時雨  34





金曜、沖田は本社勤務最後の日を迎えた。
別に辞めるという訳でもないのに、様々な人が挨拶に訪れる。

この数日あまりにも忙しかった為、寂しいと思う時間もなかった。
1人1人と丁寧に別れを惜しんでいると、あっという間に業務時間は終わりをつげた。

自席にもどり一息ついた時、目の前に缶コーヒーが現れた。
隣を見上げると、新田が淋しそうに笑いながら立っていた。

「ありがとう」
素直に礼を言って受け取る。
「疲れただろ? タバコ、行かない?」
「うん、疲れた。 ちょっと休憩したい」
苦笑いしてそう答えると、2人は連れだって喫煙室に向かった。




「淋しくなるな」
第一声、新田はそう言った。
「あははっ どうしたの?」
「いや、やっぱお前がいなくなるのは素直に淋しと思ってさ」
「ありがとう。 気持ち悪いけど嬉しいよ」
「……。」
沖田の冗談にも笑わず、新田は下を向いて何か考え込んでしまった。
その様子を、不思議そうに眺める。

そう言えば、新田は送別会の時から様子がおかしかった。
あれから話し掛けると普通に答えはするのだが、どこかよそよそしい。

「やっぱ何かあった? ここ最近様子が変だよ」
「………。」
新田の顔を覗き込むが、新田は目を合わせようとはしない。

ふぅっと息を吐き、諦めてタバコに火を点けた。



「なぁ、沖田」
しばらくして、突然新田が口をひらいた。
「ん?」
「俺はお前に謝らなきゃならない事がある」
「謝らなきゃならないこと?」
「うん。 お前には本当に悪い事をしたと思ってる。だからお前が大阪行く前に、ちゃんと謝りたかったんだ」
沖田は首を傾げた。
「何のこと?」
沖田の問いに、新田はチラッと顔を向けた。

「・・・・それは言えない」
「‥は?」
新田の言葉に、沖田はポカンとした。

「本当に悪い事をしたと思ってるし、謝りたいとも思ってる。 でも悔しいからそれが何なのかは教えてやんない」
「・・・全く意味がわかんないんだけど」
眉間にシワを寄せている沖田に、新田はニヤッと笑った。

「だろうな。 でもそのうち嫌でも分かるさ。 悔しいけど、俺はきっぱり諦めて、お前に譲ることにした」
「何を?」
「だから秘密だって。 俺だって本当は諦めきれないんだ。 このくらいの意地悪くらいさせろ。 でもこれだけは言っておく。 お前だから、諦めようと思えたんだ。 だから俺の変わりに絶対に大切にしてくれ」
真剣何眼差しでそういう新田に、やっぱり訳が分からないという顔を向ける。

「まぁ、そのうち分かるよ。 俺の口からは言えないし、言いたくない。 でもとにかく悪かった。 ごめんな」
そう言って頭を下げた新田を、何も言えずただ沖田は見ていた。










仕事を終えたセイは、沖田の所へ挨拶に行くべきかどうか悩んでいた。

明日約束しているとは言え、それとこれとは別の話だ。
しかし営業部には新田がいる。
自分の気持ちを知られている新田の前で沖田の所へは行きづらかった。


営業部に向かって歩いてみては、やはりやめようかと立ち止る。
引き返そうか悩んで、やはり営業部へ歩き出そうかとする。
そんな事を何度も繰り返していた。

「挙動不審な動きしてんな‥」
後ろから聞こえた声に振り向くと、新田が笑っていた。

「こ、幸二」
今の自分の行動を見られていたのかと、セイは恥ずかしくなり真っ赤になった。

「あいつのとこ行くかどうか悩んんでたんだろ?」
「!!」
「どうせお前のことだから、俺に気を使ってってところか」
図星を疲れ、セイは黙ってしまった。
そんなセイに、新田は近づくとニヤッと笑った。
「もう会えなくなるかも知れないんだ。 行って来いよ」
「え?」
セイは驚いて顔を上げた。
「もう俺に気を使う必要はないから。 沖田から聞いたけど、明日あいつと最後に飯食いに行く予定なんだろ?」
「・・・・」
何と答えて良いか分からず、セイはただ新田の顔を見ている。
「俺はもう諦めた。 お前にきっぱり言われて、決心がついたよ。 だから俺の事はもう考えなくて良い」
「幸二…」
「良いから行って来いって。 あいつならまだ部にいるからさ」
新田の言葉に、セイはゆっくりと頷いた。
「うん、ありがとう」
新田はふふっと笑うと、”じゃあな”と言って背を向けて歩き出した。
それを見送ると、セイは営業部に向かって歩き出した。





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