真夏の夜空
「ねえ、お願い! 今日だけで良いから泊りに来て!」
そう言いながら、セイは手を合わせて懇願した。
「だから今日は無理だってば。 もう用事入っちゃってるんだって」
コピーを取りながら、裕子は手を振る。
「そこを何とか! 一生のお願いだからっ」
必死で頼み込むセイに、裕子ははぁっと溜息をついた。
「本当に無理なの。 もうずっと前から約束してるんだから。 今度ちゃんと泊りに行ってあげるから、今日は勘弁してよー」
「そんなぁ…」
泣きそうな顔で、セイはガックリと肩を落とした。
「ダーリンに泊りに来てもらえば良いじゃん。 どうせ結婚するんだし、一緒に住んじゃえば?」
「海外に出張中なんだもん・・ 帰ってくるの来月だし…」
ほっぺをぷくっと膨らませながら、セイは恨めしそうに裕子を見た。
「そうなの。 て言うかさ、あんな事本気で言ってるの? 絶対あんたの気のせいに決まってるよ?」
セイの顔を覗き込みながら、呆れた表情で裕子は言った。
「気のせいなんかじゃないよ! 毎晩毎晩… 本当に怖くてここ数日ほとんど眠れてないんだから」
そういうセイの目の下にはうっすらとクマが出ている。
「分かった分かった。 じゃあ今度泊りに行くから。 だから今日は我慢しなさい」
しょんぼりしているセイの肩をぽんぽんと叩くと、裕子はコピーが終わった書類を纏めてセイの元を後にした。
絶対気のせいなんかじゃないのに…
セイは裕子の後姿を見ながら、ここ最近悩まされている現象を思い出していた。
ここ数日、夜家に1人になるとどこからともなくすすり泣きが聞こえてくるようになった。
それだけではない。
誰かを呼んでいるような声までするのだ。
初めは気のせいだと思った。
しかし毎晩毎晩電気を消して寝ようとすると必ず聞こえてくる。
よく耳を澄まして何と言っているのか聞こうとしても、はっきりとは聞き取れない。
夜中に金縛りで眼が覚めたことも1度や2度ではない。
目だけは動く為、辺りを見渡してみると、うっすらと人影のようなものが見えた事まである。
その時はあまりの恐怖で気絶してしまった。
それからというもの、電気とテレビは点けたまま寝るようにしている。
今日もまたあの恐怖と闘わなければならないのかと、溜息をつきながらふらふらと自分の席に戻ろうとした。
「あっ、セイ!」
後ろから呼びかけられた声に、ゆっくりと振り返った。
「真田さん」
先輩の真田が、紙袋を掲げて笑顔で近づいてきた。
「この前の社員旅行の写真出来たよ」
「そうなんですか? 見ても良いいですか?」
「もちろん」
そう言うと、真田は身近にあるテーブルに袋から出した写真を並べ始めた。
それを見て、裕子や他の同僚達も近づいてくる。
「案外楽しかったよねー」
「うわっ これ私の表情最悪だ」
「きゃははっ これウケる!」
各々写真を手に取ってわいわいと感想を述べていた。
その時。
「えっ ちょっと何これ…」
写真を見ていた同僚の1人が声を上げた。
「何?」
その声色に、その場にいた全員が手元を覗き込む。
「これ、何だろ…」
そう言いながら指さしている先にはセイが海をバックに笑顔で写っている。
「これがどうしたの?」
1人が不思議そうに訊ねる。
「ほら、良く見てよ。 セイの肩の所…」
一同じぃっと写真を見た。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
