時雨 37
ベンチの背もたれに背中を預け、ぐったりとしているセイに、沖田は心配そうな顔をしながらジュースを差し出した。
「ありがとうございます…」
それを受け取りながらも、セイの表情は晴れない。
「ごめんなさい… まさかあなたがあんなにお化け屋敷がダメなんて思わなかったので…」
しゅんとして謝る沖田に、セイは力なく首を振った。
「いえ… ちょっと久しぶりだったもので」
「でもいくら何でもお化け役の人殴った上に、途中退場って…」
「う… そ、それは言わないで下さい」
更に落ち込んでいるセイに、沖田はふふっと笑った。
「じゃあ、どうせゆっくりするのなら、あそこで景色でも見ながらゆっくりしません?」
そう言いながら沖田が指差した先には観覧車がある。
「観覧車ですか」
「ええ。 そろそろうす暗くなってきましたし、小腹も空いてきたでしょ? 最後にあれだけ乗って、ご飯食べに行きましょう」
「ジェットコースターはダメなのに、高い所は大丈夫なんですか?」
「ゆっくり動くのは大丈夫です! さあ、行きますよ」
そう言うと、沖田はセイのベンチから立たせ観覧車へ向かって歩き出した。
「うわぁっ きれーい」
観覧車から見える夜景にセイは目を輝かせた。
「もっと暗ければ、更に綺麗なんでしょうけどね。 ちょっと残念ですね」
向かい側に座った沖田は、残念そうに景色を眺めた。
「いえ、すごく綺麗です」
そう言いながら、セイはうっとりと景色を見入っている。
まだ完全に日が落ちていない為、まだ明りがぽつぽつとあるだけだが、それでも充分に東京の夜景は美しかった。
しばらくの間、2人とも言葉もなくぼーっと東京の夜景を見ていた。
セイは、窓にへばりついて四方の景色をくまなく見ている。
時折、「あそこが都庁でしょ?」「あっ、東京タワーも見える」と言いながら、嬉しそうにはしゃいでいた。
先ほどまでぐったりしていたのが嘘のように、元気になっていた。
そろそろ頂上に来そうだという頃、セイは後ろ側の景色が気になり、振り返ろうとした。
え・・・・
振り向いた瞬間、こちらをじっと見ている瞳と視線が重なった。
景色を見ていたはずの沖田は、なぜかセイの顔を見つめている。
何も言わず、ただ、セイを見つめていた。
その表情は、今までの沖田の表情とは違っていた。
でもこの表情、見覚えがある。
いつだったかと考えて、以前セイに告白してきた時の表情だとすぐに気付いた。
「あ… の…」
どうして良いか分からないセイは、何か言おうとするが言葉が出ない。
しばらくすると、急にふふっと微笑んだ沖田がセイから視線を外した。
緊張感から解き放たれたセイは、ふうっと小さく息を吐いた。
「今日来なければ良かったと後悔していました」
「え?」
突然の沖田の言葉に、セイは思わず聞き返した。
「本当に悩んだんですよ。 来るべきなのか来ないべきなのか」
「・・・・」
沖田の言っている事の意味が分からず、ただセイは沖田の次の言葉を待った。
「どうしてあなたと一緒にいる時間は、こんなに楽しいと思えるんでしょうね」
「は・・・い?」
「他の女性とは全然違うんですよ、あなたといる時間は。 私にとって特別なんです」
セイはみるみるうちに、顔を真っ赤に染めた。
「この数日間、本当に忙しくて… 仕事以外の事を考える余裕はありませんでした。 このまま大阪へ行けば、あなたの事を忘れられると思ったのに。 でもやっぱりダメでした。 今日こうして一緒にいて、あなたの事を簡単に諦められないんだと痛感しました」
「え・・・」
何と答えて良いか分からないセイに、沖田は優しい笑みを浮かべて振り向いた。
「やっぱり私はあなたの事が好きです。 きっと向こうへ行っても当分の間は忘れられないでしょう」
「沖田さん…」
「こんな事言ったの新田にバレたら、怒られそうですね」
そう言いながら、自嘲気味に笑った。
「あっ、あの、沖田さん。 実は私っ…」
「ねえ、神谷さん」
「えっ?」
話そうとしたセイの言葉を、沖田の真剣な眼差しが遮った。
「幸せになって下さいね」
「っ!?」
「私はあなたの事も好きですが、新田の事も同僚として信頼しているし好きなんですよ。 だから好きな2人には幸せになってもらいたいんです」
「・・・・」
セイは眉を下げ、悲しげな表情になった。
「すぐには無理かも知れませんけど、きっと私はあなたの事を諦めます。 あなたくらい素敵な女性はいないかも知れませんけど、いつかあなたにも彼女ですと紹介出来るような女性が出来る日がくると思います」
セイの目に薄らと涙が浮かんだ。
「だから… あなたは幸せになって下さい」
優しくそう言う沖田の言葉に、セイは何も言えずただ沖田を見ている。
「でも、何か困った事があればいつでも連絡下さい。 相談には乗りますから」
「・・・・・」
瞬きしたセイの瞳から、ポロリと涙がこぼれた。
「もうあいつがあなたの事を裏切る事は絶対にないです。 でも、もし誰かに話を聞いて欲しくなった時が来たら、連絡して下さい」
「困った…時?」
「ええ。 ある人からも頼まれましたしね」
「ある人?」
「あ、いえ。 それはこっちの話でした」
「?」
不思議そうに首をかしげるセイに、沖田は困ったように窓の外に目を向けた。
「とにかく、大阪へ行っても私に出来る事なら何でも力になります。 だから、あなたは新田と幸せになる事だけを考えて下さい」
そう言うと、再びセイに振り返り、にっこりとほほ笑んだ。
「ね?」
嬉しそうに微笑んでそう言う沖田に、セイはそれ以上何も言えなくなった。
「はい…」
セイの返事を聞くと、更に嬉しそうに微笑んだ。
そして、セイの頭に手を乗せ、優しくなでる。
「なぜ泣くんです? そんなに景色に感動しちゃいました?」
的外れな事を言っている沖田に、セイは言い返す気力もなくなり、力なく笑った。
「そうですね」
「あははっ それは来た甲斐がありました。 もうすぐ下に着きますね」
「ええ」
「本格的にお腹が空いてきました。 良いお店見つけてあるので、最後に美味しいもの食べましょうね」
その言葉に、セイはにっこりとほほ笑んだ。
「はい!」