沖田さん家 パート5




このところ、沖田家の主である総司はちょびっとだけ(実はかなり)拗ねていた。
その原因は、今総司の視線の先にある最愛の妻であるセイと、その腕に抱かれている息子の颯太(生後5か月)にあった。
息子におっぱいをあげているセイを、眉間にしわを寄せて総司はみている。


「颯太くーん、お腹いっぱいになりましたか〜?」
セイが甘ったるい声で、腕に抱いている颯太に向って訊ねる。
颯太は、セイを見上げてにっこり微笑んだ。
その表情がまた何とも言えない程可愛らしい。
セイは幸せそうに微笑むと、自分のほっぺを颯太のほっぺにすりすりしている。
それを見ると、総司の眉間は更に深い渓谷を作った。

「そろそろ颯太は寝かせた方が良いんじゃないんですか」
「さっきまでさんざん寝てたんですから。 もう少しくらい大丈夫ですよ」
どこか棘を含んだ声色にも、セイは気にする様子もなく颯太のほっぺをつんつんしたり、頭をなでたりしている。
「そうですか。 それにしても、昼間もずっと颯太と一緒にいるのに、まだ一緒にいたいんですか」
「だって、こんなに可愛いんですよ。 みているだけで幸せになります」
「へー。 そんなに颯太颯太って、鈴が可愛そうだと思わないんですか」
「どうしてです? 鈴と一緒に颯太を可愛がってるんですよ。 鈴も颯太が可愛くて仕方ないらしくて」
それを聞いた総司は、ぷーっと頬を膨らませた。

颯太が生まれてからというもの、セイは颯太につきっきりだ。
初めての男の子ということもあり、颯太が可愛くて可愛くて仕方ないようだ。
何をするにも颯太優先にするセイが、総司は面白くない。
夜も颯太を挟んで寝ている為、最近前にも増してすっかり夫婦生活はお預け状態だ。
もちろん自分の息子である颯太は可愛い。
しかし、自分の妻を取られたようで悔しくて仕方がない。

そろそろ颯太を寝かして自分の相手をしてくれるのではないかと期待していたその時。

「あれ〜? まだおっぱい飲み足りないのかな? じゃあ今度はこっちで飲もうか」
そう言うと、さっきまであげていたおっぱいとは別の方を出そうとしている。

「ちょっと待った!!!!」
突然大声を出して立ち上がった総司に、セイは驚いて振り返った。
「何です? 突然」
「颯太が吸っていいのは右だけです!! 左は私のっ」

バコッ

言い終わるか終らないかのうちに、総司の頭に激痛が走った。

「い・・・ いったぁぁぁぁぁっ!!!」
涙を浮かべながら頭を押さえてセイを見上げると、手にテレビのリモコンを掴んで鬼のような形相をしたセイがそこにいた。

「一体何を言ってるんですかっ!! アホですかっ!!」

「だ、だってっ! セイってば颯太ばっかり相手して、ちっとも私の事構ってくれないじゃないですかっ!!」
目に涙を溜めながら抗議をするが、そんな事はセイには通用しない。
「うるさいっ! 颯太はまだ小さいんだから当然でしょうっ! もう総司さんなんて知りませんっ!」
それだけ言うと、セイはその場に総司を置いて颯太とリビングを出て行った。
すぐに後を追いセイが入って行った客間に入ろうとしたのだが、中から何かつっかえ棒をしているらしく襖があかない。
「セイ〜、ごめんなさい〜っ!」
何とかセイに許してもらい、少しでも相手にして欲しい総司は必死に呼びかける。
だが中からは布団を敷くような音が聞こえるだけでセイは全く反応しない。
「セイってば〜!」
「うるさいですよ。 夜なんですから静かにして下さい。 鈴だって起きてしまいますから」
静かな声色が、余計怒っている事を表している。