一瞬の沈黙。
「「「「っぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」」」」
その場にいた全員が、叫び声を上げてその場から離れた。
1人セイは真っ青になりながら、動けずに写真を握り締めている。
写真に写っているセイの肩には、後ろから抱きしめるように2本の腕だけがうっすらと写っていた。
セイは呆然としながら、他の写真に目を落としてみた。
「・・・・・・・・・・。」
セイの写っている写真には、全て何やらおかしなものが写り込んでいる。
うっすらと輪郭のようなものが写っている写真まである。
倒れそうになるのを必死でこらえ、持っている写真を握りつぶした。
やはり毎晩自分の身に起こっていたことは、気のせいではなかったのだ。
自分はは一体何に獲り憑かれてしまったのだろうか…
周りでセイの様子を見ていた者たちが、恐る恐るセイに近寄って来た。
「せ、セイ?」
「大丈夫?」
声はかけるが、怖いのだろう。
ある一定の距離を保ったままそれ以上近づこうとしない。
「・・・・・大丈夫じゃない」
わなわなと震えながら、セイは何とか答えた。
セイは、自分の写っている写真を全て選びだし、それ以外のものを同僚達に渡した。
「それ、どうするの?」
写真を受け取りながら、訊ねる。
「お祓いに行く!」
「お祓い!?」
「だって、このままじゃ怖いもん! 毎晩毎晩家にも出てくるし、何とかしなきゃ!」
そう言うと、セイは自分の席に戻りインターネットを立ち上げ腕の良さそうな霊能者を探し始めた。
「ここ・・?」
あるお寺の前で、セイは地図を片手に立ち尽くした。
かなり腕が良いと評判の霊能者がいる寺を探し出したセイは、早速アポを取った。
事情を話すとすぐにでも来てほしいと言われ、場所を教えてもらい仕事終わりに来てみたのだが、想像したよりもかなり古ぼけており、周りには鬱蒼と草木が生い茂っていた。
「何か… 怖い…」
お祓いに来たのに、逆に何かに獲り憑かれそうなその場所に、セイは中に入ろうかどうか悩んだ。
しかしこのまま毎晩怖い思いをするのは嫌だと、勇気を振り絞って中に入った。
「あなたが富永セイさんですか?」
奥から出てきた住職が、声をかけてきた。
「あ、はい。 今日は突然来てしまって申し訳ありませんでした」
セイはそう言いながら深々と頭を下げた。
「いやいや、構わんよ。 それにしても…」
そこまで言うと、住職はセイをまじまじと見た。
「な、何でしょう?」
住職は、じっとセイを見ていたが、何やら意味ありげにニヤっと笑った。
「いや、またすごいものをしょってると思いましてな」
それを聞いたセイは、目を見開いた。
「しょっ、しょってる!?」
「くっくっく。 まあゆっくりやりましょう。 こちらへ来なさい」
そう言うと、住職はセイを伴ってお堂の中へ入って行った。
「では早速始めましょうか」
大きな仏壇の前に座った住職は、セイに向ってにっこりと微笑んだ。
「はっはい!」
緊張の面持ちで、セイは返事をした。
じいっとセイを見ていた住職だったが、ゆっくりと口を開いた。
「あんたは相当その子が好きなようだな」
「はいっ?」
突然訳の分からないことを言われ、セイは思わず声をあげた。
「あ、いや富永さん、あんたじゃなくて後ろの者に言っておる」
それを聞いたセイは、一気に青ざめた。
うううう後ろって?
