時雨 22
箱根に到着した一行は、まず観光に出かけた。
ロープウェイに乗り、有名スポットへ向かう。
セイ以外のメンバーは、皆楽しそうにワイワイ盛り上がりながら景色を見ている。
自分も皆と同じように楽しみたいと思うのに、どうしてもテンションが上がらない。
そんなセイを、先ほどから由香が気遣ってくれている事に、セイは申し訳なく思う。
「セイ、ほらあそこの景色綺麗だよ」
そう言いながら、セイの腕を取り指をさしている。
「うん、本当だね」
一応笑顔は作ってみるのだが、ここ数日セイの様子がおかしい事に気づいている由香は、苦笑いする。
「ね、セイ。 何があったか分かんないけどさ、今だけは忘れなよ。 初めての皆との旅行だよ?」
その言葉に、セイは申し訳なさそうに由香を見た。
「そうだよね。 ごめん、嫌な気分にさせちゃったよね」
「ううん、私は全然大丈夫。 後でゆっくり話聞くからさ。 それまでは、何もかも忘れて楽しもうっ」
元気にそう言う由香につられ、セイも笑顔になった。
一通り観光を堪能したセイ達は、予約している旅館についた。
「ねね、温泉行こうよっ」
奈々子が荷物を置いた早々切り出した。
「まだ早くない? せめてご飯先食べてからにしようよ」
「ご飯食べてからも行くけど、取り合えず1回入りたいもん。 ここって色んな種類の温泉があるみたいだし」
そう言いながら、旅館のパンフレットを手に取る。
「ホントだ。 これなんか良さそう」
他の子たちが奈々子の周りに集まり、指を差しながら温泉を選んでいる。
「セイも行こうよ」
用意をしながら奈々子がセイに振り返った。
「あ、ごめん。 ちょっと疲れちゃった。 皆で行って来て。 私食事の後行くから」
「えー? セイがいないとつまんないよー、一緒に行こうよ」
「後で一緒に行くよー。 だから今はみんなで行って来て。 留守番してる」
セイの言葉に残念そうにしながらも、納得してくれたようだ。
「あれ、由香は?」
「私も待ってるよ。 セイ1人じゃ可哀相だし」
「えっ」
セイは由香を見上げる。
「だから行って来て。 どんなだったか教えてね」
そう言うと、皆にウインクした。
ワイワイと3人が部屋を楽しそうに出て行くと、急に部屋の中が静かになった。
「由香ちゃんも皆と行ってくれば良かったのに」
テーブルの上に置かれているお茶のセットを取り出しながらセイが言う。
「私も正直歩き過ぎて疲れちゃったんだよね。 皆タフだよねぇ」
「ホントに」
セイはあははっと笑った。
「はい、飲むよね?」
「ありがと」
由香は差し出されたお茶を受け取ると、一口飲んだ。
ふうっと息をつくと、セイの顔を覗き込んだ。
「で?」
「えっ?」
突然訊ねられたセイは驚いて声を上げた。
「そろそろ何があったか打ち明けてくれても良いんじゃない?」
意地悪そうに微笑みながら、由香が訊ねた。
その言葉に、思わずセイは下を向いた。
「新田くんと何かあったんでしょ?」
「・・・・」
「さっき皆が新田くんの名前出した時、セイすっごい辛そうな顔してたよ」
「え」
思わずセイは顔を上げた。
「セイがそんなじゃ皆気遣うよ? この際話しちゃいなさい。 そしたら少しはすっきりするかもよ」
そう言いながら、由香がウインクした。
セイは由香の目を見つめて言おうかどうか悩んだ。
話すにしても、何から言っていいのか分からない。
はあっと溜息をつくと、セイはポツリと話始めた。
「実はね、幸二・・・浮気してたんだ」
「ええっ、浮気っ!?」
「うん、同じ会社の人とね。 その現場を、運悪く見ちゃったんだ」
さすがに二の句が告げないようで、由香は口をぽかんと開けてセイを見ている。
「結構ショック受けちゃってさ。 その事で幸二ともめてね。 最初はどうして良いか分かんなかった。 でも時間が経つにつれて、幸二に対する気持ちがだんだん醒めてきたことに気づいたの。 それで別れようと思ったんだけど・・・」
