沖田さん家 パート7 前編



『ごめんなさい。 今日も仕事が終わらなくて遅くなります。 ご飯は食べててもらって大丈夫ですからね』
「そうですか。 分かりました」
『終電までには帰りますから』
「はい。 気を付けて帰って来て下さいね」
『ありがとう。 それじゃあ』

そう言うと、旦那である総司からの電話は切れた。


ツーツーという電子音の聞こえる電話を握りしめ、セイはその場に立ち尽くした。



もうこれで1週間。
最近毎日のように総司は終電まで帰って来ない。
やっと帰って来たかと思うと、セイの隣を風のようにすり抜けそのまま風呂に入ってしまう。
まるで焦って体についた何かに気づかれまいとしているかのように。
そして風呂から上がると、セイに"おやすみ"と伝え即効でベッドに入ってしまうのだ。
毎晩のようにセイに迫って来ていた総司が、今は指1本触れようともしない。
それどころか、どこかセイに対してよそよそしい感じがする。


絶対に怪しい。
もしかして浮気‥


そう思ったセイは、総司が着ていたスーツの匂いを嗅いでみた事がある。
そこからは、なぜかファブ●ーズの香りがした。



どこかでスーツに振りかけてきているのだろう。
何かの匂いを消すために。

何故それがファ●リーズの香りかどうか分かったかというと、自宅で使っているのと同じ、"ふんわりおひさまの香り"だからだ。
きっと無意識のうちに、見覚えのあるものを買ってしまったのだと思う。

どこまでも詰めの甘い男め…(怒)

セイは、そのスーツをハンガーにかけることもせず、その場に投げつけた。


今日こそ帰ってきたら問い詰めてやろうと、セイは拳を握りしめて携帯をテーブルに叩きつけるように置いた。






「ただいま戻りましたー        ‥え?」
ドアを開けた総司の目の前には、腰に手を置き仁王立ちになったセイが無表情で立っていた。

「ど、どうしたんですか、セイ?」
セイの態度に、総司はたじたじになりながら訊ねた。

「どうしたんですかですって? 一体、こんな時間までどこで何をしてらしたんですか」
「どこで何って… だから言ったじゃないですか。 ざ、残業で遅っ、遅くなるって…」

絵に描いたようなしどろもどろに、セイの額に血管が浮いた。

「へえっ。 今まで結婚してから1度も残業をした事がない総司さんが、1週間も続けて終電まで残業ねえ」


ぎくうっ


という音が聞こえそうな程、総司は慌てた。

「今日こそ、毎日何をしているのか白状してもらいますよ」
「な、な、何をってっ だから、残業ですってば!」
セイの目を見ないまま、総司は叫んだ。
「嘘ばっかり! ちゃんと話して下さい!」
「嘘じゃないですっ! とにかく私は疲れてるんですっ!」
そう言うと、総司はセイの横を素早くすり抜けると風呂場へと向かった。

「ちょっ 総司さんっ!!」
慌てて後を追おうとして、ハッとした。
フ●ブリーズの香り…

またどこかで何かの匂いを消してきたんだ。
セイはプルプルと震えながら、しばらくその場から動けなかった。





セイの寝ているベッドに、そっと滑り込んできた総司は、セイに背を向けて横になった。

「お、おやすみなさい…」
「・・・・・・・。」
小さな声でそう言うが、セイから返す事はなかった。

総司から、「はあっ」という小さなため息が聞こえた。



ため息かよっ!(怒)
ため息つきたいのはこっちだっ!!!


そう叫びたいのを抑え、ぎゅっと目を瞑った。

絶対に許さない!!
浮気の証拠を掴んでやるんだから!!