思わず後ろを振り返るが、もちろんセイには何も見えない。
「さて、一体何が目的でこの子に獲り憑いておるのか話してみなさい」
セイの様子を気にする事もなく、住職は話し始めた。
セイは何が始まっているのか分からず、住職をじっと見ている。
「うんうん、そうかいそうかい。 それでこの子の近くにおる訳じゃな?」
セイは首を傾げた。
住職には聞こえているだろう声は、セイの耳には何も入ってこない。
この人は本当に誰かと話しているのだろうか。
セイは疑問に思いながらも、その場に大人しく座っている。
「それで何が目的なんだ? …ふむふむ」
そこまで何者かと話していた様子の住職は、うーむと考え込み始めた。
そしてセイに目を向けた。
「富永さん」
「えっ はいっ」
「あんたに獲り憑いているものが、どうしても話しがしたいと言っておる」
「ええええええっ!?」
セイは驚いて飛び上りそうになった。
「話したいって、私には何も見えませんけどっ!?」
「落ち着きなさい。 方法はある」
「方法?」
「うむ。 その後ろの者を、私の中に獲り込むんだよ」
「はぁ!?」
訳が分からず、思わず声を裏返してしまった。
「どうかね? あんたが大丈夫なら、その者をこの体に呼び込むが?」
「ど、どうかねと言われましても…」
TVで見たことはあるが、まさか自分が体験する事になるとは思った事もなく、セイは考え込んでしまう。
「こ、これ待ちなさいっ」
考え込んでいたセイの耳に、焦った住職の声が聞こえてきた。
顔を上げると、住職は何かに向って手を振っている。
「お、お坊さん?」
セイは不思議に思って声をかけてみた。
「富永さん、こ奴は我慢出来んようじゃ。 あんたの返事を待たずに私に乗り移ろうとしている」
「えぇっ!?」
恐怖を感じたセイは、思わず腰を浮かせた。
「こ、これっ! あぁぁっ・・・・」
それまであたふたとしていた住職は、突然動きを止めた。
セイは怖さで体が動かなくなった。
しばらく下を向いて固まっていた住職は、ゆっくりと顔を上げセイを見た。
先ほどとは違った視線に、セイはその場を動けずゴクリと唾を飲み込んだ。
じっとセイを見ていた住職だったが、やがてニッコリと微笑んだ。
「お久しぶりです、神谷さん」
「は、はいぃ?」
住職の発した言葉に、セイは驚いて声を上げた。
「私ですよう。 沖田です〜」
声も顔も住職なのに、先ほどとは全く違った表情と話し方に、セイはどうして良いのか分からない。
「さてはその顔… 私の事全く分かってない感じですね?」
「・・・・・」
ほっぺをぷくっと膨らませて口を尖らせている住職に、セイはちょっと気持ち悪いと思ってしまった。
「どうしてもあなたと一言話がしたくて、来ちゃいましたv」
「は、はぁ・・」
何だか想像していた幽霊という存在とギャップを感じたセイは、少しずつ恐怖心が解けてきたような気がした。
「もう、あなたったら1人で先に生まれ変わっちゃうんだもの。 一緒に生まれ変わりましょうねvって言い合ったのに」
そう言いながら、沖田という幽霊が獲り憑いた住職は畳に指でくりくりと円を書き始めた。
「・・・・あのぉ・・ 話が全く見えないのですが・・・」
一体この人は何を言っているのだろうか。
セイには全く理解できない。
「出来れば、まず何故私の事を脅かしているのか教えて頂けませんか」
「脅かすって! あなたってば相変わらずひどい事言いますねえ」
「だ、だって・・・ 毎晩毎晩私の枕もとですすり泣きしたり私の事呼んだり写真に写ったり。 私の事怖がらせる為に出てきたんでしょ!?」
あれ程怖がっていた幽霊が、実はこんなにもおとぼけキャラだった事が分かり、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「違いますよ! あなたに私の存在を知らせたかっただけですっ!」
「別に私は知りたくありませんでした!!」
「!!」
思わず叫んだセイの言葉に、沖田はショックを受けた顔をして固まってしまった。
「・・・・あ、あの 沖田さん?」
がっくりと肩を落として下を向いてしまった沖田に、何となく言ってはいけないことを言ったのではないかと思い恐る恐る声をかけた。
「ひどい・・・ あの時の言葉は嘘だったんですね・・・ こんなにもすっかり私の事忘れちゃってるなんて…」
こちらに背中を向け、膝を抱きかかえながらぼそぼそと呟き始めた。
「えーと、沖田さん?」
