時雨  27





ポーンとかわいい音を立てて、チャットマークが点灯した。
セイは、忙しなく動かしていた手を休めてチャットを開いた。

『何時頃終わりそう?  由香』

読んで時計を見上げた。
既に定時を過ぎている。

午後からクレームの対応に追われていたセイは、時間を忘れて仕事に没頭していた。

「もうこんな時間なんだ」

んーっと伸びをすると、すぐに由香に返信を打とうとした。


そうだ・・

セイは由香に返事を書こうとしてやめ、社内のスケジュールを確認した。
営業部を開き、新田のスケジュールを見る。
夕方から外出になっており、そのまま直帰になっている。


良かった。 待ち伏せされる事はなさそうだ。



ほっと息を吐くと、また由香からのチャットを開いて返事を打った。

『あと1時間以内には終われると思うけど、大丈夫?』

送るとまたすぐに返事が来た。

『オッケー! 私もまだ雑務残ってるから、1時間後にロビーで良い?』
セイはニコッと微笑むと、『了解』とだけ送った。


もしかしたらまた今日も昼に新田が来るのではないかとビクビクしながら待ったのだが、結局新田は来なかった。
食堂に行ったが、そこで会わなかったから、外にでも食べに行ったのだろう。

昨日の自分の態度を見てあきらめてくれたのだろうか?
それなら嬉しいのだが、今の新田の考えがまったく読めない。

そう言えば、中川とはどうなったのだろう。
自分がダメだとわかったら、中川の方へ行くのだろうか。

そんな考えが頭に浮かんだが、すぐにセイはブンブンと首を振った。

自分には関係のないことだ。
由香との約束の時間まであと1時間しかない。
セイは仕事に集中しようと、再びパソコンの画面に向き直った。












「いやー、疲れたねぇ」
そう言いながら、由香がグビッとビールを口にした。
「由香ちゃん、まるでオジさんみたいだよ」
「オッサンにもなるでしょう! 何で仕事終わりのビールってこんなにおいしいの」
「っていうかさ、食事って言ってなかったっけ? 何で居酒屋なの」
周りを見渡しながら、苦笑いで尋ねる。
「まあ良いじゃない、たまには。 セイだって美味しそうに飲んでるじゃん」
「・・・・・まあ、美味しいけどさ」
そう言うと、2人は顔を見合わせて笑った。


「そうそう、新田くんとはあれからどうなったの?」
「ぶっ」
突然新田の名前が出てきた事に、セイは思わずむせた。
「今朝の様子じゃ、まだ何かしつこくされてるぽい感じなんじゃない?」
口元を拭きながら、由香を見上げる。
「随分突然だね・・」
「だって気になるもん。 私の大事なセイを悲しませる奴は、許せない」
平然とそう言う由香に、セイはあははっと笑った。

「で、どうなの? 大丈夫?」
「うーん・・ 大丈夫と言えば大丈夫だけど・・・ 今日は取りあえず何もなかった。 でも相変わらず幸二は私とは別れないって言い張ってる。 どうしたものかと思ってるんだけど」
「そっか・・・ 私から新田くんに何か言うって訳にはいかないし・・・」
「そんな、由香ちゃんは何も言わなくて大丈夫だよ! 自分でどうにかするからっ」
慌てて手を振るセイの顔を、由香は心配そうにのぞきこんだ。
「セイはさ、もう新田くんとやり直す気はないんでしょう?」
「えっ?? う、うん」
「だったらさ、やっぱりちゃんとした方が良いよね。 そうじゃないと、セイだって新しい恋出来ないもん」
その言葉に、セイはドキっとした。
「新しい恋?」
「そうよ。 別れたんなら、当然恋はするでしょう?」
「そ、そんなコト・・・ ま、まだ今は考えられないよ」
あたふたとそう言いながら、セイはほんのり頬を染める。
「何、その動揺?」
「えっ わ、私動揺してる?」
更に顔を赤らめながら、セイは顔を両手で包んだ。
「え? なになに?? もしかして、もう他に好きな人でもいるの?」
眉間にしわを寄せながら、由香は訝しげに訊ねる。
「はあっ!? いる訳ないでしょ! 何でそうなるの?」
「・・・・怪しい」
「いないってばっ!」
「絶対にいる」
「いないよっ!!」
そう言いきるセイを、由香はじっと見つめる。


「じゃあさ、今1番好きな人は誰?」
「えっ?」
驚いて声をあげた。
そして、セイは由香の顔を見つめながら固まった。

「ほら、今確実にセイの頭の中に誰かいるでしょう?」

そう言われて、セイはみるみる真っ赤になった。

「・・・・やっぱりね」

「ち、違う! あの人はそんなんじゃないのっ!」
「あの人?」
「あっ」
動揺して思わず余計な発言をしたことに、セイは思わず口に手を当てた。
その様子を見て、由香は勝ち誇ったように口元に笑みを浮かべた。

「白状しなさい。 誰が浮かんだの?」
「もう、本当にやめて! そんなんじゃないんだってばっ!」
セイは涙目になって首を振っている。

「私にも言えないんだ?」
「違うっ! 言えないんじゃくて、本当に違うの!」
「・・・・・・・強情だなぁ」
由香は呆れたように、ビールを持つと一気に飲みほし、店員を呼ぶとおかわりを注文している。
セイはそんな由香を見ながら、自分もグラスを傾けた。


由香の問に浮かんだ人物に、セイ自身が1番驚いている。

なぜ沖田が出てきたのだろう。

しかも、新しい恋と言われて真っ先に浮かんだのが沖田の顔だった。
その事に、動揺して思わず挙動不審な行動をとってしまった。

最近どうもおかしい。
沖田の噂を聞けば気分が沈むし、沖田のひと言でまたすぐ元気になれる。
でも自分にとっての沖田は、そんな存在ではないはずだ。
優しくて何でも相談できる兄のような人。




「そう言えばさ、この前言ってた総務の子さ」
「え?」
「ほら、旅行の時に話したでしょ? 営業の沖田さんを狙ってる子がいるって」
「・・・・・・・あ、ああ。 そんな話、してたっけ」
思わず持っているグラスを落としそうになった。

「昨日2人で飲みに行ったらしいよ」
「え・・・」
「若い子ってすごいよね、積極的でさ」
「・・・・」
セイは何も言えず、ただ由香を見ている。
「お昼一緒になったから聞いたのよ。 初めて飲みに行ったのに、家に行きたいって言ったんだって」
あははっと笑いながら、由香は楽しそうに話している。
「い、家に?」
「そうっ! 普通そんなコト言える? しかも女からさぁ。 私なら無理だなー」
「それで、どうしたの? 行ったの?」
自分でも気付かないうちに、身を乗り出して訊ねていた。

「ううん、行かなかったって。 断られたのか、それとも自分で行かない方が良いと判断したのかは知らないけどさ。 その辺ははぐらされた」
「そう・・なんだ」
安心したように、椅子の背もたれに寄りかかった。

由香は、そんなセイの行動を見て、目をパチクリさせた。
セイは由香の視線に気づかず、明らかに安心したようにホッと息をはいた。


セイの様子に、由香は驚いたように首をかしげてセイの顔を覗き込んだ。


「ねえ・・・ もしかして、セイの好きな人って・・・ 沖田さんなの?」







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