総司は悲しそうな顔で溜息をつくと、諦めて1人で寝室に向かった。



翌朝総司がダイニングに向かうと、既にセイも鈴も食事を始めていた。

「おはよう、セイ」
恐る恐る声をかけてみる。
「おはようございます」
笑顔はないものの、もう怒ってはいないようだ。
「ねぇ、セイ。 今日って何の日か知ってますか?」
「今日ですか?」

今日はバレンタインデーだ。
毎年セイは総司の為にあらゆるお菓子を作って総司を待っていてくれる。
きっと今年もそうなのだと分かってはいるのだが、昨日の事があるので念のため確認してみた。

カレンダーを見ながら考えていたセイは、「あ」と声を上げた。
「はいはい。 ちゃんと分かってますよ」
「良かった。 じゃあよろしくお願いしますね♪」
やはりそこは何年も一緒にいる妻である。
きっと今晩帰ったら美味しいケーキやクッキーが用意されているはずだ。
考えただけで今日1日楽しく過ごせそうだ。

「行ってきまーす」
足取り軽く、ウキウキと総司は家を出た。
















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「お前、何でここにいるんだよ」
土方が仕事から帰って来ると、マンションのドアの前に今にも死にそうな顔をした総司が座っていた。
「家出して来ました・・・」
「はぁっ!?」
「もう家には帰りませんっ!! 今日から土方さんの家に泊めてもらいます!」
泣きそうな顔で土方を見上げる総司を、土方は驚いてただ見下ろしている。
「早くドア開けて下さい! もう何時間もここにいて寒くて凍えそうなんですよう」
「知るかっ! 帰れよ!」
「嫌です! もうセイの顔なんて見たくないんですっ!」
そう言いながら、土方の足にしがみつく。
「おまっ!! 離れろっ!!」
「家入れてくれるまで離れませんからっ!!」








「・・・・・で、何があったんだよ」
あまりにもしつこい総司に観念した土方は、仕方なく理由だけは聞いてやろうと総司を家に上げた。
家に入るなり、総司は部屋に置いてあるヒーターを勝手につけ、その前に膝を抱えて座り込んだ。
「・・・・。」
口を尖らせて、明らかに不機嫌な顔でそっぽを向いている総司に、土方はホットココアを出してやった。
それを受け取りながら、ちらっと土方の顔を見る。
「今日はずいぶん帰りが遅かったんですね。 保育園終わってからどっか行ってたんですか」
まるで彼女のような口ぶりに、土方ははぁっと溜息をついた。
「ちょっと用があったんだよ。 何でそんな事お前に言われなきゃいけないんだよ」
「彼女ですか」
「まぁ・・・ そんなとこだ」
「そうですよね。 バレンタインデーですもんね。 きっと彼女さんからチョコもらったんですよね」
「もらったが・・ って、何なんだよ、一体!!」
負のオーラをこれでもかという程醸し出している総司に、だんだん嫌気がさしてきた。
「かみさんはどうしたんだよ! 何があったか知らんが、迎えに来てもらえ。 電話するぞ」
そう言いながら、保育園の名簿を探そうと立ち上がった。
「ダメですっ!!」
「な、何だよ」
今にも泣きそうな顔で叫んだ総司に、土方は思わず動きを止めた。

「セイってば、セイってばひどいんですよっ!!!!」


総司は、きっとセイが自分の為にバレンタインのチョコを用意してくれていると楽しみに家に帰った。
しかしいざ帰ってみると、特に普段と変わらない夕飯。
そしていつもの通り鈴を寝かしつけると颯太につきっきりになった。
総司はいつおやつを出してくれるのかと心待ちにしていたのだが、全くその様子がない。
とうとう総司は、自分からセイに訊ねてみた。
「セイ? 今日って何の日か分かってるんですよね?」
「え?」
颯太の両腕を持って、プルプル振りながらセイは総司を振り返った。
颯太はセイに遊ばれて、嬉しそうに「キャッキャッ」と笑っている。
「あ、はい。 颯太の5か月検診の日でしょ? 心配しなくてもちゃんと行きましたって」
にっこり微笑んでそう言ったセイに、総司の目の前が真っ暗になるのが分かった。
「・・・・・・・は?」
やっと出せたのは、その一言だった。
「あれ? 違いました?」
全く分かっていない様子のセイに、総司はぷるぷると震える拳を握り締めた。

