時雨  28





「じゃあまた明日ね」
「本当に付き合わなくて平気?」
「大丈夫だよ。 会社すぐそこだし。 気を付けて帰ってね」
「うん、ありがと。 セイもね。 お休み」
「おやすみ〜」
そう言うと、セイは由香に手を振り会社へ戻ろうと歩き始めた。
会計をして帰ろうとしたセイは、会社に定期の入ったパスケースを忘れてきた事に気づいた。
実費で帰ろうかとも思ったのだが、職場のすぐ近くで飲んでいた事もあり取りに戻ることにした。


はぁっと息を吐きながら、とぼとぼと会社へ向かう。

先程の由香との会話が思い出される。

あのあとしつこく由香には沖田との関係を問いただされた。
本当に何もなく、ただの仕事上での先輩であり、新田の同僚だから仲は良いが決して疑われるような事は何もないと言い張った。
しかし、由香のある問に、セイはギクッとした。

「そこまで言うなら聞くけど、もし沖田さんが総務の子と付き合っちゃったら、セイはどう思う?」
「・・・・・・付き合う?」
「そう。 沖田さんが、他の子の彼氏になっちゃうの。 なんとも思わないの?」
「・・・・・・・」
セイは何も答えられなかった。
想像しただけなのに、ものすごく嫌な気分になる。
あの優しい笑顔を、他の女性に向けるのか…
そんな事を考えて、悲しくなった。

黙っているセイを見て、由香は尚も訊ねてきた。
「じゃあ、新田くんだったら?」
「えっ」
「新田くんが、その浮気相手とセイと別れて付き合うって事になったら、セイはどう思う?」
そう聞かれて、セイはんーと考えた。
気にはなるが、嫌ではない。
それどころか、出来ればそうなって欲しいと思ってしまう。


「嫌じゃ… ない…」
ボソッと答えたセイに、由香はニヤッと笑った。

「ほらね。 明確じゃない。 セイは気づいてないだけなんだよ」
「私が気づいてないだけ?」
「うん、セイは沖田さんの事が好きなの。 ほら、新田くんの事色々相談に乗ってもらったって言ってたじゃない。 それで、色々優しくしてもらってる間に、いつの間にか好きになってたんだよ」
「そう… なのかな…」

そう口にして、急に恥ずかしくなった。

「もう、セイったら本当に鈍いんだからっ!」
「だ、だってぇ。 本当に自分でも良く分からないのよっ!」
「可愛いなぁ、セイってば。 でも私はセイが沖田さんの事が好きなんだったら、セイを応援する! 彼女も可愛い後輩だけど、セイが1番だからね」
そう言いながら、由香はウインクした。











私… 沖田さんの事好きなのかな…


どうしよう…


そう思えば思うほど、すごく彼に対する思いが強くなっていくような気がする。
今までそんな事、意識したこともなかったのに。
これからどんな顔して会えば良いのだろうか。
散々自分と新田のゴタゴタを見ていた人物だ。

突然、以前沖田がセイを抱きしめながら告白してきた事を思い出した。



う、うわぁ・・・・
何急にそんな事思い出してんのよ、私っ!

今まで全く思い出しもしなかったし、それ以前に新田との事でそこまで考えがいかなかった。
考えれば考える程恥ずかしくなり、真っ赤になった顔を自分の手で押さえた。


と、とにかく早く定期を取って帰ろう。
セイは会社へ急いだ。










会社に着くと、既に薄らと暗くなったオフィスに入った。
デスクの引き出しを開けると、やはり忘れたままになっていたパスケースがあった。
素早く取ると、出ようとした。
しかしデスクの上に今日仕上げたばかりの資料が乗っているのが目に入る。
先日新田に頼まれて作った資料。
本人に渡すつもりだったのだが、やはりあまり会いたくはない。
どうせこんな時間だし、誰もいないだろう。
ついでだし、営業部に寄ってデスクの上に置いて帰ろうと手に取った。
そうすれば会わないで済む。


セイが営業部のオフィスに行くと、案の定こちらも非常灯以外は電気が落とされ真っ暗だった。


えっ?



新田の席辺りにモニターの明りが見える。
もしかして新田がいるのだろうかと、足を止めた所でセイの心臓がバクっと鳴った。

「あっ・・・」

思わず発した声に、その場にいた人物が顔をあげてこちらを見た。

「あれ? 神谷さん。 どうしたんですか、こんな遅い時間に」
こちらを見て、にっこりとほほ笑んだ沖田に、セイは何も言えずその場に立ち尽くしてしまった。

「それ、この前のミーティングの資料?」
セイの手元を見て訊ねる。
「あ・・・・ は、はい・・・・」
そう答えるのがやっとだった。

「もしかして、こんな時間までそれ作ってたんですか?」
「い、いえ・・ 同期の子と飲んでて・・・ それで定期忘れたから・・ と、取りに来たんです・・ これはついでだったから・・・ 持ってきただけで・・」

不自然な程にどもっている自分が恥ずかしくなる。

「そうですか。 もうすぐ終電なくなっちゃいますよ。 早く帰った方が良いんじゃないですか?」
「え、ええ。 これだけ置いたら帰ります」
そう言うと、沖田の座っている隣の新田の席に資料を置いた。
「そ、それじゃあ失礼しますっ!」
軽く会釈してその場を離れようとした。

「あ、神谷さん」
「えっ あっ はいっ」
呼び止められたことに驚いたセイは、立ち止り沖田に背を向けたまま返事をした。
「私ももう帰ります。 駅まで一緒に行きませんか? 女性1人だと危ないですし」

その言葉に、セイの心臓は止まりそうになった。


「は、はい・・・」


気がつくと、そう答えていた。





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