時雨 完結編
もうそろそろお昼だと言う時、メールの着信を知らせるポップアップが上がった。
誰からのメールかなど、見なくても分かる。
すっかり日課となった、愛しい人からのメールだ。
待ってましたとばかりに、セイはそのメールを開いた。
『神谷さん
お疲れ様です。
こちらは特に変わりありません。
昨日あなたの元気そうな声が聞けて、とても嬉しかったです。
今日は午後から外出する予定です。
なのでこちらへ返信もらっても見るのが明日になってしまいますので、もしお返事頂けるなら携帯にお願いします。
早くあなたの顔が見たいです。
それでは。
沖田』
たったそれだけの文章なのに、セイは嬉しくて何度も見直した。
この会社のセキュリティで、送受信しているメールは管理部でチェックされていると聞いた事がある。
もし2人のやり取りしているメールが見られているとしたら、一体どう思われているのだろうか。
そんな事を考えた事もあるが、既に沖田が転勤して1年半が経つ。
今さらだとお互いに居直っている。
それでも生真面目な沖田は、仕事中に送ってくるのはお昼時だけだ。
きっと課長職という肩書もあり、責任感もあるのだろう。
沖田が転勤した直後から、2人は付き合い始めた。
東京と大阪という遠距離恋愛だが、月に1、2回はお互い会いに行くようにしていた。
しかしここ2カ月、沖田の仕事の都合や、セイに親類の結婚式などが重なり会えていない。
今度はいつ会えるんだろう…
セイは最近そんな事を毎日考えては、はぁっとため息をついていた。
「おい。 仕事中に何ニヤけてんだ」
突然背後から聞こえた声に、セイは一気に現実に引き戻された。
「何よ」
ぷくっとほっぺを膨らませて、セイは振り向いた。
「何よじゃねー。 あいつは仕事中に何やってんだ」
声の主である新田幸二が、セイのパソコンのモニターを覗き込む。
「なになに? こちらは特に変わりありません。 昨日あなたの…」
「ちょーーーーっと! やーめーてーよーっ」
セイは慌てて新田の体を押しのけると、モニターを両手で隠した。
「ぶはっ お前必死すぎんだよ」
げらげらと笑いながら、新田は手に持っていた資料をセイのデスクに置いた。
「ほら、これ明日の会議で使う資料。 目通しといてくれ」
「・・・・」
ぶすっとしながら、セイはちらっとその資料に目をやると、メール画面を閉じた。
「あ、今から昼?」
「そうだけど」
「じゃあ食いに行かね?」
「別に良いけど」
「ちょっと覗いたくらいでそんな怒んなよ。 おごってやるから機嫌直せ」
その言葉に、セイはパッと顔を上げた。
「ホント? じゃあ三○ビルのレストランが良い! あそこのランチ食べたかったんだぁ」
「うわっ お前、それランチで3000円するやつじゃんかよっ!」
「嬉しいっ! 行こ行こっ」
セイは嬉しそうに用意をすると、隣の女性社員に昼に出ると声をかけた。
「うわぁっ おいしーいv」
料理を口にしたセイは、歓喜の声を上げた。
「そりゃーそうだろう。 ランチで3000円もするんだから」
「このお肉、すっごい柔らかいっ」
「3000円も取りゃ、柔らかくもなるだろ」
「ちょっと、幸二! さっきから3000円、3000円て煩い!」
セイは顔を上げて新田を睨んだ。
「声かけなきゃ良かったよ」
その言葉に、セイは噴き出した。
「きゃははっ 幸二、笑えるっ」
「笑えねーよ」
ぶすっとしながらも、新田は料理を口に運んだ。
「沖田は元気か」
突然そう切り出した新田に、セイは料理を吹きそうになった。
「なに、急に。 そんなの私より幸二のが良く知ってるでしょ」
「毎日連絡取り合ってんだろ?」
「毎日って、メールくらいだよ。 誰かさんみたいに、会社の電話使って堂々と連絡取り合える立場じゃありませんから」
「おま・・ 何でそれ知ってんだよ」
「新地の情報なんか仕入れてどうするつもりかしら」
意地悪そうに聞くセイに、新田は苦い顔になった。