「新田くんとは話をしたの?」
「うん、一応話した。 でも納得してくれなくて」
「納得してくれないって! だって彼が悪いんでしょう?」
由香は眉間にしわを寄せ、怒った口調でセイに問いかけた。
「もちろん浮気した幸二が悪いんだけど・・ でも色々そうなるには事情があって・・・」
「事情? 浮気するのに事情なんてあるの?」
急に怒り始めた由香に、セイは苦笑いした。
「私も初めはそう思った。 でも浮気相手の人から呼び出されてさ」
「会ったの?」
思わず身を乗り出して訊ねてきた。
「う、うん。 きっかけとか色々教えてくれた」
そう言うと、セイは中川との話を由香に話した。
「はぁ!? 別れろって言われたの? 何てずうずうしい」
由香の怒りは頂点に達したらしく、顔を真赤にして怒っている。
「それで、まさかその子に言われたから別れようと思った訳じゃないよね?」
「まさか、違うよ。 彼女と話す前から、きっともう冷め始めてたんだと思う。 でもそれまではすっごく辛かったよ。 1人になるといろんなこと考えちゃって」
「すぐ相談してくれればよかったのに・・」
由香は急に悲しそうな顔になった。
「ふふっ ありがとう。 でも沖田さんが色々助けてくれたんだ。 だから何とか乗り越えられた」
「沖田さん? て営業の?」
「うん、幸二の浮気現場に遭遇した時、たまたま一緒にいたの。 それから何かと気にかけてくれて」
「そうだったんだ・・ それで、これからどうするの?」
「別れようと思ってる。 何とか幸二には納得してもらって。 だってもう気持ちがないのに一緒にはいられないよ」
「だよね・・ でも話聞く限りじゃ、新田くんすっごくセイの事好きみたいだし・・ 簡単にはいかなそうだね」
どうしたものかと、由香は湯呑を握り締めて考え込んだ。
「大丈夫、何とかなる。 ごめんね、こんな変な話しちゃって。 由香ちゃんまで嫌な気持ちにさせちゃったよね」
セイは慌てて手を振った。
「何言ってるの。 無理やり聞きだしたの私じゃない。 友達でしょ? セイの悩みは私の悩み」
その言葉に、セイはぷっと吹き出した。
「あははっ ありがとう。 何だか気持ちが軽くなった」
「軽くなっただけじゃダメでしょ! 解決方法見つけなきゃ。 でもあの新田くんが浮気ねぇ・・ 事情が事情だから仕方ないとしても、あんなにセイの事大好きって感じだったのに何だか意外。 男前だしモテるの分かるけど、硬派っぽいイメージなのにね」
「・・・・うん」
由香の言葉に、何の問題もなく仲良くやっていた時の事を思い出した。
セイの我儘なら何でも聞いてくれた。
叱られた事もあったが、それでも最後はセイの涙に負けて許してくれた。
仕事も出来て優しくて、本当にセイにとっては自慢の彼氏だった。
それでもあの時感じた新田に対する嫌悪感。
やはり何度考え直しても、どうしてもこれ以上やっていけないと思ってしまう。
「そう言えば関係ないけどさ、沖田さんて彼女いるの?」
「えっ」
突然の質問に、セイは驚いて顔を上げた。
「な、何で?」
「ううん、別に深い意味はないんだけど。 ただ総務の子で沖田さんの事狙ってる子がいてね。 前にちょっと話した時に聞いたの。 でも私仲良くないし、話したことも少ししかないからどうなんだろうと思って」
セイの心がズンと重くなった。
沖田さんの事を狙ってる・・・
何故か嫌な気持ちがした。
「さ、さあ。 分かんない。 そんな話した事ないから」
咄嗟に嘘をついてしまった。
「だよね。 何かあの人って不思議だもんね。 全く女の影が見えないというか。 でもちゃんと美人の彼女とかいそうな感じもするしさ」
飲み終わった湯呑に、新しくお茶を足しながら由香が話している。
それを、ぼうっとセイは見つめていた。