中身は沖田という人間なのだろうが、実際は恐らく還暦を過ぎているだろう住職だ。
いじけている姿が全く可愛くない。
「だから、最初から説明してくださいよ。 なぜ私の所に来たのか」
セイはだんだん面倒くさくなってきた。
早く終わらせて帰りたい。
「・・・結婚するのを知ったからですよ」
「は?」
予想外の言葉に、セイは眉間にしわを寄せた。
「だってあなた結婚するんでしょ? 私はずっとあなたを見守っていたのに、そんな事も知らずにあなたは他の人と幸せになろうとしてるじゃないですか」
「えーーーと…」
何故結婚するからと言って、自分の元に来ることになったのか必死で考えてみるが、全く分からない。
「あなた、私以外の人と幸せになろうとしてるんでしょ。 どーせ私なんて今のあなたには必要ないんだ。 前はあんなにも私に懐いてくれて、最期の時まで一緒にいたのに。 あなたは私の事が好きだって言ったんですよ。もちろん私だって大好きでしたよ。 それなのにそれなのにっ」
ぐちぐちと文句を言っている沖田の話を聞きながら、疎いセイでも何となくこの男は昔自分とは恋愛関係にあったのではないかと気づき始めた。
「も、もしかして私たち付き合ってたんでしょうか」
思い切って訊ねてみた。
「いいえ、まったく」
きっぱりと答えた沖田の言葉に、思わずその場に崩れ落ちた。
「ちょっとっ! それじゃ何で私はそんなに散々責められてるんですか!」
「だって、あなたとお互いの気持ちが通じ合った直後に私は死んでしまったんですもの」
「えっ」
セイは言葉を失った。
「だからあたなとは何もありませんでしたよ。 でも私が死ぬ直前、来世では絶対一緒になりましょうって約束したんです」
「そ、そうなんですか…」
何があったかは分からないが、何だか切ない話の展開にセイの気持ちも落ち込んできた。
「なのにあなたったら私がお団子に夢中になっている間に生まれ変わっちゃったんだもの」
「・・・・お・・・だんご?」
「そうです。 向こうの世界では、自分の欲しいもの食べたいものは想像しただけで何でも目の前に出てくるんです。 私ったら甘味三昧の日々を送ってたんですよ。 そしたら気づいたらあなたは知らない間に生まれ変わってるじゃないですか。 気づいたのはあなたが生まれ変わってから5年後の事でしたよ」
どんだけ食べまくってたんだ…
開いた口がふさがらないとはこのことか。
全く自分は悪くないのではないだろうか。
「そ、それって私が悪いんでしょうか・・・」
その言葉に、沖田はバッとこちらを振り返った。
「いいえっ! 甘味に夢中になってた私が悪いんですっ!!」
目に涙を溜めながら沖田が叫んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
セイは頭痛がしてきた。
この人は一体いくつで死んだのだろうか。
精神年齢が低すぎる気がする。
自分は本当にこの人が好きだったのか。
もしかして、死んでしまうと分かっていたから、同情して好きでもないのに好きだと伝えただけなのではないだろうか。
だんだんとそんな気がしてきた。
「それで、私に一体どうしろと言うのでしょうか」
呆れつつも、セイはどうしたらこの男が成仏出来るのか考えてみた。
「どうしろって・・・ ただ私はあなたが結婚する前に、ひと目会いたかっただけですよ」
「はあ?」
「だって・・・ 結婚した後のあなたなんて見たくないんですもの。 今までずっと空から見守ってましたけど、それももう終わりです。 だから最後に会って話がしたかっただけです」
「・・・・じゃあもう満足してくれたって事で良いんですね?」
これからもうあんな思いをしなくて済むと思い、セイはホッと胸をなでおろした。
「いいえ…」
「えぇっ!?」
話しが違うじゃないかと、セイは思わずその場に立ちあがった。
「だって今話してる私は私じゃないですもの。 これは借りた体です。 私は直接お話がしたかったんです」
「直接ってっ だって私にはあなたは見えないんですよ!?」
「私を見てもらえる場所はあります」
「見える場所?」
これで全て解決すると思っていたのに、どうやらまだ続きそうな気配にセイはうんざりしてきた。
「はい。 私のお墓に今晩来てもらえませんか」
「えーーーーっ!! 嫌です!!!!」
そんな怖い場所に行くなんて絶対に嫌だと、セイは顔をぶんぶんと横に振った。
「だったら・・ ずっと私はあちらに帰らず背後霊としてあなたに獲り憑きますよ」
脅しかよっ!!
