「タイムスリップ37」
3人は下山に連れられ、下山が所有しているというビルの前に来ていた。
「何だか可愛らしい建物ですね」
颯太がビルを見上げてつぶやいた。
「そうかい? 友人に建築家がいてね。 設計から何から全て任せたんだ。 弁護士事務所というと入りづらいイメージがあるからね。
気軽に入れるような建物を作って欲しいといったんだよ」
「女性からは特に気に入られるでしょうね」
「ありがとう」
下山は嬉しそうに微笑みながら礼を言った。
「さぁ、こっちだよ。 どうぞ入って」
そういうと、下山はドアを開けて3人を中へ入れた。
オフィスの中では、4人程の女性がデスクに座っていた。
下山と颯太達が入ってきたのを見ると、立ち上がり軽く会釈をしている。
3人も、慌てて会釈を返した。
「ここの応接間で待っててもらえるかい? どうぞゆっくりソファにでも座ってなさい」
「ありがとうございます」
3人は、置かれているソファに腰をかけた。
「わっ 今まで座ったイスで、1番ふかふかしてるっ」
見るからに高そうに見えるソファは、体が軽く沈むほど柔らかい。
「さすが弁護士さんですね。 きっとお金持ちなんでしょう」
颯太が小さい声でセイの耳元で話した。
その様子を、総司は面白くなさそうに見ている。
此方へ来るまでも、総司はセイの手を握りぴったりとくっついて歩いていた。
なのにセイから握り返される事はなく、セイはというと下山のスーツの裾をぎゅっと握っていた。
決して自分のほうを見ようともしないセイに、総司はイライラしていた。
「くつろいでいるかい?」
そこへ、下山が入ってきた。
「今お茶を持ってくるように言ったから、少し待っててくれるかい?」
そう言って、下山は3人が座るソファの対面に座った。
「下山さんはお1人でここで弁護士をしていらっしゃるんですか?」
「いや、さすがにここを1人でやっていくのは難しくてね。 あと2人ほど仕事をやってくれている人間がいるんだ。 1人は上の階で仕事をしていて、もう1人は外出しているよ」
「そうですか〜」
立派な建物だものなーと関心しながら、颯太は周りをぐるっと見渡した。
その様子を見ていたセイだったが、そっと立ち上がり下山の隣までくると、横に座りぴったりと下山にくっついた。
下山も少し驚いた様子だったが、今までもずっとこんな調子だったので幾分セイの様子にも慣れてきたようだった。
颯太がちらっと総司の様子を伺うと、総司は顔を強張らせて2人を見ている。
まずいな〜・・・
先ほどから颯太はそればかりを考えていた。
「君・・・セイちゃんだったかな?」
嬉しそうに下山を見上げるセイに、優しく話しかけた。
「はい。 でも、出来れば私のことは"神谷くん"と呼んでもらえませんか?」
「それは構わないが・・・ さっき言っていた"山南先生"は君の事をそう呼んでいたのかい?」
「はいっ」
セイは元気良く答える。
「そうか、分かったよ。 神谷くん」
そう呼ばれて満足そうに微笑んでいる。
「その"山南先生"と言う人に、私はそんなに似ているのかい?」
「似ているどころではありません。 髷がなくなっただけで、顔も声も体つきもそのまんま山南先生です!」
「髷!?」
まさかこんな少女から発せられるとは思わなかった言葉に、下山は驚いた。
「あ」
セイも、慌てて口に手を当てた。
「その・・ "山南先生"はお相撲さんか何かだったのかい?」
「いえ、そういう訳では・・」
まさかこの時代に、普通に髷を結っている人がいるとは思えない。
かと言って、セイ達が江戸時代から来ました!と言って簡単に信じてもらえるとも思えない。
セイは、下山に対してどう言ったら良いか考えた。
「セイさん、この方に例の話をしてみたらどうですか?」
2人のやり取りを聞いていた颯太が話に入ってきた。
「え・・ でも・・」
「きっとこの方なら理解してくれると思いますよ?」
何となく、下山が悪い人物には思えず、しかもセイと総司の知っている人の生まれ変わりなのだとしたら、きっと信じてもらえるだろうと颯太は思った。
「何の話かな?」
下山に訪ねられたセイは、どうしようか考えていたのだが、思い切って下山に話してみることにした。
「実は・・・」
「・・・・・・・・・」
セイからこれまでの話を聞いた下山は、頭を抱えてしまった。
「じゃあ、君とそこに座っている沖田くんという人は江戸時代から来たと?」
下山はちらっと総司を見た。
総司はというと、ここへ来てから一言も言葉を発していない。
先ほどからじっと下山を見ている。
