時雨  39話






テーブルに片肘をつきながら、セイは手にもった携帯を見ている。
ディスプレイには、沖田の名前。
もうどのくらいの間こうしているのだろうか。
どうしてもコールボタンを押す勇気が出ない。
電話して、何を話すというのか。
大阪へ行って1カ月も経っているのだ。
既に沖田はあちらでの生活が出来初めているだろうし、電話などしても迷惑なだけかも知れない。
セイは諦めて携帯をパタンと閉じた。

はあ…

大きなため息をついて、テーブルに突っ伏した。



目をつむると、沖田の笑顔。
一緒に遊びに行った時の事が思い出される。

会いたい。


沖田が異動してからというもの、1人になると沖田の事ばかり考えている。
好きでいられればそれだけで良いなんて思っていたのに、会いたくて仕方がない。
彼は今どうしているのだろうか。
もう職場になれただろうか。
もしかして、新田の言っていた女の子と仲良くなっていたりするのだろうか。
そんな事ばかりが頭の中をぐるぐるしている。


「もうっ!!」

そうつぶやきながら、バタンとその場に倒れた。
一体いつまでこんな気持ちでいなければならないのだろう。

新田が一体どんな気持ちで自分と別れたのだろうかと考えると、胸が痛くなる。
もし今沖田に彼女が出来たと知ったら、新田と同じように幸せならそれでいいなんて思えるのか。



セイは目を閉じると、大きくため息をついた。














「ねえ、最近どうなの?」
「え? 何が?」
由香の言葉に、セイは不思議そうに首を傾けた。

「何惚けてんのよ。 沖田さんにきまってるでしょ」
周りを気にしてか、由香が声のトーンを落とした。
「え?」
沖田の名前を聞くだけで、心臓が飛び上がりそうになった。

「え?じゃないでしょ。 あんなに相談に乗ってあげたのに、あれから全っ然どうなったか教えてくれないじゃない」
ぷくっとほっぺを膨らませながら、由香はサンドイッチを手に取った。
「ど、どうなったかって… どうもなってないよ」
「え? 付き合っちゃったりしてんじゃないの?」
身を乗り出して訊ねる由香に、セイは噴き出しそうになった。
「はあ??」
「何、まさか何にもないまま離れ離れになっちゃったの?」
信じられないといった表情で、由香は思わず声を上げた。
「ちょっ 由香ちゃん! 声大きい!」
セイは、口に人差し指を当てながら、慌てて周りを見渡した。

ここは会社の食堂だ。
誰が聞いているか分からない。

「あ、ごめんごめん。 て言うかさ、セイ彼と2人きりで食事行ったんじゃないの?」
由香の言葉に、セイは固まった。

「え… 由香ちゃん、なんでそれ知ってるの?」
由香に言った覚えはない。
隠していた訳ではないが、何となく気恥かしくて言いだせなかったのだ。

「聞いたのよ、本人から」
「はあっ!?」
思わず驚いて大声を出してしまった。
「行ったんでしょう?」
ニヤっと笑いながら、セイの顔を覗き込む。
真っ赤になったセイは、由香の視線から逃げるように下を向いた。

「い、行ったけど…」
「やっぱり。 私に内緒にするなんて酷いじゃない」
「内緒にしてた訳じゃないよ。 ただ恥ずかしくて言い出せなかっただけだもん。       …て言うか、何でそんな話沖田さんとしたの?」
我に返ったセイは、再び顔を上げた。

「ちょっとね、沖田さんと話す機会があったんだ。 それで色々沖田さんに聞いちゃった。 どうせ大阪行くんだし? 最後に色々聞いちゃえと思ってさ」
「い、色々って…?」
この先を聞くのが、何だか怖い。
自分の知らないところで、一体どんな話をしていたというのだろうか。


「単刀直入にね、"セイの事好きなんですよね?"とか」
うふふっと笑いながら、由香はパクっとサンドイッチを口に入れた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

セイはその場に倒れそうになった。
しばらく固まったまま、動けずにいた。
頭がうまく働かない。

「う、嘘でしょ」
「嘘じゃないよ。 沖田さんて、すっごい素直だよね。 良い人だし。 思わず私も好きになりそうだったよ」
その言葉に、セイは目を見開いた。
「だっ ダメっ!!    ・・・・あ」
立ち上がって声を上げたセイに、周りで食事をしていた者たちが、一斉にセイを見た。

「・・・・・・・。」

口に手を当てながら、セイはゆっくりとその場に座り直す。

由香はくくくっと笑いながらお腹を押さえている。
「セイ、ウケる」
「ウケないよっ!!」
顔を真っ赤にしながら、セイはムクれてしまった。

「あははっ でも私の読み通りだった。 沖田さんたら、私の質問に最初驚いた顔してたのにさ、すぐにっこり微笑んで、"ええ、すごく好きですよ"って。 あの笑顔がすっごく可愛くてさ。 本当にセイの事好きなんだぁって思った」
思わずセイの脳裏にも、沖田の笑顔が浮かんだ。

「セイってばさ、沖田さんの事振ったの? それに新田くんと別れた事沖田さんに言ってないんだって?」
「え?」
「そんなに好きなら、セイに伝えてみたらどうですかって言ったのよ。 そしたら、もう振られましたよって笑うの。 しかも友達の彼女に手は出せませんだって。 セイ、そんな事何にも教えてくれなかったじゃない」
「・・・・・・・。」
思わずセイは言葉に詰まった。

あれは振った事になるのだろうか。
あの時はまだ新田の浮気を知ったばかりで、沖田に対しての気持ちはなかった時だ。
それに、はっきりと断った訳ではない。

「ねえ、セイ」
急に優しくなった由香の口調に、セイは顔を上げた。

「本当にこのままで良いの?」
「え」
「好きなんでしょ? 沖田さんの事」
「・・・・・うん」
「両想いなんだよ?」
「・・・・・・・」


何も答えないセイに、由香は大きく息を吐いた。

「沖田さんも、結局何もしないで大阪行っちゃったみたいだし」
「? どういう事?」
「沖田さんにさ、お願いしたのよ。 セイの事お願いしますって」
「はい?」
びっくりしたような顔をしたセイに、由香はふっと笑った。
「これからもずっと、セイの事を見守ってて下さいねって言ったの」
「見守って?」
「うん、そう言えば普通は分かると思ったの。 私の口からセイの気持ち伝える訳にはいかないじゃない? だから遠まわしに言ったの。 でも結局彼は何も行動に起こさなかったって事よね」

セイは何も言えなかった。

まさかそんな話をしていたとは。
微塵もそんな態度は感じられなかった。

「今沖田さんに本当の気持ち伝えないと、ずっとこのままだよ? それでも良いの?」
「・・・・・でも・・・」

下を向いてしまったセイに、由香は尚も訊ねる。
「何年かしてこっちに帰ってきたときには、お嫁さん連れて帰ってきたかでも良いのね?」
「お嫁さん・・・」
セイの表情が悲しそうに歪んだ。

「それが嫌なら、ちゃんと気持ちを沖田さんに伝えなさい」




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