そう突っ込みたいが、何分相手は幽霊だ。
この男の性格からいっても通用しないような気もする。
セイは、はぁっと諦めの溜息をついた。
「どこでしょう」
セイは渋々訊ねた。
「怖い・・・」
既に0時を過ぎたこの時間に、セイは六本木にいた。
大通りから少し入ったこの場所は、栄えている場所にも関わらず住宅地になっていた。
そこにある寺。
壁の向こうにはたくさんの墓が隙間から見える。
セイはどうしても中に入れずその場に立ち尽くしていた。
「絶対絶対来て下さいね! 0時以降でお願いしますね♪」
沖田の言った言葉が頭をよぎる。
私は明日も仕事なのに、なぜこんな真夜中にこんな所にいなければならないのだろうか。
あれから1度家に帰ったセイは、沖田に言われた寺の名前をネットで調べてみた。
歴史で有名な沖田総司の墓のある寺だった。
あの男は自分の事を沖田と名乗った。
もしかして、本物の沖田総司なのだろうか。
まさか新撰組一の剣豪と名高い沖田総司があんなお惚けキャラだったなんて。
しかも自分がそのような人物と前世で知り合いだったとは。
最後に沖田が言った事。
それは。
「あ、そうそう! お供え物にはあまーいお菓子でお願いします。 出来れば沢山持って来て下さいね♪♪」
セイは菓子の入った袋をぎゅっと握り締めた。
何て図々しい幽霊だ。
セイははぁっと息を吐くと、思い切って入口の戸をゆっくりと引いた。
「うぅぅぅっ(涙)」
戸を開けたそこにはいくつもの墓が並んでいる。
恐怖で足が竦みそうになるのを必死でこらえて、沖田の墓を探そうと辺りを見渡した。
「あ」
何やら青白い光を放っている墓がある。
そこに沖田がいると何故か確信した。
セイはゆっくりとその墓に近づいた。
光を放っている墓は、小さいけれど存在感をアピールしているように見える。
セイはその場に座り、持参した袋から菓子を取り出し墓の前に置いた。
「わーっ おいしそうですねぇっ」
突然聞こえた声に、セイは驚いて腰を抜かしそうになった。
セイが顔を上げると、そこには自分の墓の上に座った1人の青年がいた。
「ちゃんと来てくれたんですね。 ありがとうございます」
そう言うと、青年はにっこりと微笑んだ。
「あ、あなたが沖田さん・・・?」
セイはなんとか声を発した。
「はい、私が沖田です」
向こうが透けて見えるから、間違いなく幽霊なのだろう。
しかし不思議と恐怖心は感じなかった。
「この顔に見覚えあります?」
そう訊ねる沖田の顔をじっと見つめる。
「ごめんなさい、全く分かりません…」
申し訳なさそうに答えるセイに、沖田は首を振った。
「いいえ、良いんです。 本当は分かってたことですから。 人は生まれ変わる時には前世の記憶は一切残っていないのです。 だからあなたが私の事を知らなくて当然なんですよ」
「そうなんですか・・」
「さっきはちょっと苛めてみただけです。 だから気にしないで下さい」
ニコニコとそう言う沖田に、セイも少し微笑んだ。
「私こそ、あなたをこんなに困らせるような事をしてしまってごめんなさい。 それだけ、あなたに会いたかったんです」
「どうしてそんなにしてまで?」
いくら前世で好き会っていたからと言って、生まれ変わったら別の人を好きになるかも知れない。
それ以前に出会えるかどうかも分からないのだ。
日本人じゃないかも知れない。
「どうしてでしょう? きっとそれだけあなたに対する気持ちが強かったんですかね?」
ふふっと笑いながら、沖田はほんのり頬を染めた。
「あなたは新撰組の沖田総司なのですか?」
「はい、そうですよ?」
「やっぱり… それで、私とは一体どういう・・・」
セイはずっと疑問に思っていたことを訊ねた。
その問に、沖田はんーと考え込んだ。
「それは・・・ 内緒です」
「ええ?」
こんな事をしてまで自分の前に出てきたくせに、それを秘密にするのかと、セイは驚いた。
