「あれ? 何か沖田顔色悪くない?」
朝会社へ行くと、営業部の部屋へ入った瞬間に同僚に声をかけられた。
「あぁ、うん。 ちょっと熱っぽいみたいで・・」
「大丈夫か?」
「大丈夫。 今日どうしてもやらなきゃなんない仕事もあるしさ」
「そっか。 無理すんなよ」
そう言うと、同僚の男はぽんぽんと肩を叩いた。

礼を言って自分のデスクに来ると、既に出社していた新田が気づいた。
「新田、おはよ。 出張お疲れ様」
「おう、サンキュー。  それよりも、お前何か顔色悪いな」
「さっきも言われたよ。 何かダルくて・・ 風邪引いたかも知んない」
「そっか・・ ダメな時は言ってくれよ? 俺で出来ることあればカバーするから」
「ありがとう」
ボーっとする頭でパソコンを開こうとすると、新田がまだ話したそうな顔でこちらを見ているのに気づいた。
  
「どうかした?」
「うん・・  あれからセイと全く連絡取ってなくてさ・・」
淋しそうな顔でボソッと呟いた。

新田がセイと話しをしてから、数日が過ぎた。
あの日の翌日から、新田は出張が入っており3日間会社を開けていた。
沖田も会うのは3日ぶりとなった。


「そっか・・ その・・ 彼女・・とはどうなった?」
同じ営業部内に新田の浮気相手である中川がいる事を気にして、小声で尋ねた。
「あの日すぐ話したよ。 それできっぱり別れた」
それを聞くと、沖田は安心したようにホッと息をついた。
「それなら、すぐにその事メールでも何でもして教えてあげれば? きっと神谷さん不安に思ってるよ」
「そうなんだけど・・ でも別れたからそれでもう何事もなかったようにって言うほど簡単なものではないような気もするし・・ それに、何かまだあいつの方は納得いってないみたいなんだよな」
「え? あいつって中川さん?」
「うん。 元々ここまで別れられなかった理由もあいつにあってさ・・」
「・・・・」
総司は、その理由が気になったが、あえて聞かなかった。
どうせどんな理由があったとしても、最初に関係を持ってしまった時点でセイの事を裏切った事には変わりないのだ。

「ま、何とかセイには許してもらえるよう頑張るしかないかな・・」
「そうだね」
「それよりもお前本当に大丈夫か? 額に汗かいてるけど」
「何か熱くて・・」
自分でおでこに手を当てるが、手も熱いのか、いまいち自分に熱があるかどうかが分からない。
「薬は?」
「まだ飲んでない」
「そっか。 俺が医務室でもらってきてやるよ」
「悪いな、助かるよ」
沖田が礼を言うと、新田は気にすんなと言って医務室に向かった。









暗い気分のまま、セイは毎日を過ごしていた。
何度考えても答えが出ない。
噂では、あの日の翌日から新田は数日間出張に出ているらしかった。
会社に行っても会わずに済むと内心ホッとしていた。
自分からも一切連絡を取ろうとはしなかったが、新田からもあれからメールも電話もない。
何かを言ってこられても、自分はどうして良いか分からないからだ。

今日も1日憂鬱な気分で仕事を終えた。
PCの電源を落とし、荷物を持って廊下を出た。
既に定時はとっくに過ぎており、廊下の電気も薄暗くなっている。
のどが渇いたので、自販機でホットの缶コーヒーを買いその場に置いてあるベンチに座った。

「はぁっ」
深いため息をつきながら、手の平で缶コーヒーを包んだ。

一体自分はいつまでこんな気分でいれば良いのだろう。
新田の事も、このままでいいはずもない。
堂々めぐりの考えに、セイは精神的に疲れきっていた。


ふと顔を上げると、廊下に見覚えのある後姿が見えた。

沖田がトイレから出てきたようで、セイがいる場所とは反対方向へ歩いていこうとしている。
しかし沖田は遠目からでも分かるほどにふらふらとしている。

セイは不思議に思い、荷物を持って立ち上がると足音を立てないように早足で沖田に近づいた。

しばらく歩いた沖田は、廊下の壁に手をついた。


「沖田さん?」
どこか体調でも悪いのだろうか。
新田ばかりではなく、沖田とも気まずい関係になってしまったセイだが、たまらず声をかけた。

セイの呼びかけに、沖田はゆっくりとこちらを振り返った。

「あぁ、神谷さん・・・」

その顔は真っ赤になっており、目は涙目で息も上がっているようだ。

「だ、大丈夫ですか?」
セイは沖田にかけより顔を覗き込んだ。

「えぇ、大丈夫ですよ。 ちょっと熱っぽいだけなので。 帰って温かくして寝ればすぐ直りますよ」
「家まで帰れますか?」
「もちろんです。 神谷さんももう遅いですし、早く帰った方が良いですよ」
そう言うと、苦しげな表情のままにっこりとほほ笑んでまた歩き出そうとした。

しかし、1歩踏み出したところで沖田の目の前がぐらっと揺れた。

「沖田さんっ!」

セイの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間沖田の意識は途絶えた。

 
 
 
 
 
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時雨  12