続・時雨 中編
「神谷さん、顔が引きつってますけど大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
そうは言うものの、笑おうとした顔は更に引きつっている。
沖田の歓迎会に向かっているのだが、全く会った事がない人間の中に行くという事に加え、沖田の彼女として紹介される事に極度の緊張を感じていた。
「この服装大丈夫ですか? もっとちゃんとしたの買った方が良かったですよね?」
心配そうに自分の服装を確認しながら、沖田に振り向いた。
「大丈夫ですよ。 あなたは何を着ても似合いますから」
大阪へ来た2日目、沖田が仕事の間にセイは1人で家の近所を散歩がてら探索していた。
東京では考えられないような物価の安さに、驚いていた。
そして数日滞在する為の服や下着などを買い込んだ。
夜も、沖田のトレーナーを借りてまた沖田を赤面させる訳にはいかず、きちんとパジャマも購入していた。
しかし、まさか歓迎会に行く事になるとは思っていなかった為、ラフな服しか買っていなかった事を心底後悔した。
「あ、あの店ですよ。 さ、入りましょう」
そう言うと、沖田はセイの手を握り、店の中へ入って行った。
店に入ると、既に部内の人間のほとんどが席についていた。
セイの姿を見るなり、社員達は大盛り上がりで、2人を上座へと案内した。
乾杯が終わり、それぞれが挨拶をすると、早速宴が始まった。
セイも、最初こそどうして良いか分からなかったのだが、関西人のノリの良さにいつしか打ち解けていた。
「飲んではります?」
沖田と他の人間が話しているのを隣で聞きながら笑っていたセイに、突然声がかけられた。
隣を振り向くと、大阪へ来た日、沖田と一緒にいた女性がニコニコとセイの事を見ていた。
「あなたは…」
「はい、1度お会いしましたよね?」
「あ、ええ…」
なぜ自分に突然話しかけてきたのだろうと、セイは思わず身構えた。
「私、山元っていうんです。 神谷セイさんですよね?」
「はい…」
「あの時も可愛い人やと思ったけど、間近で見るともっと可愛いですねぇ」
「はあっ?」
意外な言葉に、セイは素っ頓狂な声を出してしまった。
「沖田課長って、全然女の人に興味ないみたいなイメージやのに、実際こんな綺麗な彼女がいてはったんやもんなー」
「き、綺麗って・・ 私なんかよりもあなたの方がよっぽど…」
思わず照れて下を向いてしまった。
「付き合って長いんですか?」
「えっ?」
「だって、課長彼女いてないって言うてたんですよ。 これは誰か良い人紹介せなあかんて皆で言うてたのに、すっかり騙されました」
そう言うと、山元はケラケラと笑いだした。
その様子を、セイは不思議そうに見ている。
もしかしたら、山元と沖田は何かあるのではないかと密かに勘ぐっていたのだが、山元の様子を見る限りだと、そんな事実は微塵もなさそうだ。
「あ、そうや。 明日の休み2人でどっか行くんでしょ?」
「ええ、大阪観光でもって言ってるんですけど…」
その言葉に、山元はぱあっと表情を明るくした。
「それやったら、新喜劇お勧めですよ」
「は??」
「絶対行って下さいね。 面白いですから」
「ええ…」
ニコニコとセイの腕を掴んでそう訴えかける山元に、セイは苦笑いした。
「今度機会があったら、うちの旦那も一緒に4人で食事でも行きません?」
「えっ!? 結婚してらっしゃるんですか?」
「はい。 1歳になる子どももいますよ」
驚いて、セイは言葉が出なくなった。
「旦那の両親と同居してるんで、今日は見てもらってるんですけどね」
「そ、そうなんですか・・・・」
思わず脱力してしまった。
沖田と何もなくて当たり前だ。
