「じゃあ帰りますけど、ゆっくり寝て早く良くなってくださいね」
ブーツをはきながら、セイが笑顔でそう言った。
「ええ。 本当に色々とありがとうございました。 元気になったら、お礼させて下さいね」
「何を言ってるんですか。 気にしないで下さい」
「こんな遅い時間に1人で大丈夫ですか? タクシー呼びましょうか?」
時間は既に夜の9時になっていた。
「いえ、大丈夫です。 同じ沿線上だし、ここからだと30分かからないんですよ」
「そうですか・・ 気をつけて帰って下さいね」
「はい。 ではまた会社で」
そう言うと、セイはドアを開けて最後に振り向くと「おやすみなさい」と言って出て行った。
しばらく閉まったドアを見つめていた沖田だったが、鍵を閉めると部屋に戻った。
さきほどまでセイのいた部屋は、ガランとしていて温度まで下がったように感じる。
今日1日セイと過ごした時間は、本当に幸せだった。
セイの事を諦めようかと思っていたのに、彼女の優しさに触れ更に好きになってしまったようだ。
淋しさを感じながらも、沖田はその場に座ると携帯を手に取りある人物に電話をかけ始めた。
『もしもし』
コールをして間もなく、相手が電話に出た。
「あ、新田? 沖田だけど」
『おう。 体調はどうだ?』
「うん、だいぶ楽になった。 まだ会社?」
『そう。 まだ終わんなくてさ』
電話の向こうからは、新田がPCをパチパチと打つ音が聞こえる。
「そっか、ごめんな。 俺の仕事もあって忙しいんじゃない?」
『気にすんな。 今度何かおごれよ』
「分かった」
そう言うと、2人は笑い合った。
「それでさ、今日わざわざ来てくれてありがとね」
『・・・・あー、うん』
先ほどとは違い、新田の声が低くなる。
「あのさ、神谷さんとは本当に何もないから」
『・・・』
何も言わない新田に、沖田は昨日会社で倒れたこと、そしてその場に偶然いたセイが、わざわざタクシーで自宅まで連れて帰ってくれた事を話した。
そして心配して今日1日家に来てくれただけで、何も新田が心配するような事は一切なかった事を。
『そっか。 ま、そうだろうとは思ったけど。 沖田がそう言うんなら信じるよ』
「良かった、もし俺が原因で2人が別れるような事になったら嫌だったからさ」
『大丈夫。 じゃあまだ仕事残ってるから』
「忙しいのに邪魔してごめんね。 明日には何とか会社行けるようにするよ」
『あんま無理すんなよ。 カバーできる事ならするからさ』
「ありがとう」
その後、2,3話をすると電話を切った。
新田は、携帯電話をデスクに置くと、頬杖をついた。
沖田の事を信用している。
自分の彼女に手を出すような男ではないことも良く分かっている。
しかし腑に落ちない事がある。
倒れて記憶のない沖田を、セイがタクシーで家まで連れて行ったと言った。
何故、セイは沖田の家を知っていたのだろうか。
あれから自分と会おうとも話そうともしないセイが、沖田の看病に行っていた事がどうしても許せない。
自分の巻いた種だと分かっていても、考えれば考える程イライラする。
”ちっ”と舌うちをすると、タバコを掴み席を立った。
翌朝出社したセイは、仕事を任せた同僚を見つけると近寄り声をかけた。
「おはよう。 昨日は突然仕事お願いしちゃってごめんね」
「あ、セイ。 おはよー。 全然大丈夫だよ」
特に気にする様子もなく、仕事の引き継ぎをしてくれる同僚にセイは感謝した。
PCを立ち上げると、すぐに社内のスケジュール表を開いた。
営業部をチェックすると、沖田は今日出社しているようだ。
もう熱は下がったのだろうかと心配しながらも、そのまま新田のスケジュールを確認する。
午後から外出と書いてある。
昨日の事をきちんと説明しなければと思ったのだが、どうしても連絡する気になれずそのままにしてしまった。
仕事が終われば会って話そうと思っていたのだが、外出となるとおそらく帰っては来ないだろう。
ホッとしたような、話すタイミングを逃してしまって残念なような複雑な気持ちになった。
「あ、メールだ」
同期で秘書課の由香からメールが入っていた。
以前誘われていた温泉旅行の件だった。
「今週末か。 特に用事もないし・・・」
セイは参加を選択して、メールを返信した。
どうしようか迷っていた割には、いざ行くとなると何だかちょっと楽しみな気分になっていた。
昨日休んでいたせいか、メールが何通も入っており1つ1つ時間をかけて確認していく。
「?」
見覚えのない差出人の名前に、セイは首をかしげた。
不思議に思いながらも、開いて読んでいたセイの顔がみるみる強張っていった。
差出人は、新田の浮気相手である営業部の中川と名乗る女からだった。
今日時間があれば、仕事終りに話がしたいとの事。
セイはモヤモヤとした気分になりながら、メールを閉じた。
中川という名前の女性が営業部にいるのは知っている。
しかし顔までは知らなかった。
一体自分に何の話があると言うのだろうか。
溜息をつくと、もう1度先ほどのメールを開き返信を打ち始めた。