仕事を終えた沖田は、会社を出た。
体調は良くなったとはいえ、やはり病み上がりの体はまだ重かった。
1日休んだだけなのに仕事は溜まり、定時で帰ろうと思っていたのに結局残業する事になってしまった。

駅に向かおうと歩いていたが、何気なく通りかかったカフェを覗いた沖田は、ガラス越しに見えた2人の姿に驚いた。
そこには、セイと新田の浮気相手の中川が向かい合って話している。
思わず足を止めて中をまじまじと見てしまった。
2人はこちらには気づいておらず、何やら真剣な表情で話し合っている。

一体何を話しているのだろう。
新田はこの事を知っているのだろうか。
様々な事が沖田の頭を過るが、今日元気のなかったセイの姿を思い出し納得した。
きっと中川の方から呼び出したのだろう。
新田の話だと、別れる事を中川は納得していなかったと言っていた。
話をさらっと流して聞いていたことを後悔した。

気にはなるが、まさか自分が2人の間に入って行く事も出来ず、取り合えずどうするべきか悩んだ。









「なん・・・て・・?」
セイは、中川の言葉に耳を疑った。
まさかそんな事を言われるとは思わかなかった。

「本当に、こんな事を言える立場ではないと分かっています。 でも私新田さんの事が好きなんです」
申し訳なさそうにそう言った中川だが、その口調はどこか強いものがあった。
「私は、神谷さんと新田さんが付き合う前からずっと新田さんの事が好きでした」
「え?」
「私がこの会社に入社して、仕事の事を指導してくれたのが新田さんだったんです。 とても優しくて仕事も出来てすごく憧れの人でした。 新田さんに彼女が出来たと聞いた時には、ショックを受けました。 こっそりあなたの事を見に企画部へ行ったりもしたんですよ。 あなたの噂も良く聞きました。 仕事も出来るし可愛いし性格も良くて人気者だと。 私には到底敵わない人だと思いました。 でもどうしてもどうしても諦められませんでした。 そんなとき、営業部で飲み会がありました。 新田さんがとても慕っていた人が独立して会社を辞めるという事で、送別会をしたのです」

その事なら、セイも知っている。 
新田はその人物が退社してすると聞いて、とても落ち込んでいた。
独立先に就いて行くかどうか悩んでいたくらいだった。

「その日は新田さんも相当お酒を飲んでいて、会が終わる頃には自分で立って歩けないくらいの状態でした。 たまたま方向が同じだった私と一緒にタクシーに乗って帰ることになったのですが、タクシーの中で新田さん寝てしまって。 それで私の家に新田さんを連れて帰ったのです」

どこかで聞いたような話だ・・とセイは心の中で思った。

「そして、酔っぱらって良く分かってない新田さんを私の方から誘ったのです。 翌朝起きた新田さんは、何も覚えていなくて、何度も何度も私に謝りました。 そんなつもりは全くなかったと」

セイはこれ以上聞きたくないと思いながらも、中川の話を止める事が出来ない。
気がつくと、「それで?」と先を促していた。

「土下座をして全て忘れてくれと言われました。 でも私は忘れられるずもなく。 それで新田さんに交換条件を出したのです。 誰にも言わない代わりに、これからも2人で会って欲しいと」
「あなたの方からですか?」
「そうです。 あなたには本当に申し訳ないと思いました。 でも、私はどうしようもなくらい新田さんの事が私は好きだったのです」
それを聞いても、不思議と中川に対して怒りは起きなかった。
好きという気持ちはどうしようもないとセイにも分かるからだ。
「それから・・・ですか」
「はい・・ 最初は新田さんも仕方なくと言った感じでした。 どうしてもあなたにバレたくないという気持ちから、私の誘いに嫌々来ていたという状態で。 でも会うごとに、新田さんの態度が少しずつ変わってきました。 そのうちに彼から誘ってくれるようになりました。 きっと多分都合の良い存在になっていったのだと思います。 でも私はそれでも良かったんです。 少しでも私が新田さんに必要とされるのなら、どんな理由でも良かったんです」
「・・・・・。」
セイはただ何も言わず聞いていた。

「なのに、突然新田さんからもう二度と2人では会わないと言われました。 理由を聞くと、あなたにバレたからだと。 所詮彼にとっては私はその程度の存在だったのだと改めて感じました。 分かってはいたんです。 でも私はどうしても諦められませんでした。 私は新田さんが好きなんです。 この気持ちは誰にも負けない自信があります。 ・・・・神谷さん、あなたにもです」
そう言うと、まっすぐにセイの目を見た。
その目があまりにも強く、セイは思わず視線を外した。

「お願いします。 新田さんと別れて頂けませんか? あなたがいる以上、新田さんは私の事なんて好きになってくれません。 あなたさえいなくなってくれれば、私にもチャンスがあるかも知れないのです。 お願いします」
そう言うと、中川は頭を下げた。
「・・・・・・。」
セイは何も言えず、た呆然と中川を見た。

「ものすごく自分勝手でひどい事を言っているのは分かっているんです。 でもそれだけ私には新田さんが必要なんです。 何をしてでも手に入れたいくらい好きなんです」

その言葉に、セイは唇を噛みしめた。

「お願いします」
再びそう言うと、中川は更に深く頭を下げた。

そんな中川を見ていられず、目を伏せた。
そして何も答えず立ち上がると、財布からお金を取り出しテーブルの上に置いた。
「すみません、私もう行きます」

「えっ!? 神谷さんっ!」
セイを引き留めようと、中川も立ち上がる。

「ごめんなさい」
それだけ言うと、セイは店を出た。








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時雨  18