「だって・・ やっぱりそれは今のあなに言うべきじゃないかなって」
「え?」
「あなたはもうすぐ結婚して幸せになる人でしょう? それなのに私との事を聞いて万が一思い出しなどしたら、きっと優しいあなたは私に気を使って結婚を取りやめてしまうかも知れない」
「そんな事・・」
多分、ないとは思う。
でもこの人はこうしてずっと自分を想ってくれているのだ。
もしかしたら自分だってものすごく強い想いをこの青年に対して持っていたかも知れない。
「だから知らない方が良いです。 今日を境に、私はもう帰ります。 あなたの前にも二度と現れません。 だからあなたは幸せになって下さいね」
そう言いながら、淋しそうに微笑んだ。
「・・・・・・」
セイは何だか悲しい気持ちになってきた。
「それにしてもあなたの結婚する相手が佑馬さんで良かったですよ。 これが斉藤さんとか中村さんだったら、私は諦めるに諦められなかったでしょうね」
「え?」
ボソッとつぶやいた言葉に、セイは不思議そうに聞き返した。
「あ、いえ。 こっちの話です」
慌てて沖田は手を振った。
「ではそろそろ私は行きます」
「あ、はいっ」
沖田はぴょんと墓から飛び降りた。
「これ、向こうで頂きますねv」
セイの供えた菓子を指差しながら、沖田が嬉しそうに言った。
「ええ、どうぞ」
「最後に、無理なお願い聞いてもらえますか?」
大事そうに菓子を抱きかかえながら、沖田が訊ねた。
「お願い?」
「はい。 私はあなたがまたあちらの世界に戻ってくるまでずっと生まれ変わらないで待ちます。 だから・・」
「・・・・・・」
セイには何を言おうとしているのか分かった。
「いえ、やっぱり何でもないですっ! もしかしたら私なんかよりも、もっと繋がりの強い人と来世でも会う事になるかも知れませんしね!」
「分かりました。 来世できっと会いましょう」
「え!?」
思いがけない言葉に、沖田は顔を上げた。
「今は思い出せないけど、今度きっと同じ世界に生まれ変わったら、沖田さんを探し出します。 だから、また会いましょう」
にっこりとほほ笑みながら言うセイに、沖田も嬉しくなり笑顔になった。
「はいっ ありがとうございます!」
「何か分かんないけど、会えて良かったです。 ・・・・ちょっと怖かったけど」
「ごめんなさい・・・ でも私も会えて良かった。 本当にありがとう」
そう言うと、沖田はセイの頭にぽんぽんと手を乗せた。
「じゃ、行きます。 幸せになって下さいね」
「ありがとうございます」
お互い顔を見合わせて微笑み合うと、沖田はすうっと消えて行った。
しばらくその場に沖田の気配を感じていたが、ゆっくりと気配が消えて行った。
「本当に行っちゃったんだ」
あんなに怖がらせられた相手なのに、実際にいなくなると妙に淋しさを感じた。
セイはふうっと息を吐くと、帰ろうとその場を後にした。
その夜セイは夢を見た。
沖田と一緒にいる自分。
なぜか自分は男装をしている。
刀を差し、沖田と一緒に町を歩いている。
理由は分からないけれど、きっと前世では男として沖田と共にいたのだろう。
一緒に甘味処へ行ったり、刀の練習をしたりしている。
沖田とともにいるだけで、この上ない幸せを感じているようだ。
ずっと一緒にいたい。
ずっと沖田の横にいたい。
自分の表情からそんな気持ちが手に取るように分かった。
目を覚ました時、なぜかセイは涙を流していた。
しかしとても幸せな夢だった。
涙をぬぐい、そっとベッドから抜け出て窓に近寄るとカーテンを開けた。
そしてまだ夜が明けていない空を見上げ、沖田の顔を思い浮かべた。
もう沖田は元の世界に戻ったのだろうか。
今頃自分の渡した菓子を頬張っているのだろうか。
その姿を想像して、セイはふふっと笑った。
「きっとまた会いましょうね。 沖田先生・・・」
誰に言うでもなく呟いた言葉だったが、セイに耳には確かに聞こえた。
「ええ、また会いましょうね。 神谷さん」