妹 1
仕事から疲れて帰り、ドアを開けた瞬間嫌なものが目に入った。
見覚えのある、男物の靴。
それが誰のものか瞬時に判断した。
家の中にいる人物に気づかれないよう、そうっとドアを閉め外に出ようとした。
「あ、おかえりなさい!」
あと数センチで閉まるというその時、運の悪い事に会いたくなかった奴がトイレから出てきた。
ちっ。 なんてタイミングの悪い(怒)
俺は仕方なくもう1度ドアを開け、家の中に入った。
奴は嬉しそうにニコニコと微笑みながら、近づいてくる。
「遅かったんですねぇ。 待ってたんですよー」
「・・・・・・。」
付きまとってくる男を無視して通り過ぎてリビングへ向かう。
「もうご飯出来てますよ!」
「てめーが作った訳じゃねーだろ」
吐き捨てるようにそう告げると、ドアを開けて中に入る。
「あ、お兄ちゃん。 おかえりなさい」
妹のセイが笑顔で俺を出迎える。
「ああ」
思わず思わず頬を緩ませてそう返事すると、鞄をダイニングテーブルの椅子に置き、コートを脱いだ。
「あ、お義兄さん。 コート掛けますよ」
すかさず奴が俺のコートを手に取った。
…が、そいつの言葉に俺の眉間には怒りマークが浮かぶ。
「・・・・・てめーにお義兄さんと呼ばれる覚えはねえ」
「うふふっ 照れなくても良いんですよv」
「・・・・。」
どうやらこいつとは会話が出来ないらしい。
今さら気付いた事じゃないが、改めてそう思う。
「お兄ちゃん、ご飯食べたら話したい事があるんだけど…」
セイが食事を運びながら、頬をほんのり染めて話しかけてきた。
その言葉に、俺は思わず顔を強張らせた。
「今日は疲れてるからまたにしてくれ」
静かにそう告げた。
何を言おうとしているかなど、とっくに気づいている。
これまで何度もセイが話そうとするのを何かと理由をつけて逃げてきたのだ。
「お兄ちゃん、そうやっていつも聞いてくれないじゃない。 お願い、大事な話なの」
悲しそうな顔で懇願してくるセイに、俺は不覚にも視線を泳がせてしまった。
「私からもお願いします。 歳三さん」
突然セイの横に立って一緒に頭を下げてきたこの男に、俺の米神には再び青筋が浮かんだ。
「聞きたくねえ」
ひと言そう告げると、椅子から立ち上がった。
「セイ、飯は後で食う。 こいつが帰ったら教えてくれ」
「あ、お兄ちゃんっ」
慌てて止めようとするセイの手をやんわり抑えると、俺はリビングを出て自分の部屋に入った。
どさっとベッドに腰掛けると、深くため息をつく。
このまま逃げていても、いつかきちんと話を聞かなければならない時が来る。
それでも、まだ自分には心の準備が出来ていない。
最愛の妹である、セイを手放すと言う心の準備が。
歳三が大学3年の時、両親が事故で他界した。
あまりに突然の事に、悲しむよりも先に今後の事を心配した。
幸い両親の保険でしばらくはどうにかなる状況だったのだが、何よりも心配だったのが、当時まだ小学生だったセイの事だった。
毎日ふらふらと遊んでいた歳三は、ショックで塞ぎこんでしまったセイの為に生まれ変わった。
生活の全てを、これまでセイの為だけにささげてきたと言っても過言ではない。
それまで真面目に通っていなかった大学を最後まで単位を落とさず卒業し、必死で就活をしてそれなりの企業に入った。
付き合った女も何人かいたが、決してセイを残して結婚しようなどと思わなかった。
彼女よりも妹を優先する男。
付き合った女からは、必ず別れの際には「シスコン」と罵られた。
それでも歳三は気にする事はなかった。
確かに自分はシスコンなのだろう。
自覚はしている。
これまで、セイに近寄ってくる男は徹底的に排除してきた。
悪い虫がつかないよう、必死に守ってきたつもりだった。
あの男を除いては。
どんなに嫌みを言おうと、どんなに苛めようと決して奴は挫けなかった。
そう、先ほど飄々とこの俺様の事を「お義兄さん」と呼んだ沖田総司だけは。
こんなにずうずうしい奴は、今までにで会った事がない。
どれ程突き放しても、奴は決してあきらめない。
と言うよりも、全く堪えていないようだ。
とことん鈍いのか、それだけセイの事が好きなのかは分からないが、俺にとっては迷惑この上ない。
しかし、実は気づいている。
俺は奴が嫌いではない。
最近では、うっかりあいつならセイの事を幸せにしてくれるんじゃないかと思ってしまう事もある。
それでも、やはりまだ俺はセイを手放す勇気が出ないでいた。
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