未来への地図 2



「ねぇねぇ、先生。 新婚旅行どこに行きたいですか?」
セイが嬉しそうに旅行のパンフレットを総司に見せながら聞く。
「セイ、もう結婚するんだら、先生はおかしいでしょう? それに、もう家庭教師だった頃から
 随分経ってますよ?」
「いいんです! 今更先生以外で呼べませんよー」
上目遣いに総司を見上げてぷぅと膨れている。

総司は、そんなセイが可愛くてたまらなかった。
「ふふっ それもそうですね。 で、新婚旅行が何でしたっけ?」
「だーかーらー、どこ行きたいですか? 私、小さいころから北欧に行ってみたかったんです」
と言って、スイスやノルウェーが載っているパンフレットを総司の前に置いた。

「新婚旅行って、普通南国に行くものなんじゃないですか?」
「そんなの誰が決めたんですか? 私は昔から、新婚旅行はスイスって決めてたんです!」
セイが総司の腕を掴んで懇願するような目で見ている。
「あははっ もうスイスに決まってるんじゃないですか〜。 私はセイが行きたいところなら
 どこでも良いですよ」
「先生ありがとう〜! 大好きv」と言って、セイは総司に抱きついてきた。
総司はそのままセイを抱きとめて、優しく髪を撫でる。
「私も大好きですよ、セイ」



「・・・・ません、すみません」
誰かが自分を揺らしている。
いつの間にか眠ってしまったようだ。
部屋はだいぶ明るかった。
総司はその声のする方を目を見た。
すると、セイが総司を揺り起こそうとしていた。

「セイ!!」
総司はがばっと起きて、自分を揺らしていたセイの手を掴んだ。
「目が覚めたんですね! 良かった!」
しかし、セイは顔を傾けながらきょぼんと総司を見ている。
「? どうしました? どこか痛いところありますか? 今先生呼んできますね!」
と言って、総司は慌てて立ち上がった。
すると、セイは思いもよらない言葉を言った。


「どちら様ですか?」
総司は一瞬セイが何を言ったのか分からず、立ちすくんだ。
「え? 今何て?」

「ここはどこでしょう? あなたはどなたですか? どうして私ここに寝ているのでしょうか?」
「セイ?」
「それに・・・・ 私自分の名前も思い出せません・・・」





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「記憶喪失ですね。」
医者はセイを診ながら淡々と答えた。

総司から連絡を受けて駆けつけたリンも愕然とした。
「そんな・・・」

「頭を強く打っているので、それが原因で記憶を喪失してしまっているのでしょう」
「治りますよね?」
総司が医者に尋ねる。

「分かりません。 すぐに思い出す場合もありますし、何年も思い出せない場合もあります。
 なんにしろ、セイさんは他にも怪我がありますし、あまり刺激はしない事です。」
後で、きちんと検査しましょうと言い残し、医者は部屋を出て行った。

リンはその場に泣き崩れた。
「お母さん、大丈夫ですか?」
総司が心配して駆け寄るが、リンは構わず泣いている。

ベッドのセイは、何が何だか分からず、オロオロしながら2人のやり取りも見ている。

総司は、セイの目を気にしてリンを病室から出した。
自分が原因でリンが泣いているのを気にしているだろうと思ったからだ。
廊下のイスに座らせて、落ち着かせようとジュースを買ってきた。

「お母さん、これでも飲んで落ち着いてください。 セイなら大丈夫ですから。 命に別状は
 ないだけでも安心しましょう」
そう言って、リンの背中を優しくさする。
「総司さんがいてくれて、本当に良かった。 どうもありがとう」
と言いながら、リンは総司からジュースを受け取った。

総司はその言葉に安心して、セイの様子を見てきますと病室へ戻った。

病室では、セイがぼーっと窓の外を見ていた。

「セイ」
声をかけると、セイはゆっくりと総司を振り返った。
その目には、不安がこめられている。

「私の名前ですか?」
総司はうなづく。

「全然思い出せない・・・」

総司はセイの横に座り、セイを見つめた。
「無理に思い出そうとしなくても大丈夫ですよ。 まずは体を治しましょう」
総司は、優しくセイを諭した。

「あなたは・・?」

総司は何て言おうかと悩んだが、正直に話した。
「あなたの婚約者ですよ」

セイは一瞬びっくりした顔をして、それから申し訳なさそうな顔をした。
「婚約者・・・  私・・・  思い出せなくて本当にごめんなさい」
そんなセイの顔を見て、総司は慌てた。
「い、いや、セイが悪い訳じゃないんだから謝らないでっ」

「もし良かったら、話してもらえませんか?」
「? 何をですか?」
「私たちが出会ってからの事とか、私の事とか色々。 もしかしたら、話を聞いてるうちに
 思い出せるかも知れません。」

総司も、それは良い提案だと思い、セイと付き合い始めたきっかけや、セイの母親の事、
総司の事など色々話した。

セイは、真剣に聞いていたが、やはり何も思い出せなかったらしい。

「ごめんなさい、せっかく話してもらったのに・・・」
1時間は話しただろうか。
さすがに総司も疲れてしまった。

セイも、体力があまりないせいか、心なしかぐったりしているように見える。
「セイ、少し休みなさい。」
セイは素直に横になったが、心なしか淋しそうな顔をして総司を見上げた。
総司はそれが嬉しくて、セイの手を握った。
「大丈夫、私ならここに居ますから」
セイは安心した顔になり、そのまますぅっと寝てしまった。

きっと、今のセイにとっては知らない人ばかりで疲れていたのだろう。
総司はそっと立ち上がり、病室を出た。

中庭に出て携帯の電源を入れ、電話をかける。
何コールか鳴ってから、相手が出た。
「総司か?」
「あ、土方さん。 今大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。 それで、あいつの様子はどうだ?」
「意識も戻って、命には別状ないそうです。」
電話口の向こうから、安堵のため息が聞こえた。
「良かったな。 でもすぐ退院出来る訳じゃないんだろ?」
「はい。  ・・・実は、彼女事故のショックで記憶を失くしてるんです。」
「本当か!?」
「自分の名前も思い出せなくて。 もちろん私の事も覚えてません。」
土方は何を言っていいのか分からず言葉を選んでいるようだ。
「でも大丈夫ですよ。 これからゆっくり思い出していきましょうと話しているし、私としては命に
 別状なかっただけでも一安心ですから。」
「・・・そうか。 何か出来る事があったら言ってくれ。 俺も後で見舞いに行く。」
「ありがとうございます、土方さん」

そう言って総司は電話を切った。

総司は中庭においてあるベンチを見つけて座った。
そしてため息をつく。
セイが記憶を失くしていた事に、総司は正直かなりショックを受けていた。
セイが目を覚ましたとき、自分がいる事を喜んでくれると思っていたのに、自分の事を忘れていたのだから。
でも、総司はいくらセイが記憶を失くしていようと、ずっとセイを支えていこうと思った。
もしも記憶が戻らなくても、またセイが自分を好きになってくれるような人間にならなければと思った。