたままいた。
「ほんまはお見合いなんかしたくないんやろ? 何で受けるて言いはったん?」
セイの気持ちが手に取るように分かる里は、セイの手を引き自分の前に座らせた。
「だって・・」
ぎゅっと手を握ってセイは里をゆっくりと見た。
「このままここでおっちゃんのお世話になる訳にもいかないし・・ それに・・」
セイの目にはみるみる涙が溜まっていった。
それ以上言葉が出ないようで、セイは唇を噛みしめた。
「沖田せんせと離れて良いん?」
優しく訊ねる里に、セイはぷるぷると首を振った。
「じゃあお見合いなんて受けへんかったらええやないの。 松本せんせは無理やりおセイちゃんにお見合い受けさせるようなお人じゃないやろ?」
「でも・・ いつまでもこのままでいていい訳ないもん。 私を助けてくれたおっちゃんに、何か恩返ししないとって思うし・・」
「そんな理由で他の人の元に嫁いで、幸せになれる?」
「・・・」
「おセイちゃん、沖田せんせに娶ってもろたらええやないの」
「えっ!?」
里の言葉にセイは驚いて顔をあげた。
「それがおセイちゃんが幸せになれる、1番の方法やない?」
「ううん。 沖田先生は誰も娶るつもりはないんだよ。 それに私の事なんて何とも思ってないよ。 私がお見合いするって言ったら笑顔で幸せになりなさいって・・・」
里は、はぁっと溜息をついた。
この野暮天2人は・・
呆れて逆に笑いそうになってしまう。
「そう・・ じゃあお見合い受けるんやね? もう3日後やで。 このままやったらおセイちゃんほんまに他の誰とも分からん人と一生暮らすことになるんやで。 それでもええんやな?」
念を押すようにセイに話しかけた。
「・・・・・・・うん」
涙を拭いながら、セイはゆっくりとうなずいた。
「はい、分かりました。 ほなうちはもう何も言いません。 お見合いには私も松本せんせと一緒に来ますから」
「ありがとう」
「取り合えず今日は帰らせてもらいます。 もし何かあればいつでも言うてきてくれてええし。 当日は準備あるから、早めに来るからね」
「うん、分かった」
「ほなね」
にっこりと微笑んで、里は家を出て行った。
1人になったセイは、身につけている着物に目を落した。
こんな綺麗で上品な着物を着れば、普通なら嬉しくなるはずだろう。
なのにちっとも気分が晴れない。
本当はもっと見せたい人がいるはずなのにと考えて、セイはまた総司の事を思い出してしまった。
会いたくて会いたくて、あれから夢にまで出てきた。
考えまいとすればするほど総司の事ばかり考えてしまう。
でもきっと新しい暮らしが始まれば、総司の事は忘れられるだろう。
早くそうなれば良い。
セイは立ち上がると、着物が皺にならないよう着替え始めた。
「総司、今帰りかい?」
「あ、近藤先生っ」
巡察から帰ると、丁度出先から帰った近藤に出くわした。
「もしこの後何もないなら、ちょっと部屋へ来ないかい?」
「えっ 今からですか?」
「まだ何か残ってるのか?」
「いえ、何もありません」
近藤からの誘いに、総司はうれしそうに微笑んだ。
「頂いたお菓子があるんだ。 一緒に食べよう」
「はいっ」
近藤の部屋に来た総司は、出されたお菓子に早速手をつけた。
嬉しそうに食べている総司を、近藤はニコニコと眺めている。
「あっ、すみません! 近藤先生よりも先に食べてしまいました」
慌てて出された菓子の箱を近藤に差し出した。
「良いんだよ。 好きなだけ食べなさい」
近藤は、他にも菓子の箱を出し、総司に勧めた。
「それで総司、ちょっと話したい事があるんだが・・・ 良いかい?」
「? 何でしょう」