「颯太の5か月検診?」
「はい。 全く問題なくすくすくと元気に育ってるみたいですよ」
嬉しそうに颯太に「ねーv」と言っているセイに、とうとう総司はキレた。

「そりゃーそうでしょうよ。 私をほったらかしにしてまで毎日毎日颯太の面倒ばっかり見てるんですから」
「はぁ?」
「そんなに颯太が可愛いなら、颯太と結婚したら良いじゃないですか!」
訳の分からないことを言い出した総司を、セイは首をかしげて見ている。
「私が今日をどんなに楽しみにしていたか、セイには分からないんでしょ!!」
「楽しみにって・・・ 今日何かありましたっけ?」
キョトンとした表情でそう言うセイに、総司はテーブルを叩きつけて立ち上がった。
「セイなんて知りませんっ!! もう一生絶交ですから!」

そう叫ぶと、総司は家を飛び出した。
そして今に至る。


「絶交ってお前・・・」
一部始終話を聞いた土方は、呆れて頭痛のする頭を抱えた。
「セイなんて、もう私の事好きじゃないんですよっ! 颯太颯太って。 颯太が生まれてから、私の相手なんて全然してくれなくなっちゃったんですから」

元々あんまり相手してもらってなかったような・・

と、土方は思うがこの状況で口に出せるはずもなく。


「あのなぁ、しょうがねえだろ。 子供が生まれたばっかなんだから、母親っていうのは子供につきっきりになって当然なんだよ」
何とか総司を宥めて家に帰らせようと土方は優しい言葉をかけてやる。
「だって、颯太が生まれてから数える程しかセイの体見てないんですよっ! 颯太には毎日毎日惜しげもなくおっぱいを・・」
「お前殴られたいか」
何が嬉しくて、そんな話を聞かなければならないのか。
セイとは毎日鈴を保育園に預けに来る為顔を見ている。
そんな事を言われては、明日から会いづらくなる。

「だってぇぇぇぇぇっ!!」
「うるさいっ! さっさと帰って仲直りして来い!」
「いーやーだーっ」
わんわん泣き始めた総司に、土方はうんざりし始めた。

「分かった。 じゃあとにかく風呂入って来い。 寒い中ずっと外にいたんだろ? 温まって来い。 話はそれからだ」
総司の為に新しい下着を用意し、湧いたばかりの風呂に総司を無理やり押し込んだ。

仕方なくといった表情で総司は浴室に入って行った。
中からシャワーを使う音がするのを確認した土方は、急いで名簿を取り出し、総司の自宅へ電話をかけた。






体が温まり気持ちも落ち着いた総司が風呂から出てくると、なぜかそこには土方と楽しそうに話しているセイがいた。
しかも鈴も颯太も連れず、1人で来ている。

「あ、総司さん」
総司を一目見たセイは、にっこりと微笑んで総司を振り返った。

しかし総司は柱の影に隠れた。

「あの・・ 頭だけ隠したって、体ばっちり見えてますけど」
「何しに来たんですかっ」
柱に隠れたまま総司は訊ねた。
「何しにって・・ 総司さんを迎えに来たんですよ」
「私は帰りません!」
「そんな事言って・・ ここにいたら、土方先生にも迷惑がかかりますよ? それに明日も仕事でしょう」
「土方さん家がダメなら、斎藤さん家に行きますから大丈夫です!」
「もう斎藤さんのお宅にはお断りされてます」
既にセイは総司が行きそうな家全てに連絡を入れ、万が一総司が家に来たら門前払いするよう伝えてある。
「・・・・・。」
「早く帰りますよ。 もうこんな時間だし、これ以上ここにいては土方先生も寝られないでしょ?」
あくまでも優しい声に、総司はバカにされているようで余計腹が立った。
「絶対に帰りません! それに颯太と鈴はどうしたんです? まさか家に置いてきたんじゃないでしょうね」
こんな時間にあんな小さい子供を家に置いて来たのではないかと総司は少し不安になった。
「実家に預けて来ましたよ。 2、3日預かってもらうようお願いしてきました」
「えっ!!」
セイの言葉に思わず総司は柱から顔を出した。
「だから帰りましょう。 総司さんの為にケーキも作ってるんですから」