「うち、こんな可愛らしい人と友達になれたら嬉しいなぁ… あっ、迷惑じゃなかったら、メルアド教えて下さい」
「はあ…」
セイは携帯を取り出すと、連絡先の交換をした。
「遠距離恋愛なんですよね?」
「そう・・・ですね」
ピコピコと、セイのアドレスを登録しながら山元が訊ねた。
「課長とはどこで知り合ったんですか」
「どこでって… 私、本社の企画部所属なんです。 なので会社の同僚だったんですよ」
そう言うと、山元は顔を上げた。
「え、同じ会社なんですか?」
「そうです」
「わー、じゃあ今度IP(社内チャット)送らせてもらって良いですか?」
「ええ、それはもちろん」
山元がにっこりとほほ笑んだ。
「じゃあ、沖田課長の仕事中の状況とか、逐一報告しますよ」
「えっ」
「まだ1カ月ちょっとしか一緒にいませんけど、課長の天然ぶりには驚かされますからね。 めっちゃ面白いですよ」
「天然なんですか?」
意外な一面を聞き、セイは不思議そうに首をかしげた。
「あれ? 気づきませんでした? もしかして神谷さんも天然なんですか?」
笑いながら山元が訊ねる。
「えっ 天然なんでしょうか…」
「自分で天然なんかなって言ってる時点で天然ですよ。 課長の武勇伝はすごいですよ。 この前なんて、全然マウスが動かないーって言ってるから、何事かと思って見てみたら、手元にあったホッチキスを一生懸命動かしてはったんですよ。 そりゃ動きませんて」
山元の話を聞いて、セイは噴き出してしまった。
「本当ですか?」
「嘘ちゃいますって。 もっとすごいのが・・・・」
「ちょっと、山元さん。 いい加減にして下さいよ」
更に沖田の天然武勇伝をセイに伝えようとしたところで、微妙に怒気を含んだ声が隣から聞こえてきた。
「あ、課長。 聞こてしまいました?」
ペロっと舌をだしながら、山元が笑っている。
「聞こえるにきまってます。 隣にいるんですから。 この人に余計な事を言わないでください」
ぷくっとほっぺを膨らませてそう言う沖田に、セイはまたもや噴き出してしまった。
「神谷さん、この人からIP来ても無視して下さいよ」
「えー、どうしてですか? せっかく沖田さんの武勇伝教えてもらえると思ったのに」
意地悪な顔でそう言うセイに、沖田は諦めたようにため息をついた。
その後も、支店の仲間たちと遅くまで飲み続けた。
気がつくと、隣にいて他の社員と話し込んでいたはずのセイが静かになっていた。
どうしたのかと顔を覗き込むと、目を瞑って下を向いている。
「神谷さん? どうしました?」
軽くゆすってみると、ゆっくりと目を開いてこちらを見た。
「あ… ごめんなさい… ちょっと意識が飛んでました」
トロンとした目でそう言うセイに、沖田はふふっと笑った。
「飲みすぎちゃいました? 眠くなっちゃったんですね。 そろそろ行きますか?」
「いえ、沖田さんの歓迎会なんですから、私の事は気にせず楽しんで下さい。 私なら全然大丈夫ですから」
そう言って顔をペチペチと叩いている。
「いえ、帰りましょう。 もうこんな時間ですし。 皆には帰るって言ってきますから」
沖田はセイの頭に手を置くと、立ち上がって幹事らしき男性に話をしに行った。
「大丈夫ですか?」
少しふらついているセイの手をしっかり握り、沖田は心配そうにセイの顔を覗き込んだ。
「大丈夫です。 ただ、ちょっと眠いだけです。 それよりもごめんなさい。 せっかくの歓迎会だったのに、私のせいで先に帰る事になってしまって…」
「気にしなくて大丈夫です。 あの人達とはこれからいつでも飲めますから。 それより今はあなたの方が大切ですよ」
さらっと答える沖田に、セイの酔いが一瞬覚めた。
「・・・・ありがとうございます」