菓子を頬張りながら、近藤を見た。
「神谷くんの事なんだが・・」
「うぐっ!!」
セイの名前を聞いた途端、口の中の菓子を吐き出しそうになり急いで手で口を押さえた。
「大丈夫か、総司」
総司の反応に、やや焦って近藤は膝立ちになった。
「だ、大丈夫ですっ」
胸をトントンと叩きながら、総司は何とか飲み込んだ。
「そうか。 それは良かった」
安心したように微笑むと、近藤はまたその場に座った。
そんな近藤を、総司は上目づかいに見た。
「それで・・ 一体なんの話ですか」
「うん。 神谷くんがお見合いをするのは知っているね?」
「はい」
「お前は、神谷くん・・・ いや、おセイさんが他の男の元に嫁いでも良いと思っているのかい?」
「えっ!?」
意外な言葉に、総司は驚いて声を上げた。
「いや・・ お前はどう思っているのかと思ってね。 もしかしたら、本当は他の男に嫁いでなんて欲しくないんじゃないかと思ったんだ」
「え・・・」
「どう思っているのか、私だけに教えてくれないか? もちろん歳や松本先生には絶対に言わないから」
「・・・・」
総司は何故近藤がそんなことを言い出すのか分からず、思わず口ごもってしまった。
「私はお前の事が心配なんだよ。 もしおセイさんがお前の前からいなくなってしまってお前が悲しむような事になるなら、そんな思いはして欲しくない」
「近藤先生・・」
「お前を見ていれば、彼女の事を愛しく思っている事など手に取るようにわかるよ」
近藤の言葉に、総司は一気に顔を赤らめた。
「そうだろう?」
「・・・・・・はい」
総司はゆっくりと頷いた。
「では、こういうのはどうだろう。 お前がおセイさんを娶るというのは」
「えぇーーーっ!! そ、そんな事できません!」
総司は顔を真っ赤にしたまま、両腕をぶんぶん振った。
「何故だい?」
「私には・・・彼女を幸せにする事は出来ません」
「何故幸せに出来ないと分かるんだ?」
「私は明日をも分からぬ身です。 娶ってしまって私が死ぬような事があれば、悲しませる事になります。 それに・・ 神谷さんは私の事など好きではないですから・・・」
「神谷くんがそう言ったのかい?」
「いえ、神谷さんとはそんな話した事などありません」
「では神谷くんに話をしてみなさい。 見合いをしてしまえば、二度と彼女はお前の元には戻ってこないよ。 それでも良いのかい?」
優しく近藤は総司の顔を覗き込みながら訊ねた。
「良くは・・・ないです・・・ でも・・」
「でも?」
「私には守るものは1つで良いんです」
総司の言葉に、近藤は深く溜息をついた。
「総司。 お前は昔から勘違いしているところがある」
「えっ」
総司は顔をあげた。
「妻を持つということは、人を強くさせるんだよ。 決して重荷にはならない。 特におセイさんのような女性なら尚更だ。 どんな事があっても、きっとお前を支えてくれる。 そうは思わないかい?」
「・・・・」
「彼女なら、きっとお前が戦いの中で何かあろうとも、理解してくれるだろう。 もちろん悲しまないと言っている訳ではない。 私は、お前にはおセイさんはなくてはならない存在だと思うが?」
「神谷さんが・・?」
「そうだ。 おセイさんの見合いは3日後だ。 ゆっくり考えなさい。 そしておセイさんともう1度話し合いなさい」
「でも・・ 神谷さんの気持ちは・・」
「もし彼女がお前と一緒になる気がないと言えば、諦めればいい。 彼女の気持ちを聞く前から、諦めて良いのかい?」
近藤の言葉に、総司は心の中で、『それは嫌だ』と思った。
今までセイを娶るなど考えたこともなかった。
でも、もし彼女が自分と同じ気持ちなら?
