セイが走り去ったのを、新田は眉間に皺を寄せながら見送った。
訳が分からず、「ちっ」と舌打ちをして営業部の部屋の中へ入ってきた。
不機嫌そうに受け取った資料をバサッと机の上に置くと、椅子に座った。
しばらく何やら考えていた新田だったが、はぁっとため息をつくと資料をペラペラと
めくり始めた。
「聞いてるのか、沖田?」
「えっ あ、はいっ」
ミーティング中だったにも関わらず、無意識のうちに新田を目で追っていた沖田は、
上司の声に慌てて意識を手元に移した。
2人は何を話していたのだろう。
あれからセイの事ばかり考えてしまう。
もしかしたら自分のせいで、今日セイは会社を休んでしまうのではないかと心配した
のだが、きちんと出社している事に安堵した。
「じゃあ明日の午後現地に行って、見積もり取ってきてくれるか?」
「はい、分かりました」
軽い朝の打ち合わせが終わり、「頼んだぞ」というと上司は自分のデスクに戻っていった。
沖田も資料をまとめると、新田の隣にある自分の席に戻った。
パソコンを開きながらも、沖田はちらちらと新田を盗み見る。
新田はこの後外出するらしく、仕方なくといった感じで仕事に集中しているようだ。
沖田は一呼吸すると、画面に視線を移した。
「はぁっ・・・・」
セイは、トイレの個室に座り気持ちを落ち着かせようとしていた。
新田に対してどのように接して良いか分からない。
今までのように、接する事など無理だろう。
しかしこのままにしておく訳にもいかない。
更に深いため息をつくと、セイは仕方なく立ち上がりトイレを出た。
「なぁ、沖田」
「えっ!?」
突然新田に話しかけられた沖田は、驚いて顔を上げた。
「セイに何があったか知んない?」
「何、突然?」
「あいつさー、俺の事避けてるんだよな。 土曜約束してたのに電話切っててさ。 メールの返
事もねえし。 さっきも逃げるように走って行っちゃうし」
「・・・・へぇ」
沖田は内心ドキドキしながら新田の話を聞いていた。
「何かしたかな、俺」
あっけらかんと言う新田に、沖田は心の中で「はぁっ!?(怒)」と叫んだ。
しかし表情は変えない。
「さぁ、わかんないな」
これ以上話を聞いていると、うっかり余計な事を話してしまいそうだ。
沖田は、話を終わらせようとパソコンに向かって仕事を続けようとした。
「あんなに楽しみにしてたのになぁー。 セイが行きたいって言ったから、わざわざチケットだって取ったのに」
新田は、沖田の態度に気づかず話を続ける。
「何でか、船に乗りたいって言い出してさ。 結構人気あるクルージングだったから取るの苦労したんだぜ」
「へー」
沖田は、興味なさげに適当に返事をする。
「それにさー」
まだ1人でぶつぶつ言っている新田に、さすがに嫌気がさしてきた。
「時間大丈夫?」
時計を指しながら、チラッと新田に目をやった。
「あ、やべ。 俺11時からプレゼンなんだ」
新田は慌て立ち上がり、荷物をまとめ始めた。
「もしセイと話す機会あったら、それとなく聞いてみてくんない?」
スーツを羽織ながら、沖田に申し訳なさそうに頼む。「あぁ、分かった」
普段からセイと沖田は仲が良いのを新田は知っている。
ここで断ると変に思われるだろうと、了承した。
「じゃあ俺もこの前の旅費清算するから総務行って来ようかな」
沖田も用紙を掴んで席を立った。
「すみません、これ先週の旅費なんですけどー」
「はーい。 今処理しますので、ちょっと待ってて下さいね」
総務の女性に申請用紙を渡し、処理が終わるまで待つために置いてあるベンチに座った。
何気なく携帯を取り出すと、取引先の人間から飲み会のお誘いメールが入っていた。
パチパチとメールを打ち返していると、見覚えのある人影か見えた。
「あ」
セイが、荷物を持って総務室の奥の物置部屋ら出てきた。
細身の女性には無理があるだろうという程の量を持っており、よたよたしながら歩いている。
沖田は、総務の女性に一言声をかけてからセイに近づいた。
「お手伝いしますよ」
そう言うと、セイが持っている書類を取った。
「あ・・」
相手が沖田だと分かると、セイは戸惑った表情で下を向いた。
「これ、どこに持っていくんですか?」
「あ、えーと・・ 2階の書庫に・・」
「じゃあ行きましょう」
沖田はセイを促して、スタスタと歩き始めた。
躊躇っていたセイだが、慌てて沖田の後をついて歩く。
書庫まで歩く間、2人の間に会話はなかった。
セイは前を歩く沖田の後ろ姿を見ていた。
沖田が何を考えているのかが分からない。
さっきの今までと全く変わらない態度。
意識しているのが自分だけなのかと思ってしまう。
すると、いきなり沖田が振り向いた。
「あ、神谷さん」
「はっ はいっ!」
突然振り向いた事に驚いて、一瞬手元の書類を落としそうになった。
「新田があなたに避けられてるって気にしてましたよ」
「え?」
「ちゃんと話し合った方が良いと思います」
「・・・」
「浮気の事だって、話し合えばあいつもきっとやめますよ。 新田はあなたの事が好きなんですから」
にっこり微笑むと、また沖田は歩き出した。
セイは、訳が分からなくなった。
自分の事が好きだと言ったり、新田と話し合えと言ったり沖田の発言の意味が理解できない。
「あ、書庫の鍵持ってます?」
「はい・・・ ポケットに・・」
スカートのポケットに入っている鍵を取り出そうとするのだが、両手がふさがっており取り出せない。
「あ、書類上に乗せて下さい」
セイは沖田の持っている書類の上に自分の持っているものを乗せ、鍵を開けた。
「あなたはここで待っててもらえますか? 私が置いてきますから」
こんな小さな薄暗い部屋に2人きりになるのはセイに申し訳ないと沖田は思った。
「え、でも・・」
「置いてくるだけですから。 ちょっと待ってて下さいね」
沖田は1人で部屋に入り、書類を整理してふうっと一息ついた。
そして部屋を出ようと振り返った。
「神谷さん・・」
そこには、外で待っているはずのセイがいた。
「ちゃんとしまいましたよ。 出ましょう」
沖田は、足早にセイの立っている場所を通り過ぎようとした。
「待ってください」
「えっ?」
セイに呼び止められて、沖田はセイを振り返る。
「今日の夜・・ 幸二と話してみようと思います」
その言葉を聞いて、沖田はにっこりと微笑んだ。
「えぇ、それが良いと思いますよ」
「先週はどうもすみませんでした。 その・・ 色々とご迷惑をおかけしてしまって・・」
「迷惑をかけられた覚えはありません。 それよりも、話し合いうまくいくと良いですね。 じゃあ私は総務に戻らないとなのでもう行きますね」
微笑みながらそう言うと、沖田はセイを残して書庫を出て行った。
セイは、沖田が去った後も何故かしばらくその場を動く事が出来なかった。
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時雨 7