「沖田のヤロウ… そ、それはだな。 今度接待で使う時の為にだな…」
「何で東京にいる幸二が大阪の飲み屋で接待するのよ」
「情報収集だよ! 知ってて損はねーだろっ」
「へーっ 」
疑うような視線に、新田は降参したように首を振った。
「あいつ、口軽いな」
「ふふっ 言われて困るような事する方が悪いのよ」
笑いながらも、セイは料理を平らげた。
「あー、美味しかった。 どうも御馳走さま」
「今日だけだからなっ!」
「はいはい。 分かった分かった。 今度はもっと安いランチおごってもらいます」
「何で奢りになってんだよっ」
怒気を含んだ言葉に、セイはケラケラと笑った。
「そう言えば、今晩て時間ある?」
食事を終えた2人は、職場に戻っていた。
「え? 今日? うーん、特に用はないけど…」
セイはスケジュールを頭の中で確認しながら答えた。
「ちょっと話たい事があるんだけど」
「話? うん、良いけど。 何かあった?」
「ちょっとな。 何時頃終わる?」
「今日はそんなかからないと思う。 多分7時くらいまでには帰れると思うよ」
「じゃあ7時にビルの前で。 帰る時一応内線入れるよ」
「分かった」
話をしながら、エレベータに乗った。
「今日の夜セイ借りるって、沖田にはちゃんと話とくからさ」
「あ、今日はこれから外出するって言ってたよ。 だから会社に内線してもいないと思う」
「そう。 じゃあ携帯かけるかメールしとくわ」
「分かった。 ついでに新地のお勧めの女の子も聞いといたら?」
「お前… ってか、それあいつが知ってたら、あいつが行ってるって事だからな」
「あっ…」
セイは気がついたように、口に手を当てた。
「まあ、あいつはそういうの全然興味ないみたいだからな。 安心しろ。 じゃ、また後で」
「うん、またね」
営業部の階に着くと、新田は降りて行った。
席に着くと、同僚で先輩の真奈美が近づいてきた。
「神谷さん、これってあなたの担当じゃなかったっけ?」
「真奈美さん。 はい、私です。 何かありました?」
「悪いんだけど、この部分だけ抜粋して別の資料にしてもらえないかしら? 先方から要望があったんですって」
資料を手に取りながら、セイは頷いた。
「はい。 分かりました」
「すごく出来が良くて、新規の契約取れそうって営業が言ってたわよ」
「本当ですか? わぁっ 嬉しい」
顔を輝かせながら、微笑んだ。
「ふふっ 良い顔ね。 うまくいってるんだ?」
「え?」
「沖田さん。 付き合ってるんでしょう?」
セイの耳元で、真奈美が小さく囁いた。
「えっ な、なんでっ」
セイは真っ赤になって顔を上げた。
「あははっ 神谷さん、顔真っ赤よ」
「どうして知ってるんですかっ」
新田と別れた事も沖田と付き合っている事も、友人である由香以外に言っていない。
別れた事は、2人の様子を見ていれば気づく者もいるだろうが、沖田の事を知っているとは。
「管理部の子に聞いちゃったv 毎日ラブメール送り会ってるんだって?」
ふふっと笑いながら言った言葉に、セイは固まってしまった。
やっぱり見られていたのだ。
しかもそれを真奈美が知ってしまっているとは。
「大丈夫。 うちの管理部そんな煩くないから。 社外の人ならまだしも、社内同士のメールのやりとりだから見て見ぬふりしてくれてるみたいよ。 私からも口止めしといたから安心して」
そう言うと、真奈美はウインクした。
「うっ… そ、そうですか… ありがとうございます…」
顔から火が出そうな程恥ずかしい。
「仕事はきっちりこなしてくれてるし、私からも文句言うつもりは全くないから。 それにしても、良い男ばっかりで羨ましいわー」
「・・・・・・」
「遠距離で大変だろうけど頑張って」
「はい」
「じゃあこの資料、お願いね」
「分かりました」
最後に微笑むと、真奈美は自分の席に戻って行った。
はー、恥ずかしかったぁ。
セイは火照った顔を、手で仰いだ。
やはり会社のメール使うのはやめたほうが良いかも。
いくら何も言われないと言っても、内容を見られているのだ。
