時雨 36
腕時計に目をやるが、まだ約束の時間までには30分以上もある。
セイはやる事もなく、仕方がないので待ち合わせの場所で待つ事にした。
誰かとの待ち合わせで、こんなにも浮かれていた事がこれまでにあっただろうか。
新田と初めてのデートの時も嬉しかったが、それ以上かも知れないとセイは思った。
服装はおかしくないかなと、ガラスに映った自分を見る。
自分の顔を見て、セイははっとした。
あまりにもゆるんだ表情に、恥ずかしくなる。
頬を軽く両手でペチペチと叩くと、セイは気を取り直して向き直った。
「わっ!?」
振り返った瞬間、目の前に立っている人物が目に入りセイは驚いて声を上げた。
「あははっ ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」
そこには、スーツ姿のままの沖田が立っていた。
「お、沖田さんっ 何でっ」
「いえ、実は思ったよりも早く終わってしまったんです。 やる事もないし、早めに来て待っていようと思ったんですけど‥」
にこやかに言う沖田に、セイはみるみる真っ赤になってしまった。
「そうなんですか‥ わ、私もちょっと寄るところがあって… 時間が余ってしまったので早めに来てみました」
まさかあまりにも嬉しすぎて早めに来てしまったなど、恥ずかしくて言える訳がない。
「そうなんですね。 早く来て良かったです。 あなたをこれ以上待たせなくて済んだので」
「・・・・・」
あまりにも爽やかな沖田に、思わず見とれてしまった。
「では少し早いけど行きましょうか。 お腹空いてます? あ、でも時間的にちょっと中途半端ですねぇ」
沖田は時計に目をやりながら、困ったようにそう言う。
「そう・・・ですね・・・」
んー…と考えていた沖田だったが、何か思いついたように顔を上げた。
「そうだ。 このすぐ近くに最近出来たテーマパークありますよね? 少し遊んで行きません?」
「えっ?」
セイは驚いて顔を上げた。
「あそこって確か1つ1つのアトラクションが孤立してるから、遊びたいものだけ遊べる感じじゃなかったでしたっけ?」
「え、ええ、確かそうでしたけど…」
突然の展開に、セイはついていけない。
「ちょっと遊べばお腹も空きますよね。 神谷さんはそういうの好きじゃないですか?」
「いえ、そんな事はないんですけど‥」
「あっ、もしかして食事以外はダメって新田に止められてます? だったらやめておきましょうか」
申し訳なさそうに、眉を下げる。
「はっ? いえっ 全然そんな事言われてません。 むしろ楽しんで来いと言ってくれてましたから」
「そうですか、それは良かった。 ではあなたさえ嫌じゃなければいかがです?」
沖田の問に、セイは思いっきり笑顔になった。
「はいっ! 行きたいです!」
前を歩き、何が良いか悩んでいる沖田を見て、セイは思わず吹き出した。
それを聞いた沖田は、不思議そうに振り返る。
「沖田さん、スーツで遊園地ですか?」
あっと言いながら、沖田は恥ずかしそうに自分の服装を確認した。
「あはは 本当だ」
そんな姿を見て、セイは可笑しそうに笑った。
「一緒にいるの、恥ずかしいですよね?」
「いえ、全然。 逆にいつもの見慣れた沖田さんで良いです」
「そうですか? ありがとうございます」
安心したように笑った沖田に、セイも笑顔を返す。
「じゃあスーツであのジェットコースター乗ってもらわなきゃですね」
そう言いながら、頭上を走っているジェットコースターを指差した。
「ええっ!? あ、あれですか‥ そうだ! あんなものより、あっちのクルクル回ってる可愛いのにしましょう」
焦ったように他の乗り物を指差した沖田を、セイは不思議そうに見た。
「あれですかぁ? 遊園地といえば、ジェットコースターじゃないですか?」
「だ、誰がそんな事決めたんですか」
「誰がって‥ えっ? もしかして沖田さん、ジェットコースター乗れないんですか‥」
その言葉に、沖田はものすごい勢いで首を振った。
「乗れない訳ないじゃないですか! 男ですもん、全然大丈夫ですよっ」
必死にそう訴える沖田に、セイは意地悪な笑みを浮かべた。
「ですよね? じゃあジェットコースターに決まりです」
「わーっ! ちょっと待ってください! もっとちゃんと良く考えたほうが良いですって! あ、ほら! あっちのお化け屋敷が面白そうですよ!」
セイに腕を引っ張られながら、必死に抵抗するが、全くセイは聞く耳を持たない。
「せっかく来たんですから、乗りましょう」
沖田を見上げながら、セイが可愛く「ね?」と言ったのに、沖田の心臓は射抜かれてしまった。
「う‥ はい‥」
こんな可愛い顔でお願いされたら、何でも言うことを聞いてしまいそうだ‥
「沖田さん、大丈夫ですか?」
青ざめた顔でふらついている沖田に、心配そうに訊ねる。
「大丈夫です…」
全く大丈夫そうじゃない声色で答える沖田に、セイは思わず噴き出した。
「何で笑うんですか?」
ちょっと拗ねたように訊ねる沖田に、さらにセイは笑いだした。
「だって沖田さんて、普段クールなのに、まさかジェットコースターが苦手だったなんて」
「クール? 私がですか?」
青い顔をのそっと上げてセイを見た。
「ええ。 あんまり感情表に出さないし。 沖田さんの弱点見つけちゃいました」
「感情だしてないですかね? 結構出ちゃってると思いますけど」
ぼそっと聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟く。
「え?」
セイは聞き返そうと沖田の顔を覗き込んだ。
「いえ、何でもないです。 さぁ、もう復活しましたよ」
勢いよくセイから離れると、沖田は元気良く歩き始めた。
「早い。 もう元気になったんですか」
あははっと笑いながらついてくるセイに、沖田は振り返る。
「じゃあ、次はお化け屋敷ですね」
「えっ?」
「遊園地と言えば、お化け屋敷でしょ?」
そう訊ねる沖田に、今度はセイが真っ青になった。
「だ、誰がそんな事決めたんですか」
少しずつ後ずさるセイに、沖田はニヤっと笑った。
「やっぱり。 さっきお化け屋敷に行きましょうと言った時、一瞬あなたの顔色が変わったのを私は見逃しませんでしたよ」
そう言いながら、離れようとするセイの腕をつかんだ。
「いや… あの… お化け屋敷はやめませんか…」
「ダメです! 次はあなたの番ですから。 行きますよ」
沖田は動こうとしないセイの腕を引っ張り、ニコニコと嬉しそうに笑いながら歩き始めた。
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