セイは、息苦しそうに、しかしどこか安心した表情で寝ている沖田を静かに見下ろし
ていた。
良かった。 昨日よりは少し落ち着いたみたいだ。
ふぅっと息を吐くと、セイは携帯を取り出した。
有給が大量に残っているのは事実だが、今日仕上げなければならない仕事があるのに
無理やり休んでしまった。
仕事を変わりにお願いした同僚に、謝りのメールを入れておこうと思った。
今度何か食事でもおごらなければ。
ピコピコとメールを打っていると、突然携帯が鳴った。
ドキッとして携帯を落としそうになった。
しかし自分のではない。
テーブルの上に置かれた沖田の携帯が鳴っている。
このままでは沖田が起きてしまうだろうと、セイは携帯を切ろうと手に取った。
「あ・・」
ディスプレイには、新田の文字が出ていた。
それだけで、セイの気持ちが暗くなる。
唇をギュッと噛むと、携帯を近くにあったクッションの下に潜り込ませた。
相手が新田なら、切る訳にはいかない。
切ってしまって変に思われても困る。
しばらくして切れると、セイは携帯を取り出しまた元にあった場所に戻した。
携帯を見つめながら、セイはある事に気づいた。
そう言えば、沖田といる間だけは頭から新田の事が消えている。
嫌な事も思い出さない。
その事に、今初めて気づいた。
普段頭からちっとも新田の事が離れない。
これからどうすれば良いのだろうと常に考えている。
しかし、昨日沖田をここに運んだ時も今朝この家に来てからも、ずっと何故か新田と
の事を思い出さずにいた。
何故だろう・・
考えてみるが、分からない。
きっと、今沖田の具合が悪いからそちらに気を取られているせいだろう。
そうとしか考えられない。
セイは気を取り直してまたメールの続きを打ち始めた。
「良かったですね、ただの風邪で」
「えぇ・・ 本当に色々迷惑をかけてしまって申し訳ないです・・」
目が覚めて、少し具合の良くなった沖田を病院へ連れて行った。
風邪を引いていたのに、無理して仕事を続けたことが原因で悪化したとの診断だっ
た。
薬を飲んで1日2日安静にしていれば、すぐに良くなるだろうとの事だ。
病院は歩いても行ける距離だったのだが、まだ熱が下がっていない沖田を歩かせる訳
にもいかず、タクシーに乗せた。
「いいえ、気にしないで下さい。 何もしてませんから」
そう言って微笑むセイに、沖田は「ありがとうございます」と礼を言った。
沖田の住むマンションに着くと、沖田の手を引いてタクシーから下ろした。
「今日はどうもありがとうございました。 良くなったらまたお礼させて下さい」
そう言って頭を下げた沖田に、セイは眉間に皺を寄せはぁっとため息をついた。
「何を言ってるんですか。 まだ1人では無理でしょう?」
「えっ?」
すっかりここでセイを帰らせるつもりだった沖田は、驚いて顔を上げた。
「ちゃんと食事をして、薬を飲んだのを見ないと帰れません」
「でも・・ これ以上は申し訳ないので・・」
「私がいると、ご迷惑ですか?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか! そりゃ、助かりますけど・・」
本当はずっといて欲しい・・
そう思ってしまったが、まさか口に出せる訳もなく。
「良かった。 さっき沖田さんが診察してもらってる間に、食事の買い物も済ませて
おきましたのでご飯作りますね」
そう言えば、セイはビニールに入った食糧を持っている。
まだ熱でボーっとしていたので、全く気付かなかった。
「これ以上甘えてしまって良いんですかね‥」
沖田は、申し訳なさそうにポリポリと頭をかいた。
「病気なんですから良いんですよ」
「ホントに‥ ありがとうございます」
「もうそれは聞きあきました! こんな所に長くいては悪化します。 早くお家に入
りましょう」
セイは笑いながら沖田の手を握ると、マンションに向って歩き始めた。
セイにとっては、熱のある沖田を気遣っての行動だったのだが、いきなり手を握られ
た沖田は突然の行動に驚いて顔を真っ赤にした。
「あれ、沖田さん。 まだ顔が赤いですね・・ また熱が上がってきちゃったんじゃ
ないですか?」
「いえ・・ 大丈夫です・・」
きっとセイにとっては、自分など全く恋愛対象に入っていないのだろう。
だからこんな事も普通に出来てしまうのだ。
熱とはまた違った意味で、沖田はふらふらとセイの後についてマンションに向かっ
た。
食事を終え、薬を飲んだ沖田は、少し体調も良くなってきたようだった。
「結構食欲戻ってきましたね。 良かったです」
そう言いながら、セイは嬉しそうに体温計を沖田に渡した。
「一応、今の体温測ってみてください」
「あ、はい」
沖田が体温計を受け取り、脇に挟んだ時インターフォンが鳴った。
「あれ、誰だろう」
そう言いながら、立ち上がろうとした沖田をセイが止めた。
「あ、私出ますよ。 沖田さんはゆっくり休んでて下さい」
どうせ宅配か何かだろうと思ったセイは、玄関に向かうと、迷わずドアを開けた。
「えっ」
「っ!?」
そこには、信じられないといったような顔で、新田が立っていた。
「せ・・い・・?」
「幸二・・・」
確認せず開けてしまった自分に、心の中で舌うちをした。
「何でお前がここに・・」
「え・・ あの・・」
久し振りに会った事に加え、この状況をどう説明して良いか分からず言葉に詰まる。
「そうか。 そういう事だったのか」
「えっ!?」
新田の言っている意味が分からず、セイは思わず聞き返した。
新田はセイをキッと睨むと、手に持っていた袋をセイに投げつけた。
「イタッ」
セイに当たったそれは、足元に落ちて中からプリンや菓子が飛び出した。
「俺への当てつけのつもりか?」
「ちがっ」
慌てて反論しようとするが、新田は「ちっ」と舌うちをすると、バンッとドアを叩い
た。
「わざわざ仕事まで休んで沖田の家にいるとはな」
「これには訳があって‥」
「どんな訳だよ」
「それは‥」
何から説明して良いんですよ分からず、セイは下をむいてしまった。
そんなセイを見て、新田は拳を握りしめるとセイを一瞥し、背を向けて歩き出した。
「幸二っ!」
新田の後姿に向って呼びかけるが、新田は振り向く事なく階段を降りて行ってしまった。
セイはどうする事も出来ずに、呆然とその廊下を見続けた。