時雨 33
「セイ」
食堂で1人昼食を取っていると、突然後ろから声がかかった
振り返ると、由香がランチを持って立っている
「由香ちゃん」
由香は微笑むと、セイの隣に座った。
「何か大変な事になってるみたいね」
お箸を手にとりながら、由香がセイの顔を覗き込んできた。
「大変な事?」
「うん、沖田さん異動しちゃうんでしょ?」
由香は声を顰めた。
「あぁ・・ うん、そうみたいだね」
「異動通知がメールで来てたんだけどさ、私見落としてたみたいで昨日総務の子から聞いて知ったんだ」
「・・・」
総務のという言葉を聞いて、セイの顔が曇る。
先日沖田と話した時、沖田は総務の女の子と飲んだ事をセイには言わなかった。
自分に敢えて隠したのではないかと、セイは思った。
もしそうだとしたら、沖田も彼女に対して何か感情があるのかも知れない。
セイはあれから1人になると、その事を考えて落ち込んでいたのだ。
「あの子さぁ、振られたらしいよ」
「えっ!?」
思わずセイは声を上げてしまった。
「あははっ その反応。 素直だね、セイは」
「あ、いや・・」
セイは恥ずかしそうに下を向いた。
振られた?
じゃあなぜ沖田は自分に女の子と飲みに行った事を言わなかったのだろう。
「結構本気だったらしいけど、彼が異動するって知って諦めたんだって」
「へ、へえ」
「それが笑えるの。 飲みに行って1人でしゃべってたら、沖田さんに呆れられて先に帰られたんだって。 それで今後業務以外で一切話しかけないでくれって言われたんだってよ。 積極的も良いけどさ、度が過ぎると嫌われちゃうのね」
「そうなんだ…」
ホッと息を吐いた。
「それで、セイはどうするの?」
「え?」
「だってさ、沖田さん大阪行っちゃうし、新田くんは別れてくれないんでしょう?」
「あ、ううん。 実は幸二とは別れたんだ」
「そうなの? ようやく納得してくれたんだ」
由香はぱあっと顔が明るくなった。
「うん。 きっぱり言ったの。 もう無理だって。 好きな人も出来たって言ったら、最後には納得してくれた」
「そっか。 良かったね。 でも好きな人って… もしかして沖田さんだって言っちゃったの?」
「・・・・・うん、言った」
「それは・・・ かなりショック受けただろうね、新田くんも」
今度は憐れんだような顔になった。
「幸二は気づいてたみたいだよ」
「えっ」
「私、自分が気づいてなかっただけで、幸二と別れた後からもう既に沖田さんの事好きだったみたい」
「そうなんだ・・・」
「でも、私沖田さんには好きだって言うつもりはないんだ」
セイの言葉に、由香は驚いてセイを見た。
「何で?」
「だって、言っても困らせるだけだもん。 大阪に行っちゃうし、幸二とも仲良いし。 私の片想いで良いの」
「でもそれだとセイが辛いでしょう?」
「辛いけど・・・ でも良いの。 今の関係が良い」
「そう・・」
由香は悲しそうに下を向いた。
「もうっ! 何で由香ちゃんが落ち込むのよっ!」
「だって私の予想だと、沖田さんももしかしたらセイの事好きなんじゃないかと思って」
セイはドキっとした。
「えっ、なん・・何でっ!?」
「別に理由はないけど・・ ただの勘。 そもそもセイってばモテるしさ、沖田さんがそれだけセイに色々してくれてたのも、やっぱ下心があったんじゃないかと思って」
「下心??」
「変な意味じゃなくてさ。 どうでも良い子にそこまで親切にはしないでしょ?」
「・・・・」
セイは何も言えなくなった。
確かに新田と別れた翌日、沖田から告白された。
しかしその後それらしい会話など彼とは全くしていない。
それどころか、新田とヨリを戻せと進めてきた。
今だって、新田と付き合っていると思っているのだ。
とっくにセイに対しての感情などないのかも知れない。
「沖田さんは私の事なんて何とも思ってないと思う」
「なぜ?」
「あの人は誰にでも優しいんだよ。 私だからじゃない」
「そんな事ないと思うけどなぁ」
「そうなのっ! ほら、早く食べないと時間なくなっちゃうよ」
「えぇ??」
納得していない顔の由香だったが、時計を見て慌てて食事を口にし始めた。
「じゃあ私先に行くから」
「えっ!! ま、待ってよぉ!」
「あははっ うそうそ、待ってるよー」
セイは笑いながら、デザートを食べようとヨーグルトの蓋を開けた。
席に戻りパソコンを開くと、メールのマークが点灯していた。
開くと沖田からだった。
驚きと嬉しさで、一瞬手が止まる。
ゆっくりと息を吐いて、メールを開いた。
『お疲れ様です。
食事の件ですが、やはり平日は仕事が終わらないので難しそうです。
来週早々には大阪へ行ってしまうので、もし神谷さんが大丈夫なら土曜日はいかがですか?
土曜は午前中雑務整理があるから出社しますが、午後からは時間があります。
あまり夜遅くに帰すのは申し訳ないので、明るいうちに食事にでも行きましょう。』
一瞬顔がゆるんでしまった。
これが最後にはなるのかも知れないが、仕事のない日にゆっくりと会えると思うと嬉しくなる。
セイは緩んだ顔を引き締め直すと、沖田に返信を打ち始めた。