時雨 29
すぐに帰る支度をするからと言う沖田を、少し離れた所で待っている。
セイは、沖田と同じ空間にいるというだけで、どうしようもない程に緊張していた。
こんな事、今まで1度もなかったのに。
本当に自分は沖田の事が好きなのだ。
自覚してしまえば、これまでの自分の言動全てに納得がいく。
そしていくら病気だったとはいえ、沖田の家にあがりこみ2人きりで過ごした事を思い出して赤面した。
あの時、あれほどまでに新田の事で悩んでいたのに、沖田といる時だけは忘れていられた。
その理由が、やっと分かった。
「すみません、お待たせしました」
すぐ後ろでかけられた声に、セイは驚いて振り向いた。
「あはっ すみません、びっくりさせちゃいました?」
セイの反応に、沖田はあははっと笑っている。
「す、すみません・・・ ちょっと考え事してたもので・・」
真っ赤になりながら、小さな声で答えた。
「そうですか。 では行きましょう。 本当に電車なくなっちゃいますよ」
そう言うと、沖田はセイを促してオフィスを出た。
「それにしても、平日なのにこの時間まで飲んじゃうなんて若いですね」
「ええ・・・ ちょっと話込んじゃって・・・」
さすがに沖田の話しをしていたなど言えず、思わず声が小さくなる。
「私なんて、仕事終わった後に飲みに行くなんて最近ないなぁ」
「えっ」
沖田の言葉に、セイが思わず声をあげた。
「え?」
セイの反応に、沖田も不思議そうにセイを見た。
「だって昨日・・」
「昨日?」
「あっ、いえ! 何でもないですっ!」
慌てて手を振った。
「昨日、何です?」
「いえ、本当に何でもないです! すみませんっ」
必死に話しを終わらせようとするセイに、沖田は首をかしげて笑った。
「そう言えば、聞きましたよ」
「え?」
「新田と、ヨリ戻したんでしょ?」
「はあ!?」
セイは驚いて声をあげた。
「あいつ、もう絶対あなたの事悲しませないって約束してくれました。 今度は信じて良いと思いますよ」
優しく微笑む沖田を見て、セイは泣きそうになった。
「幸二が・・ そう言ったんですか?」
「ええ。 仲直り、したんでしょう?」
セイは、暗い表情で下を向いた。
「・・・・・・はい」
セイは小さくそう答えた。
それを聞いて、沖田は安心したようにほっと息を吐いた。
「これで安心ですね。 今まで色々あったけど、もう大丈夫ですよね」
「・・・・・・・・」
セイは何も答えられなかった。
心の中が真っ暗になっていく。
否定したいのに出来ない。
新田がどういうつもりでそう言ったのかは分からないが、自分が否定することによって、新田のプライドを傷つけかねない。
新田が沖田に対して嘘をついた事を沖田が知れば、少なからず沖田は新田に対して良くないイメージを持つだろう。
「ヨリなど戻していない」と言いたいが、ぐっと我慢した。
「私も安心して大阪へ行けます」
その言葉に、セイは顔をあげた。
「大阪?」
「ええ、転勤が決まったんです」
微笑みながらそういう沖田に、セイは目を見開いた。
「転・・・ 勤・・・?」
「来月早々からあちらへ行きます。 今月中には引っ越ししなきゃだし、急すぎて大変なんですよ。 引き継ぎもあって、今日もこんな時間まで残業しちゃいました」
笑いながら話している沖田の言葉が、途中から全く耳に入って来ない。
転勤・・
好きだと自覚したばかりなのに、こんなにも早く自分の元からいなくなるなんて。
「だから、あなたたちが元鞘に収まって、一安心ですよ」
セイは目の前が真っ暗になった。
ショックのあまりフラついて、足がもつれた。
「危ないっ」
沖田は慌ててセイの腕を取った。
転びそうになったセイを、沖田は受け止めた。
「だ、大丈夫ですか? どうしました?」
心配そうにセイの顔を覗き込む。
突然目の前に来た沖田の顔に、セイは真っ赤になって顔を背けた。
「すみませんっ ちょっと躓いてしまって・・・」
慌てて沖田の腕から離れた。
「ごめんなさい。 私疲れてしまったのでタクシーで帰ります!」
「えっ 神谷さん?」
「それじゃあお疲れ様でした!」
そう言うと、セイは沖田の元から走り出した。
「神谷さんっ!」
沖田の呼び止める声にも答えず、セイはその場を後にした。
偶然通りかかったタクシーを呼びとめ、飛び乗った。
次から次へと様々な思いが溢れて、涙が止まらない。
沖田の前で泣くと、何事だと思われてしまうと思い、慌ててその場を離れた。
沖田の腕に抱きとめられた感触に、体が震えた。
いつの間に、こんなにも好きになっていたのだろうか。
なのに、自分の思いを伝える事も出来ない。
それどころか、彼はもうすぐ自分の前からいなくなってしまうのだ。
セイはどうすることも出来ない状況に、ただ涙を流し続けた。