今日の夜でも沖田に連絡してみよう。
セイはパソコンに向かい直すと、ファイルを立ち上げた。
「お疲れー」
「あ、お疲れ様」
セイは約束の時間に会社の前に立っていると、新田が声をかけてきた。
「突然で悪かったな」
「ううん、特に用事もなかったし大丈夫だよ」
2人は街に向かって歩き出した。
「それで、話って?」
「あー… ちょっと橘氏も何だから、どっか店入りたいんだけど」
「うん、良いけど」
一体どうしたんだろう。
昼に会った時と違い、少し緊張しているようにも見える。
他愛のない会話をしながらも、新田の表情は硬い。
「あの店で良いかな」
目の前にある居酒屋を指して、新田が訊ねた。
「どこでも良いよ」
「じゃ、入ろう」
新田はセイを促して店へと入って行った。
個室のある席に入り、取りあえずビールを頼むと新田は電話してくると言って出て行った。
数分してすぐに戻ってきた新田は、置いてあるビールを手にとり一気に飲みほした。
「大丈夫? 何かあったの?」
付き合っている時でも、こんな飲み方をしている新田を見た事がない。
「いや、ちょっと喉乾いちゃって」
そう言うと、すぐに店員を呼びおかわりを頼む。
「ちょっ、幸二? 明日も仕事なのに大丈夫なの?」
「大丈夫。 そんなに飲むつもりはないから」
「そう…」
セイは新田の様子に首を傾げながらも、自分も口をつけた。
「そろそろ話してくれても良いんじゃない?」
既に店に入って30分近く経つ。
なかなか本題を話そうとしない新田に、とうとうセイは切り出した。
「ん? ああ…」
新田も話すきっかけを探していたのか、持っていたグラスを置いて軽く姿勢を正した。
「実はさ…」
「うん」
セイは身を乗り出した。
「俺、結婚しようと思ってるんだけど…」
一瞬、セイ思考が止まった。
「・・・・は?」
あまりに驚いて、それ以上声が出ない。
「そうだよな。 そんな反応になるわな」
「え、ほ、本当に?」
「うん。 本当に」
セイはさらに身を乗り出した。
「誰と? 私の知ってる人?」
「あー、それがその…」
口ごもりながら、新田は視線を下に落とした。
「何? どうしたの?」
セイが訊ねたその時、新田の携帯が鳴った。
「ちょっとごめん」
そう言うと、新田は電話に出るとひと言話し、すぐに切った。
「今、ここに来てるんだけど、呼んでも良いかな」
「ええっ!?」
「もうここに入ってくる」
「ちょっと待ってよ! 私、相手が誰かも聞いてないのにっ」
セイは驚いて腰を浮かせた。
コンコン
小さく控え目なノックが聞こえた。
新田は立ち上がると、ドアを開け、そこにいる人物を中に招き入れる。
その様子を、セイはじっと見つめた。
「ご無沙汰しております」
中に入ってきた女性を見て、セイは目を見開いた。
「中川さん…」
新田に促されて、中川は新田の隣に座った。
最後に会ったのは1年半程前だが、その時よりも少しふっくらしたように見える。
顔色も良く、以前から可愛い人だと思っていたが、より女性に磨きがかかっていた。
「セイ、俺こいつと結婚しようと思ってる」
「ほ、本当に?」
驚き過ぎて、それ以上言葉が出ない。
「こいつが、どうしてもセイに許可をもらいたいって言い張って」
「許可ぁ?」
セイは思わず声を上げた。
「神谷さんには、以前本当に失礼な事をしてしまいました。 新田さんと別れたのも、私が原因だと思っています。 それなのに私はずうずうしく新田さんと結婚しても良いのか悩みました。 神谷さんに許してもらえないのなら、私は諦めようと思っています」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。 私の許可なんて必要ありませんよ」
セイは慌てて手を振った。
「いえ。 それでは私の気がすみません」
「セイ、俺も1度きちんとお前に謝りたいと思っていたんだ」
突然話しだした新田に、セイは再び驚いた。