セイがもし見合いなど受けず自分の元にいたいと言ったら、総司は受け入れたいと思うだろう。
「近藤先生」
意を決したような眼差しで近藤を見た。
「何だい?」
「もう1度神谷さんと話してみようと思います」
「うん、それが良い」
「ありがとうございました」
総司は深々と頭を下げると、さっと立ちあがった。
「気をつけて行きなさい」
「はいっ!」
総司は元気に返事をすると、近藤の部屋を出た。
総司が出ていくと同時に、隣の部屋の襖が開いた。
「ほんっとうにあいつは世話が焼けるな」
憮然とした表情のまま土方が部屋に入ってくると、先ほどまで総司が座っていた場所に座った。
「まあ良いじゃないか、歳」
近藤はニコニコと土方にも菓子を差し出した。
「近藤さんにまで手間をかけさせやがって」
菓子を受け取ると、口に放り込んだ。
「いや、総司とおセイさんの為なら安いもんだ。 それよりも、お前や松本先生には言わないと嘘をついてしまった」
「良いんだよ。 今のあいつはそんな事覚えちゃいねえだろうよ」
「それもそうか」
2人は顔を見合わせると、笑い合った。
総司はセイのいる松本の家の前まで来ると、息をきらせながら戸に手をかけた。
開こうとして、手が止まる。
何と言ってセイに切り出せば良いのだろうか。
セイが見合いに乗り気で、すっかり大阪に行くつもりだったらどうしよう・・
自分とも新撰組とも縁が切れてせいせいするなどと思っていたらどうしよう・・・
今頃になってそんなことを考え始めた。
こうなると、どんどん悪い方へ考えが向かっていく。
途端に気弱になり、うじうじと悩み始めた。
どれくらいその場に立ち尽くしていたのだろう。
急に目の前の戸が開いた。
「うわぁっ!!」
「きゃぁっ!!」
いきなり開いた戸にびっくりして大声をあげると、急に目の前に現れたセイも驚いて後ずさった。
「お、沖田先生っ!?」
あまりに驚いたセイは、バクバクと鳴り続ける心臓を押さえながら、目の前に真っ赤になって立っている総司を見た。
「う・・あ・・ あう・・ か、神谷さん・・・」
いきなり現れたセイに、何を言っていいか分からず言葉にならない言葉を発してしまった。
「ど、どうしたんですか、いきなり」
何とか気持ちを落ち着かせながら、総司に訊ねた。
「あ、あのっ! 話があって・・ 今大丈夫ですか・・」
相変わらず真赤な顔のまま、総司は直立不動で言った。
「今ですか? はい、大丈夫ですけど・・・ 取り合えずここでは何ですから中へどうぞ」
2人のやりとりを、通行人が何だろうと見ながら通り過ぎて行くのに気づき、セイは総司を家の中へ招き入れた。
家の中に入ると、見合の為に用意された着物が目に入った。
「これ・・ お見合いの・・?」
「はい、お里さんが私の為に用意してくれたんです。 さっき着付けもしてもらいました」
悲しそうにそう言ったセイだったが、総司は自分の事で精いっぱいでそのことには気づかない。
「そうですか・・」
それを聞いただけで、総司の心臓がキリっと痛んだ。
「それで・・ お話って何でしょうか」
一体総司に何を言われるのだろうと、セイは身構えた。
これ以上傷つくことを言われたら、立ち直れないかも知れない。
いや、逆にその方が見合いに前向きになれるかも知れないなと考えた。
「あの・・・」
何やら顔を赤らめて言いづらそうにしている総司に、セイは不思議そうに首をかしげた。
「あなたは・・ その・・ お見合いを受けたいのですか?」
「えっ?」
「いえ・・ もしかしたら、お見合いを受けたくないのかも知れないと思ってしまったんですけど・・」
セイの反応が怖くて、だんだん語尾が小さくなる。
「なぜそんな事を?」
怪訝な表情で訊ねるセイに、総司は困ってしまった。
やっぱりセイは見合いをしたいと思っているのだろうか。
これ以上言わない方が良いのではないか。
しかし先ほどの近藤の話を思い出した。
セイに自分の本当の気持ちを伝えないまま、他の男の元に嫁いでしまっても良いのか。
一生後悔する事になっても良いのだろうか。
そう考えると、総司はぎゅっとこぶしを握ってセイを見た。
「神谷さん、聞いて下さい」
いきなり強いまなざしで自分を見てくる総司に、セイはどうして良いか分からず総司の目を見つめた。
「私は、あなたに他の男の元になど嫁いで欲しくありません」
