沖田さん家
「絶対に許しませんからねっ!」
この家の主である沖田総司は、テーブルをドンッと叩いて怒鳴った。
今ここ沖田家では、夫婦会議が開かれていた。
「どうしてダメなんですか! 別に悪いことをしようとしている訳ではないじゃないですか」
妻であるセイは、ぶすっとして立ち上がった総司を見上げた。
「ダメに決まってるでしょう! どうして今更あなたが働きに出る必要があるんですか!? そんな苦労をさせているつもりはありませんっ!」
そう、セイはそろそろ専業主婦に飽き始めていたのだ。
働きたいと言い出したセイに、夫である総司は怒り心頭だった。
「そういう事じゃないんです。 私も鈴を産むまで働いていたんだし、そろそろ社会復帰しても良いと思ったんです。
別に家事を疎かにするつもりはありません。 家庭に支障をきたすような仕事をするつもりもありません」
セイは冷静に言った。
「それでもダメですっ! 第一、鈴はどうするんですか? 母親が働いて淋しがるでしょう!」
「保育園の時間を延長してもらえば良いじゃないですか。 周りのお母さん達はパート勤めとか色々してるんですよ! 私だって外の世界を見たいです」
それを聞いた総司は、手をギュッと握って震えている。
「絶対にダメです! もしどうしても働くというなら離婚ですっ!」
その言葉にセイはキレた。
すっとその場に立ち上がり、総司の目を見据えてきっぱりと言った。
「あぁ、そうですか。 分かりました。 そこまで言われるなら仕方ありません。 私もそんな理解のない旦那とこれ以上やっていくことは出来ません。 離婚してくださ・・」
「許しましょう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
セイは、無言でその場に座った。
「ただし条件があります」
「何ですか?」
「男性がいない職場にしてください」
「この話はなかったことにしてください。 明日市役所に離婚届を・・」
「5人まで許します」
セイはじっと総司を見ている。
「・・・・じゅ、10人まで・・」
まだ無言で総司を見ているセイに、総司は涙を流しながら答えた。
「何人いても良いです・・」
ここ沖田家では、明らかに主の総司は完全に尻に敷かれていた。
それでも、総司は必死に威厳を保とうと頑張っている。
「じゃあそろそろお風呂に入りましょう。 明日仕事を探しに行かなくてはいけないので、鈴を保育園に預けてから忙しいんです」
「セイ♪ 今日は一緒にお風呂は・・」
「はいりません」
にっこりとそう言うと、セイはさっさと総司をその場に置いてお風呂に行ってしまった。
ベッドに入った総司は、隣にいるセイに手を伸ばした。
「セイ、良いでしょう?」
こちらに背を向けて寝ているセイを、後ろから抱き込んで耳元でそっと囁く。
「すみません、さっきも言いましたけど明日は忙しいので今日はもう寝かせてもらえませんか?」
「だって昨日も疲れたとか言ったじゃないですかぁ。 一昨日は熱っぽいって言って断られたし、その前は・・」
セイは、はぁっとため息をついた。
「総司さん、そんな毎日毎日出来ません」
毎晩のようにセイを求めてくるこの男に、セイも少し疲れていた。
「どうしてですかっ!! 私は毎晩でもセイとならしたいんですっ!」
きっと涙目で訴えてるんだろうという事は、長年の付き合いで見なくても分かる。
セイはくるっと総司の方を向き直った。
総司は、諾と受け取り、嬉しそうにセイの顔に自分の顔を近づけた。
それをセイの手がやんわりと阻止する。
「えぇ〜〜っ」
案の定、総司は涙目になっている。
「お願いします。 今日は本当にやめてください」
セイは、なるべく優しい口調で総司に言った。
そして、またくるっと向きを変えて寝始めた。
総司は、その姿を見てふるふると震えた。
「そんな〜っ!! セイっ! どうしてくれるんですか! 私の元気くんはっ!!」
「おやすみなさい」
全く取り合う様子もないセイを、総司はしくしく泣きながら後ろから抱きしめた。
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「鈴、今日はちょっとお迎え遅れるけど大丈夫?」
「うんっ! 鈴ねー、お友達と遊んでるから大丈夫〜」
ミルクに浸したフレークを頬張りながら、2人の娘である鈴はにっこり微笑んだ。
「鈴は聞き分けが良くて良い子ね〜」
そういうと、横に座っている総司をチラッと見た。
「何ですか・・ まるで私が聞き分けが悪いみたいな言い方・・」
「そんな事一言も言ってませんよ?」
「ところでセイ? 今日はどうしてそんなにお化粧してるんですか?」
「だって、もし良いお仕事が見つかったら早速面接に行きたいんですもん」
ぱくっとパンを食べながら、セイは答えた。
「そんなお化粧したら、周りの男が寄ってきちゃうじゃないですかっ! 今すぐ落としなさいっ!」
周りが聞いたら呆れるような言葉も、総司にとっては本気なのだ。
「鈴、もうすぐお迎えのバスが来ちゃうからね。 カバンの中にハンカチは入れた?」
「うん、ちゃんと昨日の夜寝る前に入れたよ」
総司を無視してセイは鈴と話始めた。
「セイっ! 聞いてますか!?」
「あ、総司さん。 お弁当はここに置いておきますから。 今日もちゃんと会社で洗ってきてくださいね」
「はい、ちゃんと洗ってきます♪ ・・って、そうじゃなくて!」
ブーーーッ
外で、車のクラクションが鳴った。
「あ、鈴お迎え来ちゃった! 急いで!」
セイは鈴を急かし、慌てて抱き上げた。
「パパ〜っ! 行って来まーす」
元気良く総司に手を振る鈴に、力なく笑う。
「いってらっしゃい・・」
「総司さんも、用意は出来ました? もう時間ないですよ」
鈴をバスに乗せて家の中に入ってきたセイを、悲しそうに総司は見ていた。
「セイはもう私の事なんて好きじゃないんですね・・ きっとそうなんだ。 私だけがセイの事が好きなんだ・・」
ブツブツ言っている総司に、セイは呆れてため息をついた。
「総司さん、私が総司さんの事を好きじゃない訳ないじゃないですか。 今でもこれからも大好きですよ?」
セイの言葉に、総司はほんのり頬を赤らめた。
「セイ・・・」
そして、セイに近づき頬に手を当てて顔をセイに寄せた。
「あっ もうこんな時間っ! 総司さん急いで!」
セイは総司からすっと離れて、総司のカバンにお弁当をつめ始めた。
総司はというと、その場に取り残され涙を流していた。
「それじゃあ行ってきますね」
総司は力なくそう言うと、靴を履き家を出ようとした。
「あっ 待って」
セイは総司の手を引き総司を自分の方へ引き寄せると、総司の唇にチュッとキスをした。
「行ってらっしゃい、気をつけて下さいね♪」
総司はまんべんの笑顔になって、セイをぎゅっと抱きしめた。
「もうっ! 今日は会社休んでセイと一緒にいます!」
「何バカなこと言ってるんですか。 早く行ってください」
総司を突き放すと、玄関のドアを空けて総司を外に出した。
「帰る時は電話くださいね! じゃあ行ってらっしゃい」
そしてドアはバタンと閉められた。
ガチャっという鍵と共に。
そのドアの前では、再び涙を流している総司が立ちすくんでいた。
「あら、沖田さんの旦那さんまた泣いてるわね」
「本当だ。 また今日も遅刻かしらね」
近所の人に噂されているとも知らず、総司はとぼとぼと駅に向かって歩き始めた。