「幸二までっ。 もうとっくに終わった事なのに、やめてよっ」
「うん、きっとお前はそう言うと思った。 それでも、俺も沙織もセイに1番に話そうって決めたんだ」
「そう…」
中川は、姿勢を正してセイの目を見た。
「私は会社を辞めてからも、ずっと新田さんを諦めきれませんでした。 でもあなたの事考えると、どうしても自分から連絡を取れませんでした。 1年くらい前、偶然街中で新田さんに会って… 私、思わず逃げてしまったんです」
「何故?」
「また新田さんにまとわりついてしまうんじゃないかって。 なのに新田さんは追いかけてきてくれました」
セイは新田に視線を移した。
「こいつ、今にも死にそうな顔してたんだ。 青白くて。 それにやせ細ってた。 そりゃ心配になるだろ」
「そうだね…」
会社を辞めると言って自分の所へ来た時の中川は、既にそんな感じだった。
きっと新田の事や自分の事を考えて、精神的に参っていたのだろう。
「少し話して、それでちょくちょく会うようになったんだ。 何か心配で1人にしとけなくてさ」
「そう」
「それで、もう1つ報告したい事があって…」
照れたようにそう切り出した新田に、セイはピンと来た。
「おめでたとか?」
「「えぇっ!?」」
セイの言葉に、2人は同時に声を上げた。
「違った?」
セイは2人を見比べながら、おかしそうに訊ねた。
「いや、違わない… 実は、分かったばかりなんだけど、沙織のお腹の中に俺の子がいるんだ」
中川も恥ずかしそうに下を向いた。
「やっぱり。 何かふっくらしてるし、そうじゃないかなって」
「すみません…」
謝る中川に、セイは首を振った。
「おめでとうございます」
「!!」
顔を上げた中川に、セイは微笑んだ。
「私も嬉しいです。 幸せになって下さいね」
「許して頂けるんですか」
「許すも何も、私と幸二はもうとっくに終わってますから。 それに、私にも今付き合ってる人がいます。 だから私の許可なんて必要ありませんよ」
「沖田さん… ですか?」
中川の言葉に、セイの顔が一気に真っ赤になる。
そしてセイは新田を睨んだ。
「しょ、しょうがねーだろ。 こいつ、俺と会う度にセイに申し訳ないって言うから、あいつはもう沖田に夢中で俺なんか眼中にないって言ってたんだよ」
「夢中ってっ」
更にセイは顔を赤らめた。
「嘘は言ってねーだろ。 毎日会社のパソコン使ってメールしやがって」
「うるさいっ! それは今関係ないでしょう」
「どうせ今日だって帰って電話するんだろ?」
「するよっ! ダメなの!?」
「別にダメとは言ってないけど」
そう言うと、新田は中川にメニューを差し出した。
「ほら、セイも認めてくれたし、安心して何か食え」
「え、うん…」
中川は、おずおずと渡されたメニューを手に取った。
妊娠中で酒が飲めない中川を気遣って、新田はウーロン茶を頼んだ。
そして2人で仲良く食事を選んでいる。
その様子があまりに幸せそうで、セイは微笑ましい気持で見つめていた。
「本当に送らなくて大丈夫か?」
「うん、駅すぐそこだし。 それよりも中川さん妊婦さんなのにこんな時間まで大丈夫だったの?」
「大丈夫です。 今お仕事していませんし…」
「そうですか。 くれぐれも身体に気を付けて、元気な赤ちゃん産んで下さいね」
その言葉に、中川の表情が明るくなった。
「はい、ありがとうございますっ!」
自宅に戻ったセイは、クッションを抱えてぼーっと1点を見つめていた。
先ほど一緒にいた新田と中川の幸せそうなやり取りが、頭の中を過る。
決して2人の仲をどうこう思っている訳ではない。
心から2人には幸せになって欲しいと思うし、新田と中川がくっつけば良いのにと思っていたのだ。
いつでも会える距離に2人がいる事に、心底うらやましく想っていた。
「良いなぁ… 私も会いたいなぁ…」
最後に会ったのは、いつだっただろう。
テーブルに置いてあるカレンダーを手に取り、ぺらぺらとめくる。
2カ月前の土日に、丸が付いている。