「えっ」
あまりにも意外な言葉に、セイは言葉を失った。
「あなたさえ嫌じゃなければ、これからも私と一緒にいてもらえませんか」
セイはあまりにびっくりして声が出せない。
「あなたが幸せになれるのなら、お見合いをした方が良いと思いました。 でも・・ 私はあなたの事が好きなんです」
口元に手をやり、目に涙を浮かべながらセイは総司を見ている。
「やっぱりどうしても他の男の元になどいってほしくありません。 ・・・ダメですか」
その言葉に、とうとうセイの目からは大粒の涙が零れ落ちた。
「おき・・た・・・せんせ・・」
「神谷さんの気持ちを聞かせてはくれませんか?」
泣いているセイの手を取り、総司はセイの顔を覗き込んだ。
「私もっ・・ 沖田先生以外の人の所へなんて行きたくありませんっ」
ポロポロと涙を流しながらそういうセイに、総司は真赤になって目を見開いた。
「本当ですかっ!?」
「はい・・」
とうとう声をあげて泣き出したセイを、総司はそっと抱きしめた。
「絶対に幸せにします。 だから私の元へ嫁いでくれませんか」
「はい・・ とっても嬉しい・・です」
それを聞くと、総司は幸せそうに微笑みセイを抱きしめている腕に更に力を込めた。
「ありがとう」
早速総司はセイと連れ松本の元へ話に行った。
1発や2発殴られることは承知の上だったのだが、意外にもすんなり受け入れられた。
近藤や土方も話を聞くと、自分の事のように喜んだ。
すぐに総司はセイと暮らすための家を探し出し、セイをそこに住まわせた。
数日後、新撰組の隊士や親しい友人などが招かれ盛大な祝言が執り行われた。
「松本先生、本当にお見合いを断わってしまっても良かったのですか?」
宴の席で、へべれけに酔っぱらっている松本にずっと気になっていた事を総司は訊ねた。
3日後に控えていた見合いを断ったことで、松本の立場が悪くはなっていないだろうかと総司は心配していたのだ。
「あぁ〜? そんな見合、最初からありゃしなかったんだよ」
「「えっ!?」」
その言葉には、総司どころかセイまで驚いて声を上げた。
「どういうことですか!?」
それを言ったのはセイだった。
「お前等がちんたらちんたらやってるからよー。 俺と近藤や土方なんかでお前らの為に作り上げてやったんだよ」
楽しそうに豪快に笑っている松本を、セイはぷるぷるとふるえながら見ている。
「局長や副長もグルだったんですか・・・」
静かに発した言葉だが、その声は震えている。
「あいつらに話持ちかけたら、面白がってな。 ま、結局はうまくいったんだから良かったじゃねぇか」
そう言いながら更に酒を煽る松本の前に、セイが立ちはだかった。
「私がどんだけ悩んだと思ってるんだ、このタコオヤジ〜〜〜〜っ!!!!!」
ものすごい怒声が、宴の中鳴り響いた。
「か、神谷さんっ お嫁さんがそんな事言っちゃだめです! はしたない!」
必至にセイを止めるが、「先生は黙ってて下さい!」と怒鳴られて素直に従った。
「何を怒ってやがるんだ? もし俺が見合い話を出さなかったら、こうして沖田の元へ嫁ぐこともなかっただろうよ」
全く反省などしていない松本に、セイの血管がブチッと音をたてて切れた。
「神谷さ〜んっ 大人しく座っててくださいよ〜っ」
総司の声も空しく、セイは逃げる松本を追いかけて部屋を飛び出して行ってしまった。
とんでもないお嫁さんをもらってしまったかもしれない・・・
やっと総司はそのことに気づいた。
しかし総司の顔は緩んだまま。
主役のセイがいなくなってしまったことなど気にする様子のない隊士達から次々注がれる酒を、総司は嬉しそうに飲み干していった。
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紫苑さまよりリクエストを頂きました、
「女子と判明したセイちゃんにお見合いとかが舞い込むか嫁ぎ先が見つかるかして、
自覚した総司が葛藤しつつもセイちゃんゲット。
でも実は歳と法眼が総司に思い切らせる為に仕組む。
総司一人じゃセイちゃんを奪い取る。 ラブラブ総セイ」
との事でしたが、全くラブラブでなくなってしまいました・・・(涙)
紫苑さま、ご希望通りの内容に出来なくて、本当に申し訳ありませんでした!!><
2008年12月5日