続・時雨 前編








目を覚ますと、既に部屋の中は明るくなっていた。
ふとした不安を感じ、慌てて隣を見ると、そこにはこちらを向いて可愛らしく丸まって寝ているセイがいた。

昨日の事は、やはり夢ではなかったのか。

ホッと息を吐くと、嬉しそうにセイの顔を眺めた。


突然大阪までやってきたセイに、心底驚いた。
その理由を聞いても、すぐには信じる事が出来なかった。

昨日の夜は、散々セイの事を抱きしめキスをした。
消えていなくなってしまうのではないかと不安で、寝るまで離す事が出来なかった。

一緒にベッドに入り、それでもセイを抱きしめていた。
長旅の疲れか、セイはすぐに寝息を立てて寝てしまったが、沖田はなかなか寝付く事が出来なかった。



しばらくセイの寝顔を見て幸せに浸っていた沖田だったが、時計を見て慌てた。
セイを起こさないよう、そっとベッドを抜け出すと、急いで仕事へ行く用意を始めた。







「沖田さん・・・」
用意を終え、そろそろ家を出ようとした所に、後ろから遠慮がちなセイの声が聞こえた。

振り返ると、上半身を起こして申し訳なさそうにこちらを見ているセイの顔があった。

「神谷さん、おはようございます」
「お、おはようございます。 すみません、私こんな時間まで寝てしまって…」
「良いんですよ。 私はもう行きますけど、あなたは疲れていると思いますからまだゆっくり寝てて下さい」
「いえ、そういう訳には。 朝ごはん作ります!」
そう言いながら、セイはベッドから出てきた。

「わっ!!!」
その姿を見るなり、沖田は慌てて後ろを向いた。

「?」
不思議そうに首をかしげたセイだったが、自分の足元を見るなり真っ赤になり「きゃあっ」と叫びながら布団の中へと戻った。


突然沖田の家に泊まる事になったセイは、着替えなどなにも用意していなかった。
沖田が自分のトレーナーをセイに貸しそれをセイは着たのだが、どんなに沖田の服が
大きいとはいっても、太ももは半分しか隠れておらず、足が丸見えだった。


「あっ 朝からその格好は刺激が強すぎますっ! 朝ごはんなんて大丈夫ですから、
あなたはそこにいてください」
「ごめんなさい…」
お互い顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「そっ それじゃあ行ってきます」
そう言うと、沖田はセイに背を向けた。

「あっ 沖田さんっ」
「え?」
沖田を呼び止めたセイは、小さく手招きした。
真っ赤になりながらも、沖田はセイの元へ近づいた。

内緒話をするように、口元に手をやったセイに、沖田は何だろうと耳を近付けた。


ちゅっ


内緒話だと思った沖田のほっぺに、セイはキスをした。

「っ!?」

突然の事に慌てて真っ赤になりながら、セイから離れた。

「お仕事頑張って下さいね」
照れながらも微笑んでそう言ったセイに、沖田も嬉しくなった。
そして、セイの事を思いっきり抱きしめると、今度は口づけをお返しした。

「まずいです」
「え?」
「嬉しすぎて、会社になんて行きたくなくなってしまいました…」
「・・・・・」
その言葉にまたもや頬を染めたセイは、思わず口をつぐんでしまった。

「本当はいつまでもあなたとこうしていたいですけど、時間がまずくなってきたのでそろそろ行きます」
「はい…」
そっとセイを自分から離すと、もう1度セイにキスをした。

「行ってきますね。 なるべく早く帰ってきますから」
「ありがとうございます。 美味しいご飯を作って待ってます」

思いっきり後ろ髪を引かれている沖田だったが最後に手を振ると、仕方なく家を後にした。











「おはようございます、課長」
会社へ行くと、1番に山元が声をかけてきた。

「あ、山元さん。 おはようございます。 昨日はその… すみませんでした」
頭をかきながら、昨日の事を謝罪した。
「いいえ。 あの美女は、彼女ですか?」
「えっ」
山元の質問に、沖田は一気に顔を赤らめた。
「沖田課長、彼女いてはらへんて言うてませんでしたっけ?」
意地悪そうにそう言うと、沖田の腕を肘で突いてきた。
「い、いやー… そのぉ…」
昨夜の事を思い出しながら、沖田はしどろもどろになる。
「照れてはるんですか? 可愛いなぁ」
「か、可愛いってっ」
更に顔を真っ赤にして、声を上げた。
「それにしても、彼氏を追いかけて大阪まで来はるなんて、めっちゃ感動的ですね」
「・・・・」
茹蛸のような状態になってしまった沖田は、もう何も言い返すことが出来ない。
「私もそういう時期ありました」
「そ、そういう時期って・・・ 若いのに何言ってるんですか」
「だって若いって言うても、今の旦那と付き合いだしたの高校の時ですもん。 そういうの今は全然ないんです」
「そうですか・・・」
「じゃあ、新喜劇は私じゃなくて素敵な彼女さんと行って下さいね」
そう言うと、山元はウインクした。
「はい・・・」

「あ、そうや!! 金曜、彼女さん呼んだらどうですか?」
「ええっ!?」
「いつまでこっちにいはるんですか? もしまだいてはるんやったら、支店の皆にお披露目してくださいよ」
「お披露目ってっ!」
「泊まってはるんでしょ?」
「ええ、まあ・・・」
「じゃあ決まりですね!」
「ちょっ、山元さんっ」
「早速皆に伝えておきますからっ」
そう言うと、反論しようとする沖田をその場において、さっさと自席に戻っていった。