恥ずかしくて、そう答えるのが精いっぱいだった。
「そう言えば…」
「え?」
「あの山元さんて人、結婚してたんですね」
「あ、山元さん。 そうなんですよ、年はあなたと変わらないんですけどね。 お子さんいるせいか、すっごくしっかり者なんですよ」
「そうなんですか。 私も見習わなければ」
「何を言ってるんです? あなたも充分しっかり者です」
その言葉に、セイはふふっと笑った。
「実はちょっと疑ってました」
「何をです?」
「もしかしたら、沖田さんと山元さんて何かあるんじゃないかなって」
「・・・・」
沖田は心の中で、"やっぱり…"とつぶやいた。
「だって幸二が言ってた通りなんですもん。 大阪にはとっても可愛くて人懐っこくて彼氏がいない人がいるって」
「確かに"彼氏"はいませんね…」
新田のヤロウ…と小さく舌打ちを打つ。
適当に言った割には、妙に的を得ている。
「沖田さんは… 山元さんみたいな女の子どう思います?」
「は?」
「だって、やっぱり可愛いし優しいし面白いし… 男性としては惹かれたりするんじゃないんですか?」
心配そうに見上げてくるセイに、沖田は思わず笑ってしまった。
「あははっ そうですね、タイプかどうかと聞かれたら、思いっきりストライクですね」
「ええっ」
思わずつないでいた手を離して立ち止ってしまった。
「そうなんですか?」
泣きそうな顔で訊ねるセイに、更に沖田は噴き出してしまう。
「だって、可愛いし良く気がつくし性格も良い子だし。 しかも仕事も出来ますからね」
「・・・・。」
「ま、1番の理由はあなたに似ているって事なんですけどね」
「え?」
予想外の言葉に、キョトンとした顔を沖田に向ける。
「だって、今言った事、全てあなたの事じゃないですか。 最初あの人見た時に、あなたに似てるなーって思ったんですよ。 それから、何かにつけてあなたと彼女を重ねてしまっていましたね」
「私と・・・?」
「ええ。 でも今日一緒にいるの見てると、全然違っていました。 山元さんは確かに魅力的な女性ですけど、 私にとってはやっぱり世界一あなたが魅力的に思えます。 私の好みは、全てあなた中心なんですよ」
その言葉に、ボッとセイの顔が赤くなった。
「も、もうっ! やめてくださいよっ!!」
「なぜ? 本当の事ですよ?」
しらっと答える沖田に、セイは何だか悔しくなった。
「じゃ、じゃあ、私と会ってない間、他の人を好きになったりとかそういう事はないですか?」
「あははっ 当たり前です。 一体何年あなたに片想いしてたと思ってるんですか?」
「・・・・・・それは分かりませんけど…」
「私よりもあなたの方が心配です」
「私?」
「だってあっちにはすこぶる良い男がいるじゃないですか?」
「は? 誰の事ですか?」
不思議そうに首をかしげるセイに、沖田は苦笑いした。
「新田ですよ」
「幸二?」
「ええ、いくら別れたと言っても、あいつ程良い男はそうそういませんからね。 いつまたあいつの事好きになるとも限らないでしょう?」
「それは絶対にありません!!」
ぷくっとほっぺを膨らませて、セイは沖田を睨んだ。
「本当に?」
「当然です! 幸二に対して少しでも気持ちがあったら、わざわざ大阪まで来ません!」
「ふふっ それもそうですね。 それなら安心です」
再びセイの手を握ると、ゆっくりと歩き出した。
「早く帰って寝なきゃですね。 明日は朝から大阪観光へ行くんですから」
「そうですね」
「今日色々調べておきましたから、明日は目いっぱい遊びましょうね」
「はい!」
そう言いながら幸せそうに歩いていた2人だったが、、一緒にいられる日があと2日だと言う事が頭から離れなかった。
後編へ