未来への地図 最終話
「セイ、またそれだけしか食べないんですか?」
総司は、明らかに食が細いセイに、怪訝な顔で尋ねた。
「すみません、どうしても食欲がわかなくて・・」
申し訳なさそうにセイが答える。
セイと一緒に暮らすようになって半年以上が経つ。
毎日が幸せで、何も問題なく過ごしていたのだが、ここ最近のセイの様子はおかしい。
いつもダルそうにしているし、顔色もあまりよくない。
それにほとんど食べなくなった。
目に見えて痩せてきたセイを、総司は心配していた。
「あなた、やっぱり何かあったんじゃないですか? もしかして、何か悪い病気になったとか?」
「大丈夫です! きっと夏バテだと思うんです。 しばらくすれば治りますから」
笑顔で答えようとするのだが、そんな顔もどことなく辛そうだ。
「明日、病院へ行ってきなさい。 どう見ても、ただの夏バテじゃなさそうですよ?」
セイに何かあっては困る。
総司は有無を言わさない口調でそう言った。
「・・・分かりました」
この日も、セイはお風呂に入るとすぐに布団に入った。
どんなに平静を装うとしても、誤魔化せないところまで来ている。
少し前から体がダルくなってきた。
寝ても寝ても眠くて仕方がない。
食欲も全くなく、時には嘔吐する事もある。
もしかして・・・と思いよくよく考えてみると、先月生理が来なかった。
そして、今月も。
検査薬を試してみて、決定的になった。
セイは、妊娠している事が分かり嬉しいよりも先に不安になった。
記憶がない自分が母親になれるのか。
それよりも、今の状態で妊娠している事が分かった時の総司の反応が怖かった。
まさかおろせなどとは、総司が言うはずがないという事はセイには分かっている。。
しかし喜んでくれる自信が、なかった。
セイは、深くため息をついて眠りについた。
「もしもし、お母さんですか?」
『あら、総司さん? どうしたの?』
「すみません、ちょっと相談したいことがあって・・」
総司は、最近のセイの様子が心配で仕方なかった。
いくら病院へ行くようにとセイに言っても、大丈夫だと言い張って行かない可能性もある。
ここは、自分よりも母親であるリンに直接セイの様子を見に来てもらうのが1番だろうと考えた。
総司は、セイの様子を事細かく話した。
「何かの病気じゃないかと思うんです。 申し訳ないのですが、1度セイを見に来てもらえませんか?」
総司の話に、電話口の向こうでリンが考えている様子が伝わってくる。
『・・総司さん』
静かにリンは総司を呼びかけた。
「は、はい」
『こんな事お聞きするのはどうかと思うんだけど・・』
リンは言いにくそうに話し出した。
リンの口調に、総司は緊張した。
「はい、何でしょうか」
『もしセイに子供が出来たら、どうするつもりでいるのかしら?』
リンは、なるべく優しい口調で尋ねた。
「え・・? 子供?」
『えぇ。 セイが妊娠したらって話』
「もちろん結婚します。 セイが望めばの話しですが・・」
総司は即答した。
セイとは今すぐにでも結婚したいと思っている。
子供が出来たなら、尚のこと。
『そう・・ それを聞いて安心したわ』
リンがふうっと安堵のため息をついた。
総司は、リンの言っている意味が分からず、受話器を持ったまま首をかしげた。
『私の予想だと、セイは妊娠しているわ』
「・・・え」
総司の思考が一瞬止まった。
まさかの答えだった。
「そ・・それは、本当ですか?」
『えぇ。 間違いないと思うの。 でもセイの事だから、記憶がない事を気にしてあなたに言い出せないでいるんじゃないかしら?』
リンの言葉に、総司は黙り込んでしまった。
確かに、今のセイは自分に気を使っている面が多々ある。
妊娠している事を、自分が知ってどう思うのだろうと考えて1人で悩んでいるのかも知れない。
「お母さん!」
『はい?』
突然強い口調になった総司に、リンは驚いた。
「セイと話す前にこんな事言うのはどうかと思うのですが、もしセイが妊娠しているのなら、私はセイと結婚します。 セイとの結婚を許していただけませんか?」
リンは、突然の総司の申し出にびっくりした。
しかしすぐに万遍の笑顔になる。
『えぇ、もちろんよ。 セイをよろしくお願いします』
それを聞いた総司も、やっと微笑んだ。
「ありがとうございます! 絶対にセイを大切にします」
「セイ、体調はどうですか?」