「・・・・・・・・。」
その場に取り残された沖田は、しばらくぼーっとしていたのだが、気を取り直して自分も席に着いた。



からかわれている気がする‥。



一応、今夜セイに聞いてみよう。
いくら彼女だと言っても、昨日付き合う事になったばかりなのだ。
それに、まだキスしかしていないのに・・・・。

そう考えて、またもや1人で顔を赤らめた。


自分にとっては、長年の片思いの相手なのだ。
そう簡単に手を出す事が、どうしても出来なかった。
もちろん大切にしたいという気持ちもある。
しかしそれ以上に、セイに対する気持ちが強すぎて、手を出してしまうのが怖かったのだ。




「沖田課長、3番に本社の新田さんからお電話です」
「えっ あ、はいっ」
部下の男性に声をかけられ、沖田が顔を挙げた。


新田・・・


転勤になって、連絡をするのは初めてだった。
同じ営業と言っても、取り扱っている案件が違う為、仕事上では関わり合うことはほとんどない。

何の用でかけてきたのかは、簡単に予想がついた。



「もしもし」
『おーっ、沖田か。 久しぶり』
「久しぶり。 こんな朝早くどうした?」
分かっているのに、わざと訊ねてみた。

『うん、お前の声が聞きたくなった』
「うわー・・・ 朝から気持ち悪ー・・・」
『どうだ、俺に会えなくて淋しいだろう』
「忙しすぎて、思い出す暇もなかった」
『総司ってば、冷たい』
「いや、マジで気持ち悪いから」
そう言うと、2人して声を上げて笑った。


『それよりも、あいつ行ったか?』
突然真面目な声で新田が尋ねた。
「あ、あー、うん・・・」
『なら良かった。 それを確認したかっただけだから』
「・・・・・」
何を言っていいかわからず、思わず黙ってしまった。
『セイの事、宜しくな』
「・・・・・うん」
『何だよ? そのテンション』
「いや、だって・・・」
『俺の事気にしてんのか?』
「そりゃー・・」
ボソッと呟いた沖田に、新田はあははっと笑った。
『あいつをそっちに行かせたのは俺だぜ? なかなか行こうとしないセイに、俺が大阪には良い女がいるってけしかけてやったんだよ』
「ええっ!?」
初耳の情報に、沖田は驚いて声を上げた。
目の前にいる数人の部下が、顔を上げてこちらを見た。
恥ずかしくなり、思わずパソコンのモニターに隠れるように顔を伏せた。
「い、良い女って? 誰の事?」
周りに聞こえないよう、声を潜めた。
『知らん』
「はあ!?」
『あいつがその気になるように、適当に言ってみた』
「・・・・・(怒)」

そう言えば、セイと最初に会ったとき山元と一緒にいた。
それを見て彼女は自分の元から逃げるように走り出したのだ。
その原因が今分かったような気がした。

『何だ? 怒ってんのか?』
からかうような口調に、沖田は聞こえよがしに舌打ちをした。

『まー、うまくいったんだから、俺のおかげだな』
「・・・・・・それはどうも」
『前にも言った通り、セイはお前に譲る。 お前じゃないとあいつは幸せになれないからな』
「新田・・」
『俺はもうきっぱり諦めたから、俺の事は気にすんな。 そのうちセイよりもいい女でも見つけるからさ』
沖田は小さく笑った。
「ありがとう」
『じゃあそろそろ切るわ。 また冷やかしの電話するから』
「ぷっ 冷やかしならしてこなくていいよ」
『あははっ 冷やかし以外に話す事なんかねーよ。 じゃーな』
「うん、お疲れ。 またね」
そう言うと、沖田は電話を切った。


やはりどこかに新田に対する罪悪感があった。
しかし新田の口調は、吹っ切れているように感じ、少しだけ安心した。

先ほどの新田との会話を思い出し、ふふっと笑った。


よし、仕事しよ。


沖田は資料を手に取ると、パソコンのファイルを開いた。


仕事が終わって家に帰ればセイがいる。
それだけで、仕事まで楽しく思えてくるから不思議だ。
今日1日どんなに忙しくても、きっと疲れなど感じないだろう。
きっと周りの人間は、変に機嫌のいい自分を気味悪がるかも知れない。
しかしそんな事はちっとも気にならなかった。














「えーっ、歓迎会に!?」
案の定、今朝山元からの誘いをセイに伝えると、目を見開いて驚いた。
「ええ、どうしてもって言われてしまって・・・」
「だ、だって・・・ 私部外者じゃないですかっ」
オロオロとしながら、沖田を上目遣いに見てくる。
「それは気にしなくて大丈夫ですよ。 同じ会社ですし。 ただ、あなたはどうしたいかなと思って・・・」
「同じ会社ですけど・・・ 本当に私が行ってしまって良いんでしょうか」
「大丈夫です。 私の彼女ですって自慢するんですから」
「えっ??」
セイは驚いて顔を上げた。
「だって本当に自慢なんですもん。 今日だって、見知らぬ通行人にまであなたの事自慢したくなりましたよ」
「‥‥‥‥‥。」
さすがにその状況を想像して苦笑いしてしまった。
「何か皆の中では決まりっぽいので、あなたさえ嫌じゃなければ行きましょう」
沖田の言葉にしばらく考え込んだセイだったが、にっこり微笑んだ。


「はい、では喜んで参加させて頂きます」






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