時雨 21
「セイ、どうしたの?」
呼ばれた声にハッとして、セイはあわてて視線を窓の外から外した。
「ごめん、ちょっと景色に見とれてた」
そう言いながら、ぺろっと舌を出した。
「もう、せっかく皆で旅行来てるんだから、1人でぼんやりしないでよーっ」
「あははっ ごめんてば」
そうだ。
今は同期の皆で約束していた箱根の温泉に向っていたのだ。
ロマンスカーの中では、先ほどから同僚達が楽しそうに会社の噂話をしている。
始めは一緒になって笑っていたのだが、そのうち先日の新田との会話が頭の中を占めていた。
「もう、終りにしよう」
そう言ったセイの言葉に、新田は最後まで納得しなかった。
何度も新田は「何とかやりなおせないか」とすがった。
しかしセイの気持ちは既に醒めきっていた。
もしかしたら、1度の過ちを犯したとき、正直に話していてくれたら許していたかも知れない。
理由も全て分かった上なら、ショックは受けてもこれほどまでに新田に対する気持ちは醒めていなかっただろう。
何度その事を新田に説明しても、新田はその事実を受け入れられずにいた。
結局話がつかないまま、セイに今日の所は取り合えず帰って欲しいと言われ、新田渋々帰って行った。
最後に、「俺は絶対に別れない」という言葉を残して。
新田が出て行ったあと、セイはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
1日でものすごい体力を消耗したような気がした。
もうしばらくは何も考えたくない。
それが正直な気持ちだった。
新田の事も中川の事も。
「そう言えば、この前のコンパでさぁ」
旅行に一緒に来ているうちの、奈々子が切り出した。
「コンパ?」
「そうそう。 セイは素敵な彼氏がいるから誘わなかったけど」
「・・・・。」
奈々子の何気ない一言に、セイの気持ちが一層暗くなった。
「あ、そう言えば新田さんと結婚の話とか出てないの?」
隣に座っていた裕子が、興味深々で訊ねてくる。
「けっ、結婚?」
「だってもう長いよね?」
「そうだよー。 皆もそろそろなんじゃないかって言ってるしね」
セイは困ったように笑った。
「まだまだだよ。 そんな話も出てないし」
「えー? セイのウエディングドレスとか見たいなぁ〜。 絶対綺麗だと思うよ?」
「うんうん、きっと可愛いよね! もちろん私たちも呼んでくれるんでしょ?」
「私たちの同期の中じゃきっと1番早そうだよねっ!」
「セイだけだもんね、彼氏いるのっ」
どんどんと進んでいく話に、セイはついていけず、苦笑いを浮かべていた。
その様子に気づいたのが、由香だった。
「もう良いじゃん。 そういうのは本人たちにしか分かんないんだからさ」
「由香ちゃん…」
助け舟を出してくれた由香に、セイは心から感謝した。
「えー、つまんなーい」
由香の言葉に、皆反論していたが、諦めたのかすぐに話題は別の違うところへ行ったようだ。
既に会社で誰がカツラかを探り始めた。
セイは由香に視線だけで礼を言った。
由香もそれに気づくと、ウインクで返してきた。
楽しそうに話す友人たちの会話を聞きながら、セイは小さくため息をつくと再び外の景色に目を向けた。