カレンダーを置くと、セイは大きく息を吐いた。
時計を見ると、夜の11時を過ぎている。
もう彼は家に帰っているだろうか。
セイは電話を手に取ると、沖田の名前を呼びだした。
そしてコールをしようとしたその時、電話が鳴りだした。
驚いて電話を落としそうになったが、ディスプレイに表示されている名前を見て慌てて電話に出た。
「もしもしっ!」
『夜遅くにすみません。 沖田です』
「いえっ 私もちょうど今電話しようと思ったところだったんです」
セイは嬉しくて、声が大きくなってしまった。
『あはっ 本当ですか? 気が合いますね』
「はい。 何だか無性に声が聞きたくなって…」
『ありがとうございます。 私もですよ』
昨日も電話したというのに、やはり沖田の優しい声を聞いていると安心する。
「あ、そうだ。 沖田さん、大ニュースです」
『ニュース? 何ですか?』
「実は、今日幸二に呼ばれて食事に行ったんですけど…」
『ああ、聞いてます。 あなたにどうしても相談したい事があるから借りても良いかってメール来てました』
「聞いたら驚きますよ。 実は、幸二結婚するんですって」
『え、結婚?』
「はいっ! 相手は誰だと思います?」
『中川さんでしょ?』
即答した沖田に、セイはえっと声を上げた。
「沖田さん、知ってたんですか?」
『結婚は知りませんでしたけど… 前に再会したっていうのは聞きました。 もしかして付き合ってるのかなーなんて想像してましたけど』
「なぁんだぁ。 どうして言ってくれなかったんですか?」
つまんなそうな声で、セイはぷくっとほっぺを膨らませた。
『隠してたつもりはないんですけど… でも本人から聞いた訳じゃないし、勝手な想像であなたに言う訳にはいかないでしょう?』
「それはそうですけど…」
『ひょっとして、それで落ち込んでたんですか?』
「え?」
『何だかあなたの声が沈んでるなって思ったんですけど… もしかして新田の結婚を聞いてショックを受けちゃったとか?』
沖田の言葉に、セイは眉をひそめた。
「はい?」
『あれ、違うんですか?』
「違いますよ! どうして今さら幸二の事で落ち込むんですかっ!」
『あははっ 良かった。 もしそうならどうしようかと思っちゃいましたよ』
「2人があまりにも幸せそうだったから… 何かそれ見てたら私も沖田さんに会いたくなっちゃって…」
『本当に?』
「本当です」
『私に会いたいと思ってくれてるんですか?』
「当たり前ですっ! だって、もう2カ月も会ってない…」
話していたら、余計会いたくなってしまった。
淋しくなり、語尾が小さくなる。
ピンポン
その時、家のインターフォンが鳴った。
「あれ? 誰か来たみたいです。 掛け直しても良いですか?」
『ええ、良いですよ』
「すみません。 じゃあ1度切りますね」
セイは電話を切ると、玄関に向かった。
こんな時間に一体誰だろう。
セイは恐る恐るドア窓から外を覗いた。
「え」
目を見開いて驚いたセイは、慌てて玄関のカギを開けると、ドアを開いた。
「こんばんは」
そこには、久しぶりに見る沖田が立っている。
「沖田…さん…」
「私に会いたいって言ってくれたから、飛んできちゃいました」
にこにこと話す沖田に、セイは信じられないと言った表情で見つめた。
「うそ… 飛んで…?」
「はい」
「本当に…?」
「あははっ そんな訳ないでしょう。 明日本社で会議があるんで、今日仕事終わって最終の新幹線乗ってきたんですよ」
「えっ 明日?」
初めて聞く話しに、セイは驚いた。
「ええ。 驚かせようと内緒にしてました」
「そうなんですか…」
「家に入れて貰っても良いですか?」
「あっ やだ、私ったらっ… はい、どうぞ入って下さい」
あまりに驚いて、玄関先で立ち話をしてしまった。
きっと大阪らから来たばかりで疲れているだろう沖田に、申し訳ないと思いながら慌てて家の中に招き入れた。
「すぐにお茶入れますから」
久しぶりに会う沖田に、何だか気恥かしくてセイは慌ててキッチンに向かおうとした。
