仕事を終えたセイは、荷物を持ち新田との待ち合わせの場所へ来た。
置いてあるソファに座ると、はぁっとため息をついた。
今日は少し詰めて仕事をし過ぎたかも知れない。
精神的に落ち込んでいるのに、体力的にも限界だった。
ソファの背もたれに背中を預け、少し目をつむった。
「セイ?」
後ろからかけられた声に、セイはパッと目を覚ました。
振り返ると、新田が困ったような顔でこちらを見ている。
「幸二・・」
新田は、すぐ横にある自販機に向かった。
「セイも何か飲む?」
「あ、ううん。 大丈夫」
「そう?」
セイの返事を聞くと、ブラックの缶コーヒーを買い、セイの座っているソファに腰をかけた。
「で、話って何?」
プシュっと栓を開けながら、新田が尋ねた。
「うん・・」
いざ新田を前にすると、何と言って良いか分からずセイは下を向いてしまった。
「何だよ? 話あったんじゃないの?」
「・・・・」
何も話そうとしないセイを見て、新田は首をかしげた。
「そんな言いづらい事?」
その言葉に、セイはちらっと新田に目を向けるが、再び下を向いた。
「・・・・あの・・さ。 幸二私に何か嘘付いてる事・・・ない?」
「なに、急に」
「その・・・。 金曜の夜、幸二何してた?」
言った瞬間、幸二が女と腕を組んでホテルへ向かう光景が蘇り、セイの胸が痛くなった。
「金曜? い、言わなかったっけ? 接待で・・飲みに行く・・・って」
明らかに動揺した新田の口調が、更にセイの気持ちを暗くする。
「ううん、接待なんて行ってないよね?」
新田を見ないまま、セイは新田に言う。
「何言って・・」
「私、見ちゃったんだよね。 幸二が女の人と一緒に歩いてるの」
「え」
「ホテルに・・ 向かって歩いてた・・よね?」
「な、何の事だよ」
視線を宙にさ迷わせながら、新田は持っているコーヒーを飲んだ。
「いいよ、隠さなくても。 本当は前からずっと怪しいって思ってたんだよ。 でも信じようと思ってたのに」
「セイ、あのさ・・」
「浮気・・してるんでしょ」
「・・・」
ハッキリとした口調で尋ねたセイに、新田は何も言えなくなる。
「ずっと私の事騙してたんでしょ?」
「セイ・・・?」
「だって、2人の雰囲気は、長く付き合ってるような感じだったもん。」
「話、聞いてくれ」
目に涙を溜めて唇をかみ締めているセイに、新田は手を伸ばした。
「いやっ!」
セイは思わずをの手を振り払った。
幸二は、振り払われた事にショックを受けて、目を見開いてセイを見た。
「他の女の人触った手で私に触れないでよっ」
そう言うと、セイはその場に立ち上がった。
「私、幸二と女の人がが歩いてるの見てから、ずっとどうして良いかわかんなかった。 知らないふりした方がいいのか悩んだ。 でもこうして幸二と話したら、何か幸二の事が良く分かんなくなってきちゃった」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ」
「幸二はどうしたい? 私と別れて、その女の人のところに行きたい?」
声は震えているが、しっかりとした口調でそう尋ねるセイに、新田は眉間に皺を寄せた。
「何でそういう話になるんだよ? 俺の話も聞いてくれよ」
「話? 話って何? 私と付き合って、その人ともずっと浮気し続けたいとかそういう事?」
「違うよっ 取り合えず、座って落ち着いて話そう?」
ここは会社だ。
いくら定時を過ぎて人も少なくなったとはいえ、誰がどこで聞いているか分からない。
新田はセイの手を引いて座らせようとした。
「触んないでってばっ」
再び新田の手を振り払った。
「ごめん、何かやっぱ冷静に話せないみたい。 気持ちが落ち着くまで話聞く気にもなれない」
「・・・」
新田はどうして良いか分からず、ただセイを見上げていた。
「ちょっと距離おこう」
「え?」
「気持ちが落ち着いたらまた連絡するから。 ごめん、先行くね」
そう言うと、セイは荷物を持ってその場を後にした。
「わっ!」
「きゃっ」
走って会社を出ようと、廊下の角を曲がったところで人とぶつかった。
「神谷さん?」
ぶつかった相手は沖田だった。
「ごめんなさい、ボーっとしてたから。 大丈夫ですか?」
ぶつかった拍子にセイが落としたカバンを拾ってセイに渡した。
「すみません、ありがとうございます」
顔を見ないままそれを受取ると、会釈して離れようとした。
「神谷さん」
「何でしょう」
沖田に背を向けたまま、セイは聞き返した。
「どうかしたんですか? 大丈夫ですか?」
「何のことですか?」
「え、だって・・」
「すみません、急いでますので。 お疲れ様でした」
そう言うと、セイはビルの外へ小走りで出て行った。
その後姿を、じっと見つめる。
泣いていた。
ずっと下を向いていたから分かりづらかったが、頬に光っていたのは涙だった。
間違いなく新田と話した事が原因だろう。
沖田は唇をかみ締めると、新田がいるであろうリフレッシュルームへ向かった。
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時雨 10