セイは心にそう誓った。












「はぁっ!? 総司が浮気ぃ??」
「土方先生! 声が大きいですよっ」
セイは慌てて土方の口を手で押さえた。

「ああ、すまん。 つーか、あいつが浮気ってどういう事だよ」
土方は周りを見渡しながら、声を落として訊ねた。

セイは誰かに総司の浮気の事を相談したいと思った。
総司と普段から仲が良く、総司の最近の行動を把握していそうな人物。

娘である鈴を預けている保育園の保父である土方に、今回の事を離してみようと思ったのだ。



「最近のあの人の様子が、あまりにもおかしいんです。 帰りが遅くなって、家帰ってきても妙によそよそしいし。 あれは絶対女と会ってきてるに違いありません」

セイの話に、土方は"そんなことかよ"と呟いた。

「ないない。 あいつはお前に惚れ込んでんのに、浮気なんかするわけないだろ」
土方は、興味なさそうに手を振りながらその場を離れようとした。

「お願いしますっ! 先生から1度旦那に探りいれて貰えませんか?」
「はぁ??」
「だって、私がいくら電話しても絶対に出ないんですもん」
「それは仕事で忙しいからじゃねーのか? それなら俺が電話したって出やしねーよ」
そう言いながらも、近寄ってくる園児達を投げ飛ばして遊び始めた。

「出ないなら出ないでも良いです。 お願いします」
セイの必死のお願いに、土方はため息をついた。

「もし万が一浮気してたとして、それがクロだと分かったらどーすんだよ?」
土方の訪いかけに、セイはグッと言葉を飲んだ。

そこまでは考えていなかった。
ただ、総司の最近の行動が一体何なのかを知りたかった。
そして、浮気しているのなら相手は誰なのか知りたいと思った。

「知らなくて良いことだってあるんじゃねーの? それとも、別れる覚悟があって事実を知ろうとしてんのか?」


別れる‥

そんなこと頭になかった。
でも確かに浮気しているとすれば、そうなる可能性だって高い。
ましてや総司の性格から考えて、既に本気になってしまっているような気もする。


「その覚悟があるって言うなら、俺から探り入れてやってもいいがな。 まぁ、あいつの事だから浮気なんかしてねーとは思うけどよ」

しばらくじっと考えていたセイだったが、意を決したように顔をあげた。


「別れる覚悟はあります。 だからお願いします」














プルルルルルルルルルルッ

『はい、もしもーし』

何コール目かで、総司が電話に出た。

「あん? お前電話出れんじゃねーか」
『はっ はいっ? ひじっ かたっ さんっ どっ したっ んっ ですっ かっ』
いやにリズミカルにそう言う総司に、土方は眉間にしわを寄せた。
「お前、今何してる」
『何っ てっ ちょっ とっ とりっ こみっ ちゅうっ』
何やら嫌な予感がしたその時。

『もう、沖田さんっ! やりすぎぃ』

はぁ!?

電話の向こうから若い女の声が聞こえた。

『ごっ ごめんなさいっ ちょっと強く揉みすぎちゃいましたっ』
慌てる総司の声。


も、揉みすぎただと!?


「お前、どこで何してんだっ!!」
土方の声が大きくなった。

『あっ いや、何って…』
『もうっ 沖田さんたらぁ ちゃんと集中してぇ!』
『だっ だってっ』
『ああん、もうっ! やだぁ、沖田さんたらぁ』




プチッ


気が付いたら、土方は電話を切っていた。





もしかして、最中だったのか…?





土方は青くなりながら電話を見つめた。


あいつが・・・・
浮気・・・・
しかもやってる最中に電話に出やがった‥





わなわなと震えながら、土方はガックリとその場に座り込んだ。


セイに何と言えば良いのか。
まさか電話したら最中でしたなど言える訳がない。
どうしたものかと頭を抱えたその時。

土方の電話が鳴った。
ディスプレイにはセイの名前。

まずい…
先程の電話でショックを受けすぎた為、平常心を保つ自信がない。


そうは思うが、出ない訳にはいかない。
暗い気持になりながらも、土方は電話に出た。





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