しかし、すぐに沖田に捕まってしまう。
「お茶は良いです。 それよりも、少しの間だけで良いので、こうしていたいんですけど」
手を引かれ、沖田の腕の中に閉じ込められてしまった。
セイは緊張して、固まってしまう。
しかし沖田はそんな事には気づいていないのか、更に腕に力を入れた。
「会いたかった」
そう言うと、沖田はセイの顔を上げさせた。
そしてゆっくりと唇を落とした。
じっくり堪能した沖田は、やっとの事でセイを離した。
「もう、毎日あなたの事が頭から離れませんでしたよ」
「えっ」
「あなたは? 会いたいと思ってくれていましたか?」
沖田の問に、セイは泣きそうな顔で笑った。
「はい。 私も毎日会いたいと思っていました」
「ありがとう。 突然来てしまって迷惑じゃなかったですか?」
「いえ、全然迷惑なんかじゃありません。 嬉しくて… 本当に今沖田さんがここにいるのが信じられないくらいです」
それを聞いた沖田は、満足そうに微笑んだ。
「良かった」
「あの、いつまでこちらにいられるんですか?」
「今週いっぱいいますよ。 明日の会議に出た後、こちらで打合せがあるんです。 だから、あなたさえ良ければ週末までいさせてもらえると嬉しいですけど」
沖田の話に、セイの顔が明るくなった。
「うわっ 本当ですか? 嬉しいですっ」
「ふふっ ありがとうございます」
「あ、今日はお疲れでしょう? すぐお風呂沸かしますから」
そう言って立ち上がろうとしたセイを、再び沖田が引きとめた。
そして耳元に口を近付ける。
「一緒に入りましょう」
囁かれた言葉に、セイは目を見開いて真っ赤になった。
「ね?」
いたずらっ子のように笑いながら、セイの顔を覗き込む。
「は、はい…」
そう言うと、セイは逃げるようにバスルームに向かった。
今日は色んな事がありすぎて、思考が未だにまとまらない。
それでも、沖田に会えたという事実だけで、心がこんなに軽くなっている。
「明日、新田には問い詰めないとですね」
「あ、中川さんとのの事ですか?」
「そうですよ。 私に内緒にしてたんですから」
バスタブで背後からセイを抱きかかえながら沖田はセイの首元に口づけた。
セイはくすぐったそうに身を捩る。
触れられた箇所から、沖田の体温がじわじわと浸食してくる錯覚に陥る。
「そう言えば、山元さんも2人目が出来たらいしいですよ」
「本当ですか?」
「ええ。 今3か月ですって」
「へぇっ 良いなぁ」
何気なく発した言葉に、沖田は反応した。
「神谷さんも、子ども欲しかったりするんですか?」
「え、いや… その…」
沖田にその事を言ってしまった事に、セイは恥ずかしくて下を向いてしまった。
「じゃあ、いつか生んでくれます?」
「えっ?」
沖田は、セイの指に自分の指を絡めると、そのまま抱きしめた。
「遠くて淋しい想いをさせてしまっていますが、もしまたこっちに戻って来れたら、その時は一緒になってくれます?」
セイは思わず沖田に振り返った。
「え… 一緒に…?」
「ええ。 あなたさえ良ければ」
「う、嬉しい… です」
「良かった。 こんな会えない恋人は、嫌がられないかと心配していました」
「そんな事絶対にないです」
「良かった」
そう言うと、沖田はセイに口づけた。
「それじゃあ早くお風呂上がってベッドに入りましょう。 私、もうこれ以上我慢できません」
「っ!!」
セイは茹でダコのように真っ赤になった。
「さ、出ましょう」
沖田はセイの手を引くと、脱衣所からタオルを出してお互いの体に巻いた。
そして抱き上げ、そのままベッドルームへと向かった。
沖田の腕に抱かれながら、セイはその心地よさに身をゆだねた。
きっとこの人とはこれからの長い人生を歩んで行くのだろう。
そんな想いを胸に抱きながら、ゆっくりと沖田の背に腕をまわした。
終
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