時雨 24
「ほら、メニュー」
新田はそう言いながら、メニューをセイに渡した。
セイは受け取りながらも、怪訝な表情を新田に向ける。
「ねえ幸二…」
「ほら、早く頼まないと昼終わるぞ。 ただでさえ、ミーティング長引いたんだから」
メニューに目を通しながら、新田は置かれた水を飲んだ。
「あの・・・ 私、お財布持って来てないんだけど」
その言葉に、新田は顔を上げて笑った。
「何そんな事気にしてんの? 最初からおごるつもりだけど? 今さら何遠慮してんだよ」
「今さらって… 幸二、一体どういう事?」
「どういう事? 一緒に昼飯食う事に理由がいるの?」
「そうじゃないけど… どうしていきなりこう言う事するの?」
そう訊ねるセイを、新田はじっと見つめた。
そしてまたもやニッコリと微笑む。
「ほら、早く選べよ」
「・・・・・・・」
仕方なくセイは適当なメニューを選んだ。
店員を呼び注文すると、再びセイは新田に視線を向けた。
「幸二」
「今日の会議疲れたよな。 毎週月曜が辛くてしょうがないよ」
「幸二、あのさ」
「あ、そうそう。 さっきの会議に出たA社の資料だけどさ、今週中に出来る?」
「それは出来るけど… そうじゃなくて、ちゃんと話してよ」
棘を含んだセイの口調に、新田は苦笑いした。
「怒ってんの?」
「怒ってないけど。 でもこういうの困る」
「何で?」
「何でって! 私ちゃんと言ったよね?」
新田はそれを聞くと、セイから視線を外した。
「それを言うなら、俺も言ったはずだけど」
「え?」
「俺は絶対にセイと別れない」
「・・・・・幸二」
「今までセイが自分の事好きでいてくれて当然と思ってた。 でもこういう状況になって、どれ程セイの事が好きだったか改めて気づいた」
「・・・・・・」
「だから、俺はどんな事をしてもまたセイに信用してもらえる男になる。 絶対に別れない」
セイは何も言えなくなってしまった。
新田は、セイの気持ちを理解していない。
決して信用出来ないから別れようと言っている訳ではないのだ。
そこへ店員が食事を運んできた。
新田は食べながらも、他愛のない話をセイにしてくる。
それに曖昧に答えながら、どうしたものかと考えていた。
「じゃ、午後も頑張れよ」
「・・・・・うん。 ごちそう様」
そう言うと、セイは自分のオフィスに向って歩き出した。
「あれ、セイ。 今頃戻り?」
オフィスに戻るなり、同僚が声をかけてきた。
ミーティング用の資料を持って行ってしまっていた為、昼休みが終わったにも関わらずまだそれを持って帰って来たセイを不思議そうに見ている。
「あ、ううん。 そのままお昼行っちゃったから」
苦笑いしながらそう答えると、同僚はははーんと笑った。
「なるほどね。 彼氏もミーティング一緒だったんだ? 良いねぇ、ラブラブで」
セイは口元だけ笑みを作ると、何も言わずデスクに就いた。
そして息を1つ吐き、パソコンをを立ち上げ、仕事を始めた。
沖田は、仕事を終えるとオフィスを出た。
今日の2人の様子が気になって仕方がなかった。
午後の仕事中、ずっとその事を考えていたのだが、新田からは何も言ってくる様子もなく訊ねる事も躊躇われた。
何かあったのなら、新田から言って来るとは思ったのだが、新田は沖田の気持ちを知っている。
もしヨリを戻したとしても、もしかしたら言いづらいのかも知れないと思った。
そうなら、無理やり聞きだす事が出来ない。
「沖田さんっ」
突然かけられた声に振り返ると、また総務の女性がいた。
「・・・・・」
またかと思いながら、うんざりという表情を女性に向け、溜息をついた。
「お暇なら、お食事いかがですか?」
「暇ではないのですが」
そう言うと、沖田はその女を置いてその場を去ろうとした。
「んもうっ! 沖田さんたら本当にツレナイんだからっ! お食事くらいご一緒してくれたって良いじゃないですか」
沖田の腕を取り、ぷくっとほっぺを膨らませながら上目づかいで見てきた。
その表情を見て沖田は嫌な気分になる。
男に媚を売る女が嫌いなのだ。
「でははっきり言います。 暇でも、私はあなたと食事に行きたいとは思いません。 だから、申し訳ないですが他の人を当たって下さい」
そう女に向って言った時、ビルから出てきた人物が目に入って来た。
セイが、とぼとぼと歩いている。
「あっ」と思い女をふりほどいてセイに駆け寄ろうとしたその時。
セイを追いかけるように新田が出てきた。
そして、セイの腕を取り何か話している。
しばらく2人の様子をじっと見ていると、新田はセイの肩に腕を回して連れだって歩き始めた。
その様子は、仲の良さそうなカップルにしか見えない。
やはり2人はヨリを戻したのだろうか。
沖田の心の中に、モヤモヤとしたものが広がった。
じっと見つめる沖田をよそに、新田とセイはそのまま街の中に消えて行った。
セイが幸せになれるなら、見守るつもりでいた。
それなのに、実際に幸せそうにしている2人を見て落ち込んでいる自分がいる。
「沖田さん?」
「あ、えっ?」
突然固まった沖田を、不思議そうに見上げてくる女。
そうだった。
すっかり忘れていた。
「今日だけで良いです。 お食事ご一緒して下さい」
懇願するような瞳で見てくる女を、沖田は呆れた表情で見た。
「あたなもしつこい人ですね」
「それだけ、沖田さんの事が気になってるんです」
じっと女の顔を見ていた沖田は、はあっと息を吐いた。
「分かりました。 良いですよ、付き合っても」
女の顔が、ぱあっと明るくなった。
「本当ですかっ!?」
「ええ、どこへでもお好きな所へ」
そう言うと、沖田は女を促し共に歩きだした。