眷恋  二


セイは誰もいない部屋へ入ると、その場に崩れ落ちるように座りこんだ。
手が震えているのが分かる。
ふぅっと深く溜息をつき、震える両手を握りしめた。

まさか、ここへ総司等が来るなどと思わなかった。
このような店など、この辺りには山程あるのだ。


自分がこのような仕事をしている事を、総司にだけは知られたくはなかった。
しかし知られてしまった以上、きっと彼はセイを隊から追い出したことで自分を責めるだろう。
自分の事をきっぱりと忘れて、自分の責任だと思わせない為には、あのような態度を取るしかなかった。



何故突然自分は隊から追い出されたのか。
セイにはその理由が分からなかった。

隊を出ろと散々総司から言われても、ガンとして受け入れなかった。
そのうちに、総司もそのような事を言う事はなくなっていた。

もう大丈夫。
きっと自分の誠を理解してくれたのだ。

そう思っていたのに。

総司の事を恨んでいないと言えば、嘘になる。
それでも、総司の事を考えない日は1日もなかった。

怪我はしていないか、元気でやっているのか。
毎日毎日総司の無事を祈っていた。

会った総司は、以前と変わらず元気そうで安心した。


「沖田・・ 先生・・」
愛しいその人の名前を呟くと、セイの瞳から涙が零れ落ちた。














寝苦しくて、総司は目を覚ました。

セイに再会してから数日が経つが、それからというもの、深い眠りに就く事ができず毎晩のように夜中に目が覚める。
真っ暗な天井を見つめながら、深いため息をついた。

セイが隊を抜けてから、彼女のいない生活に慣れようと努力した。
自分の元からいなくなれば、心を乱される事もなくなると思っていたのに、逆にセイの事を考える時間は多くなっていった。

一緒に歩いた道を通るとセイと話した会話を思い出し、一緒に行った甘味処を見れば、彼女の笑顔を思い出す。
ふとした時にセイの怒った顔や泣いている顔が頭をよぎり、無償に会いたくなった。
自分で追いだしておいて、何て勝手なんだと自分を責めたりもした。

きっと今頃は、嫁いだ先で大切にされて幸せになっているはずだと言い聞かせ、何とか自分を納得させようと努力してきた。

それなのに・・・・


総司は起き上がると、頭をガシガシと掻いた。
そして、他の隊士を起こさぬよう、そっと部屋を出た。




「はぁっ・・。」
外に出ると、階段に座った。
冷たい風に体をぶるっと震わせる。


「神谷さん・・。」
声に出して呼んでみると、これ以上にないくらい愛しさが込み上げてくる。


何故あの時手放してしまったのだろう。
失くして初めてどれ程大切だったか気づいた。
彼女と過ごした日々は、他には変えがたい程大切な時間だった。



セイはどうだったのだろうか。
自分といて、幸せだと少しでも感じてくれていただろうか。


・・・何て、そんな事など考えても仕方がない。
セイは自分の事を恨んでいる。
あれ程までに自分を信頼してくれていたのに。
それなのに、自分は彼女を裏切った。

どうすれば彼女は幸せになれるだろう? 
セイの為に自分は何が出来るだろう?


総司はある答えに辿り着くと、立ち上がり夜が明けるのを待つ為に部屋へ戻った。









「何しに来たんどすか」
総司の顔を見るなり、里は不興な顔をした。
「突然申し訳ありません。 どうしてもお里さんとお話がしたくて」
申し訳なさそうにそういう総司に、相変わらず憮然とした表情のまま総司から顔を反らした。
「うちは話はありません。 どうぞお帰り下さい」

「少しだけで良いんです。 お願いします。 どうしても神谷さんの事で話がしたくて」
総司の言葉に、里は溜息をついた。
「今さら何の話があるんどすか。 もう沖田せんせとは関わり合いとうないんどす。 どうかお引き取り下さい」
そう言って、里は総司に背を向けた。
「待って下さい! 先日、神谷さんに会ったんです」
「え・・?」
信じられないという顔で、総司に振り返った。
「本当です。 隊で宴会があって・・ ある店へ行ったのです。 そこに遊女として働いている神谷さんと会いました」
辛そうな顔でそう話す総司を見て、里は再び憮然とした表情をした。
「おセイちゃんが新撰組から出て、今の今まで何の音沙汰もなかったくせに、店で働いてるおセイちゃんを見たからといって今さら何の話があるんどすか」
「・・・・」
「どんな思いであんな場所に行ったか、沖田せんせには分かりますか!? 新撰組から追い出されたら、あの子の居場所はどこにあるんどすか!」
目に涙を浮かべながら声を荒げる里に、総司は何も言えず下を向いてしまった。

「私は・・・ あの人に幸せになって欲しかったんです」
「幸せ? 今のおセイちゃんが幸せに見えるんどすか」
「違いますっ! まさかあのような所で働いているだなんて思いもしませんでした。 近藤先生にお願いをして、神谷さんには最高の嫁ぎ先をと思っていたのです。 なのに・・」

里は、はあっと大きく溜息をついた。
「おセイちゃんが嫁いで幸せになれるとでも思たんどすか」
「少なくとも、隊にいるよりは女としての幸せを送れると思いました」
「おセイちゃんのこと、ちっとも分かってへん」
「・・・・・・・・。」
尤もな意見に、総司は何も返せない。
「お聞きしますけど、何でおセイちゃんを追い出したんどすか」
「え・・」
「ほんまにおセイちゃんの事だけを考えての事どすか?」
里の問に、総司はわずかに顔を曇らせた。
「いえ・・ 私のただの我儘です・・」
「わがまま?」
「私が、耐えられなくなったのです・・」

総司は、自分のセイへの想いを里に伝えた。
これ以上セイが近くにいる事が耐えられなかったこと、いつかその想いを抑えきれなくなるのではないかという不安があった事を正直に話した。

「やっぱり、そうやったんどすな」
それを聞いて、里は納得したように頷いた。

「・・・・・私は、あの人に何をしてあげられるのでしょうか」
総司はぼそっと呟いた。

その言葉に、里は総司を見た。
「それは、本心で言うてはるんどすか」
「えっ!?」
「本心で、おセイちゃんを助けたいと思っていはるんどすか」
「もちろんですっ! 今すぐにでも、あそこから出てあの人には幸せになって欲しいと心から願っています。 でも、神谷さんは私の事を恨んでいる・・ もう会いに来るなと言われてしまう始末で・・ どうしたら良いのか分からないのです。」
頭を抱えてうつむいた総司を、里はじっと見ている。
「それで、うちにどうしたらおセイちゃんを幸せに出来るか聞きにきはったんどすな?」
「ええ・・」
総司の素直な言葉に、里はにっこりと微笑んだ。
「ほな、どうしたらええか、教えまひょ」




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