実はセイはちゃんとバレンタインを覚えていた。
総司の為に朝からクッキーやチョコシフォンケーキを焼いていた。

「覚えてたんですか?」
「当たり前じゃないですか。 何年総司さんと一緒にいると思ってるんですか? どれ程総司さんがバレンタインを楽しみにしているかくら、分かってますよ」
「だってだってっ! さっき全然そんな様子見せなかったじゃないですか」
「ちょっとからかってみただけですよ。 颯太を寝かしつけて、2人でゆっくり食べるつもりだったのに、総司さんたら出て行っちゃうんだもの」
「セイ・・・」
総司はあまりに嬉しくて、セイに近づくと、ぎゅっと抱きしめた。
「もう、総司さん。 土方先生が見てますよ」
恥ずかしそうに笑いながら、セイも総司の背中に腕をまわした。
「帰りましょう! 早くセイの作ったケーキが食べたいです!」
キラキラした顔でそう言うと、セイの手を掴んですぐにでも家を出ようとした。

「ちょっと待て。 俺に何かないのか?」
不機嫌そうに、しかしどこか楽しそうに土方は訊ねた。
「あ、土方さんっ! お世話になりました! また遊びに来ますからっ」
そう言うと、「早く早く!」とセイを促して玄関に向かった。
「もう待って下さいよ。 土方先生、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
セイは土方に向って、丁寧に頭を下げた。

「いや、気にすんな。 今日貰ったチョコで十分だ」

「・・・・・え?」
土方の言葉に、総司の動きが止まった。
「何ですって?」
「あ、今日鈴のお迎え行った時に、土方先生にもチョコを渡したんですよ。 いつもお世話になっているから渡したんですけど」
何となくまずい雰囲気になりそうなのを感じたセイは、今度は総司の腕を掴んで家を出ようとした。
「総司さん、帰りましょう!」
しかし総司は動かない。


「出して下さい」

「・・・・・は?」

怒った表情で、突然自分に手を差し出した総司に、土方は訳が分からない顔で見返した。
「セイが渡したチョコ、出して下さい」
「何言ってんだ? もう食っちまったよ」

ピシッ

「なっ 何ふんだ、おまへっ!!!」
土方のほっぺを掴み、ぎゅーっと真横にひっぱった。
「吐いて下さいっ! 私のセイですよ!!」
「ちょ、総司さんっ! 何やってるんですか!!!」
必死に総司を引き剥がそうとするが、総司はびくともしない。

「セイのチョコ返せーーーーーーーーっ!!!!」







その後、セイにまたも殴られた総司は、土方に謝罪し土方宅を後にした。
そしてこっぴどくセイに叱られたあと、やっとのことで出したもらったケーキとクッキーをこれでもかという程食べた。
更に、長らくお預けにされていた夫婦の営みを解禁してもらい、最高のバレンタインを過ごした。





「セイ・・ 気持ち悪いんですけど・・・」
朝起きた総司は、夜中に食べた大量の甘味のせいで、朝から胃もたれに悩まされる事になった。


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夏恵さまより頂きましたリクエストで、
「沖田さん家の続編。 颯太くんに嫉妬する、総司くん」を書かせて頂きました。
夏恵さま、大丈夫でしょうか??(汗)
楽しいリクエストを、どうもありがとうございました★

2009年2月4日