家に帰った総司は、リビングのソファにもたれ掛ってダルそうにしているセイに話しかけた。
「あ、総司さんお帰りなさい。 すみません、お出迎えも出来なくて・・」
セイは急いで立ち上がろうとするが、それを総司は制してセイの隣に腰掛けた。
「セイ、話があります」
総司は、セイの目をじっと見つめた。
帰った途端いきなり何か真剣な話をしようとする総司に、セイは訳が分からず身構えた。
「な、何でしょうか」
「私と、結婚してもらえませんか?」
「は・・い?」
総司の言った言葉が、すぐには理解できなかった。
「けっ・・・こん?」
「はい。 一生大切にします。 あなたの事も、あなたのお腹にいる子供の事も」
「え・・」
総司の言葉にセイはびっくりして目を見開いた。
「だめ・・ですか?」
反応のないセイに、総司は悲しげに尋ねた。
「あ、いえ・・ そうじゃなくて・・」
セイは、総司から顔を逸らした。
「あなたのお腹の中には、私の子供がいるのでしょう?」
総司は、優しくセイに尋ねる。
「・・・」
セイは気まずそうに下を向いてしまった。
「随分あなたを悩ませてしまったと、反省しました。 気づくのが、遅くなってしまってごめんなさい。 私は、あなたと結婚したいとずっと思っていたんです。 例え記憶がなくても、そんな事問題ないんです」
そこまで言うと、総司はセイの頬を手のひらで覆い、セイの顔を上に向かせた。
セイの顔を覗きこんで、総司はにっこりと微笑んだ。
「私と、結婚してくれますか?」
セイの瞳から、涙が1粒零れた。
「本当に・・ 私で良いんですか?」
総司はセイの涙を拭った。
「あなたが嫌だと言っても、私はあなたと結婚するつもりですよ」
それを聞いた途端、セイからはポロポロト涙が止め処なくあふれた。
「う・・嬉しいです・・」
やっとそれだけを言うと、セイはしゃくり上げて泣き出した。
それを、総司は優しく抱きしめた。
「ありがとう。 絶対に幸せにしますから」
憮然とした表情の土方を前に、総司とセイは緊張した面持ちで座っている。
「・・・・で?」
土方は、お茶を一口飲んで、一言発した。
「あのー・・ だから、土方さんに仲人とスピーチをお願いしたくて・・」
2度目のお願いに、土方は顔色一つ変えず話を聞いている。
「そんな事はどうでも良い。 それよりも、お前はこいつを預かっている身でなんて事をしたんだ」
土方の機嫌の悪さはそこにあった。
「う・・・」
総司も何も言えないで、下を向いてしまった。
「こいつには父親がいねぇ。 お前の両親も住んでる場所が遠い。 となると、今後俺セイの父親代わりになるのは俺だ」
「はぁっ!?」
突然何を言い出すのかと、総司もセイもびっくりして素っ頓狂な声を出してしまった。
「誰もお前を見張ってなかったからこうなったんだろうが」
相変わらず、土方は憮然とした顔で総司を睨んだ。
「いや・・ 見張るって・・・」
「おい、セイ」
「は、はいっ」
それまで2人の会話をただ聞いていたセイに、突然話しかけてきた土方に、セイは驚いた。
「こいつの嫁になって、もし何か困ったことがあったらすぐ俺んとこに来いよ」
意外にも優しい眼差しでそう言う土方に、セイはすぐに返事をする事が出来なかった。
「え・・・ 土方さん・・ って事は仲人引き受けてくれるんですか?」
返事をしないセイをよそに、総司が嬉しそうに尋ねた。
「うるせぇ! お前に話してねぇだろうがっ」
「ありがとうございます! セイの事は一生大切にしますから、お父さん!」
総司は土方の手を握った。
「だ、誰がお父さんだっ! 気持ち悪いっ」
土方はそう言って総司の手を振りほどいた。
「だって、さっき父親代わりって言ったじゃないですか! これからはお父さんって呼ばせてもらいます!」
「やめろっ! こいつの父親代わりと言ってだけで、お前の父親になるとは一言も言ってねぇ!」
突然総司と土方の言い合いが始まり、1人取り残されたセイはポカンと2人を見ていた。
尚も続きそうな言い合いに、セイは面白そうにただ見ていた。
そして、まだ目立たない自分のお腹を軽くさすった。
この人たちに見守られて、私はきっと幸せになれる。
心の底からそう感じた。
未だ記憶は戻らないし、戻る気配もないが、そんな事は関係ないのだと思わせてくれる。
総司と、子供との幸せな未来を想像しながら、いつまでも続きそうな2人の言い合いを優しく微笑みながら見つめていた。