セイは静かにドアを閉めると、足元に散らばった物を拾い始めた。

「追いかけなくて良いんですか」
その声に振り向くと、壁にもたれながら沖田がすぐ後ろに立っていた。

「あ・・ はい、良いんです。 病気の沖田さん放っておいて行くわけにはいかないから・・」
全て袋に詰め終わると、立ち上がって沖田の方へ向き直った。
「でも、絶対あいつ勘違いしましたよ」
「ええ、後でちゃんと連絡しておきますから。 沖田さんへの誤解もちゃんと解いておきます」
そう言いながら、セイは沖田の腕を掴んでベッドへ連れて行こうとした。
しかし沖田は動かない。
「沖田さん?」
不思議そうに沖田を見上げた。

「私は自分の心配などしていません。 このままでは、本当にあなたたち2人がダメになるかも知れないから言っているのですよ」
「・・・・・・でも」
「もう熱も下がりました。 それにご飯も食べたし薬も飲みました。 私の事なんて構っていないで、早く新田の所へ行きなさい」
それでもセイはその場を動こうとしない。
「行きません・・」
「神谷さん」
「幸二とは今話したくないんです。 お願いです、ここにいさせて下さい」
セイの言葉に、沖田は小さく溜息をついた。

「ではハッキリ言います。 ここにいられては迷惑なんです」
「えっ?」
「もちろん来て頂いた事は嬉しかったですし、色々して頂いて感謝しています。 でもそれとこれとは話が別です」
「沖田さん・・・」

沖田ははぁっと息を吐くと、じっとセイの目を見つめた。
「私の気持ち、知ってますよね」
「あ・・」

その言葉に、セイは顔を真赤にした。

「男って言うのは、単純で馬鹿な生き物なんですよ。 彼氏よりも自分の元にいるという事が、どんなに期待させる行動かあなたは全く理解していない」
「・・・・」
セイは、やっと沖田の言いたい事が分かった。
「だから、早く行って下さい」


沖田の言っている事は分かる。
このままだと、沖田のいうように新田との関係は本当にダメになってしまうかも知れない。
なのに、なぜか足が動かない。
新田の元へ行ってどうすれば良いのだろう。
何よりも、新田と会いたいと思わない。

「神谷さん?」
下を向いたままじっとしているセイの顔を、沖田は覗きこんだ。

突然バッと顔を上げたセイは、真っ赤な顔のまま泣きそうな目で沖田を見た。
「ここに・・・ いさせて下さい・・」
「神谷さん・・・?」
「もしここを出て行けといわれても、私は幸二の所へは行きません。 今は会いたいとも思わないんです。 幸二の所へ行くよりも、ここにいたいです」
「それを、今この状況で私に言うのはどうかと思いますけど・・・」
沖田は困ったような顔をした。
やっぱりこの人は自分の言ったことを全く理解していない。

「あの・・ すみません・・ でも・・」
セイは真赤な顔のまま、沖田をじっと見た。
「でも、何です?」
「理由は分からないんですけど・・ なぜか沖田さんといると落ち着くんです」
「・・・」
思いがけないセイの言葉に、沖田は思わず言葉を失った。
「今日だって、本当は来るつもりなんてなかったんです。 なのに朝起きたら沖田さんの事が気になって・・ 1人になるとあの日見た光景ばかり目に浮かぶんです。 これからどうすればいいのか、そんな事ばかり考えてしまって。 でも沖田さんと一緒にいる時だけは忘れていられるんです。 そんな理由ではここにいてはダメですか?」

沖田はこれ以上顔を真赤にして潤んだ瞳で自分を見てくるセイを見ていられず、顔を反らした。

どういうつもりで、この状況でそんな発言をするのだろうか。
普通こんな事言われたら、誰だって勘違いするではないか。


何も言わない沖田に、セイは悲しそうな顔をした。
「でも、私の存在自体がご迷惑なら帰ります」
「そ、そんな訳ないでしょう! 私はあなたの事が好きなんですから」


「あ」


思わず発してしまった言葉に、沖田は真っ赤になって口を押さえた。
セイも、耳まで真赤にして沖田をじっと見ている。


「と、とにかくっ いて頂くのは嬉しいですけど、あまり私に期待させるような発言はしないで下さい」
そう言うと、沖田はスタスタとベッドに戻り、布団の中に潜り込んでしまった。

セイは後を追って、沖田の寝ているベッドに近づくと、ベッドにもたれるように座った。

沈黙が流れた。

ベッドの中で、沖田はどうして良いか分からずにいた。
このまま寝る訳にもいかないし、かと言ってさっきの会話から普通に話す勇気が出なかった。




「私、本当に分からないんです」
「・・・」
突然話し出したセイに、何と答えて良いか分からず返事を返せなかった。


「幸二の事が好きなのかどうか。 こんなにショックを受けているって事は好きなんだろうと思ってました。 でも、それって好きだからショックなのか、裏切られたことがショックなのかもう分からないんです。 幸二と別れる事になっても、良いような気もするんです」

沖田はセイの言葉に、上半身だけ起き上った。

「考えすぎて、疲れちゃったんですかね」
膝を抱いて、呟くように言うセイの背中は、妙に淋しそうに見えた。

「新田とちゃんと話合いました? あいつの気持ちとか何も聞いてないんじゃないんですか?」
「・・・・」
「男ですもん。 浮気くらいする事もあると思いますよ」
「えっ」
セイは驚いて、沖田を振りむいた。
「まぁ、皆がそうだなんて言ってませんけど・・」
「沖田さんも・・ そうなんですか?」
「えっ いや、私は1人の女性を好きになったら、他の人見る余裕なんてなくなりますから。 浮気なんて考えたこともありませんけど・・」

好きな人を目の前にこんな発言する事に、これ以上ないくらいの照れを感じる。

「そう・・ ですか・・」

何となくホッとしたように見えたのは、気のせいだろうか。

「新田は、本当にあなたの事が好きなんですよ。 あのあとすぐに浮気相手とはキッパリ別れたと言ってましたから」
「・・・」
セイは、自分の膝の上に組んだ腕に顔をうずめた。

「神谷さん?」

泣き始めてしまったのではないかと心配した沖田は、ベッドから出てセイの隣に座った。

じっとセイを見ていると、セイは顔を上げて沖田に顔を向けた。

「沖田さんが彼氏だったら、きっと幸せになれるんだろうな・・」
「え」

セイは照れたように笑うと、顔を反らした。
「って、すみません。 また叱られるような事言っちゃいましたね」


信じられないような気持ちで、沖田はセイを見ていた。
今のはどういうつもりで言ったのだろう。
信じて良いのだろうか。
それとも、思いついた事を言っただけなのだろうか。

沖田は抱きしめてしまいたくなった衝動を、かろうじて理性で抑えていた。



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時雨  15