時雨 25
「飯でも食ってくか?」
セイの自宅のある駅に降りた新田は、セイに訊ねた。
「ううん、良い」
俯いたままセイは答えた。
会社を出たところで、セイはまたもや新田に捕まった。
家に送ると言いだした。
大丈夫だと断っても、諦める気配はない。
有無を言わせぬ口調で「行くぞ」と言い、セイの肩に手を回し歩き始めた。
新田が嫌いになったわけではない。
しかしこのような事が続くと、正直うんざりする。
これ以上付き合っていく事が出来ないと何度言っても理解してくれない。
「幸二、ここで大丈夫だから」
電車の中からここにくるまで、新田は1度も握ったセイの手を離そうとはしなかった。
「危ないから家まで送るよ」
「でも・・・」
「行こうぜ」
強引にセイの手を引きながら、セイの自宅に向かった。
セイは新田に気づかれないよう、小さく溜息をつきながら着いて行く。
付き合っている時でも、こんなに強引な行動を取ったことはない。
いつもセイの都合や主張を最優先に考えてくれていたはずなのに。
「じゃあ、ゆっくり休めよ」
「えっ?」
セイの自宅マンションに着くと、新田はそう言いながらセイの手を離した。
てっきり家にも上がり込むつもりだったと思っていたセイは、驚いて顔を上げた。
「どうした?」
「あ・・・ ううん」
セイの反応を見た新田は、苦笑いした。
「ああ、そういう事。 セイが上がって欲しいって言うなら、俺は良いけど?」
「・・・・・」
新田の言葉に俯いたセイに、新田は悲しそうな顔で笑った。
「いくら俺でもそこまでずうずうしくないよ。 セイが本当に嫌な事はしない。」
「・・・・・・うん」
「セイがまた俺と前見たいに付き合ってもいいって思えるまで待つつもりだから。 長期戦になろうが、俺は諦めない。 それだけセイの事が好きだし、自分の罪は深いと思ってるから」
「幸二・・・」
何といい返して良いか分からない。
「じゃあまた明日」
そう言うと、新田はセイの頬に自分の唇を軽く押し当てた。
「っ!」
驚いてセイは半歩後ずさった。
新田はそんなセイに、何も言わず肩に手を置くと、踵を返して歩き出した。
「私の話、聞いてます?」
「え? ああ、はい。 聞いてますよ」
そう言いながら、沖田は持っているグラスを傾けた。
「もう、全然聞いてないじゃないですか。 ずっと沖田さん上の空で」
「・・・・・・」
強引に誘ってきた癖に、何とわがままなんだろうかと沖田ははあっと溜息をついた。
先ほどから自分の話ばかり楽しそうに話している。
「沖田さんて、前の飲み会の時もそうでしたけど、無口ですよね」
「そうですか?」
「だって、全然しゃべらないじゃないですか」
あなたがしゃべりすぎなんですよ。
と言ってやりたいが、さすがにそれは言わないでおいた。
「あなたはいつもこうやって男性を誘って飲んでるんですか?」
「そうですね。 気になる人には積極的に行くタイプなんです、私。 それはそうと、私の名前は奈美! 渡辺奈美です」
そう言うと、奈美は沖田に向ってウインクした。
「はあ・・・」
「もう、名前くらい覚えてくれてると思ったのに」
「すみません」
既にこの店に入って小一時間経っている。
いい加減帰りたくなってきた。
そわそわし始めた沖田に、奈美は眉間にしわを寄せた。
「帰りたそうですね」
「今日はちょっと疲れてるんですよ。 そろそろ出ませんか?」
「良いですけど・・・」
「?」
そこまで言いかけて、上目づかいに見てくる奈美に、沖田は不思議そうに顔を向けた。
「沖田さんのお家行きたいな」
「はあ??」
予想外の言葉に、沖田は思わず声を上げた。
「ダメ?」
甘えた声で訊ねる奈美に、沖田はうんざりと言った表情で、視線を反らした。
「あなた、自分が何を言ってるか分かってるんですか?」
「もちろん分かってます。 沖田さんの事が好きだから、お家に行きたいんです」
「好き? ほとんど話したこともなくて、私の事何も知らないのに好きなんですか?」
「そんなの関係ないですよ。 初めて沖田さん見た時から気になってたんですもん」
じっと奈美の目を見ていた沖田は、その場を立ちあがった。
そして財布から金を出しテーブルの上に置く。
「すみません、私にはそんな気は全くありませんから。 申し訳ないんですけど他の人を当たって下さい」
「えっ、沖田さんっ」
奈美は沖田の腕を掴もうとするが、するっと逃げた。
「出来ればもう私には業務以外で声をかけないでもらえますか。 それじゃあ」
そう言うと、奈美をその場に置いたまま店を出た。
無駄な時間を過ごしてしまった。
心底そう思う。
新田とセイが仲良く歩いている場面を見てショックを受けて、その場の勢いで誘いに乗ったは良いが、後悔した。
奈美の言動全てに嫌気がさした。
そして何よりも自分自身が許せなかったのは、ことごとくセイと比べてしまった事だった。
セイならこんな事は言わないとか、セイとなら時間を忘れるくらい楽しい時間が過ごせるはずなのにと。
最初からわかっていたはずだ。
セイは自分のものにはならない。
何があっても、彼女は新田の事が好きなのだ。
2人が寄りを戻した今、セイに対しての恋心は封印しなければならない。
今度こそ、本当にセイの事を諦めよう。
肩をあげて、大きくタメ息をついた。
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