と言うよりも、睨んでいた。
「信じられないかもしれませんが、本当なんです。 しかも、私も江戸時代に行ってきました。 そして、この沖田さんを連れて帰って来てしまったんです」
下山の問いに答えようとしない総司を見かねて、颯太が変わりに答えた。
「君たちは新撰組の隊士だという事かい?」
どう見ても女にしか見えないセイを見て下山は言った。
「はい・・ 女という事は伏せていますが・・ でも、山南先生は私が女だという事を知ってらっしゃいました。 そしてバレないように色々と助けてくださっていました。 下山さんは、絶対に山南先生の生まれ変わりだと思います」
そこまで聞いた下山は、何かに気づいたように顔をあげた。
「もしかして、"山南先生"とは新撰組の山南総長の事かな?」
「そうです! 知ってらっしゃるんですか??」
セイは顔をぱぁっと輝かせて訪ねた。
「私も大河を少し見ていた程度で、あまり詳しくはないんだが・・」
セイ達の言っている事を信じた訳ではないのだが、自分が歴史上の人物の生まれ変わりだと言われている事に気分は悪くない。
「信じてもらえませんか?」
セイは上目遣いに下山を見上げて訪ねる。
その可愛さに、一瞬ドキっとした下山だがすぐに冷静になり答えた。
「俄かには信じがたい話だね。 でも君たちが嘘を言っている訳ではないというのは目を見て分かる。 こういう仕事をしていると、人が嘘を言っているかどうか見て分かるんだ」
下山は、セイと颯太が必死で話している様子を見てこの話を何とか信じようと思っていた。
「それにしても・・・」
下山は総司を見た。
「何故私は先ほどから君に睨まれているんだろうか?」
総司からの突き刺さるような視線に耐え切れなくなった下山は、思い切って訪ねてみる事にした。
しかし総司は相変わらずぶすっとした態度で下山を見ている。
「す、すみませんっ! ちょっとこの人さっきから拗ねてるんです」
慌てて颯太がフォローを入れる。
「は? 別に拗ねてませんけど」
顔をぷくっと膨らませて総司は答えた。
「ほら、その態度が拗ねてるんじゃないですか。 本当に沖田さんて大人気ないですよね」(颯太)
「大人気ないってなんですか! あなたと私では3歳も年の差があるんだから、私の方が子供でも当然でしょう!」(総司)
「いいえ、22歳ならもっと大人であっても良いと思いますけどね。 新撰組一の剣豪だとはとてもじゃないですけど思えませんよね」(颯太)
「何ですって!?」(総司)
「何か文句でも?」(颯太)
「ありますよっ!」(総司)
「じゃあ言ってごらんなさいよ」(颯太)
「どうせあなたは私の生まれ変わりなんですからね。 育った環境は違っても本来の性格は私と同じなんですよ。 私が大人気ない性格ならあなたもきっとそうなんでしょうね」(総司)
「はぁっ!? あなた程野暮ではありませんよ!」(颯太)
「うるさいっ!!!!」
突然怒鳴られた2人は、ビクっとしてセイを見た。
立ち上がって2人を睨んでいるセイに、総司も颯太も肩をすくめた。
「す・・すみません・・」
「何こんな所で言い合いなんてしてるんですか! 山南先生がいらっしゃるんですよ! 失礼だとは思わないんですか!?」
セイのその一言に、総司の顔がぴくっと動いた。
「言っておきますけどね、その人は山南さんの生まれ変わりかも知れませんが、山南さん本人ではないんですからね」
冷たく言い放った言葉に、セイもムカッとした。
「山南先生の生まれ変わりなんですから山南先生なんです!」
「へぇ〜。 じゃあどうしてあなたや私の事を知らないんですか? 山南さんとは試衛館から一緒だったんですよ? 私の事を知らないわけないじゃないですか」
「でも山南先生なんです!」
「違いますね。 それにもう山南さんは・・・」
そこまで言った総司は、はっとして口をつぐんだ。
セイは目に涙を溜めて総司を睨んでいる。
「あ・・・ すみません、今のは私が悪かったです」
「沖田先生なんて嫌いです。 もう知りません」
セイはその場に座り、下を向いてしまった。
総司は、セイに嫌いと言われた瞬間、頭を何かで殴られたようなショックを受けていた。
長い沈黙。
「あの〜・・・ セイさん??」
この空気に耐えられなくなった颯太は、セイに話しかけてみた。
下山も、この場でどうして良いか分からず、オロオロしている。
「私、もう帰りません」
「えっ?」
ボソッとつぶやいた言葉が良く聞き取れず、颯太は聞き返した。
「私はここに残ります。 どうぞ沖田先生だけ向こうへ帰ってください」