眷恋 一
総司と1番隊がその部屋へ足を踏み入れた瞬間、異様な空気に思わず眉をひそめた。
先日大きな捕り物があり、新撰組は大活躍をした。
その祝いの宴がこの広間では行われていた。
1番隊は巡察だった為、遅れて入ってきたのだ。
ピンと張りつめた空気に、宴とは思えぬほどの静けさ。
誰もが気まずそうに下を向いてちょびちょびと杯を傾けている。
総司は、自分の後ろにいる山口と顔を見合わせた。
一体どうしたというのだろうか。
不思議に思いながらも、他の隊士たちに宴に参加するよう伝え、自分は近藤と土方の元に巡察の報告に向かった。
「遅くなりました」
「いや・・ 御苦労さん」
近藤の顔を見るが、視線が定まっておらず、総司の顔を見ようとしない。
土方も、苦い顔でどこか別の方向を見ている。
「何かあったのですか?」
そう訊ねてみるものの、2人は顔を合わせて困った顔をする。
訳が分からないまま、一通りの報告を終え自分も席に着こうと振り返った。
「え・・・?」
隊士達の間には、何人もの妓達が酒を注いだりしているのだが、その中にここにはいるはずのない人物がいた。
信じられない思いでその妓を見ていると、視線に気づいた妓がこちらを見た。
総司と目が合うと、その妓はにっこりと微笑み、すぐさま興味がないように視線を外すと隣にいる隊士の空いた杯に酒を汲み始めた。
呆然として見ていたいた総司は、我に返るなりその妓に近づいた。
総司の行動に、その場にいる隊士達が一斉に目で追っている。
その事には当然気づいていたが、全く気にならなかった。
妓の前に立ちはだかると、震えるこぶしを握りながら妓を見下ろした。
「あなた・・ こんな所で何をしているのですか」
声が震えているのが分かる。
妓は総司の事を見ようともしない。
隣にいる隊士が、どうして良いか分からず総司と妓を交互に見比べている。
「お酒、進んでませんね」
そういうと、妓は隊士の杯を持ち更に酒を勧めようとした。
ガシャンッ
「きゃっ」
総司は妓の持っている杯を振り払うと、腕を掴んでその場に立たせた。
「何をするのですか」
妓は総司を睨み、責めるような口調で言うが、総司は掴んだ腕に力を込めた。
「は、離してください」
妓が嫌がるのを無視して、総司はそのまま部屋を出ようとした。
「おいっ 総司っ!」
近藤と土方が立ち上がり総司を止めようとするが、総司は聞く耳を持たず部屋を出た。
「痛いですっ! 離して!」
妓は叫ぶが、それでも総司は腕を掴んだまま離そうとはせず、近くにいた女性に部屋を取るように伝えた。
その様子を見て女性は不審な目を向けるが、相手が新撰組の隊士という事もあり何も言わず空いている部屋へ案内した。
部屋に入るなり、総司はその妓を部屋に投げつけた。
ドサッという音を立てて、女が転がる。
妓は掴まれた手を痛そうに摩りながら、総司に背を向けた。
「こんな所で何をしているのですか」
感情のこもらない声で総司は訊ねた。
しかし妓はその問に答えずこちらを見ようともしない。
「どうしてこんな所にいるのかと聞いているのです。 神谷さん」
総司は、わなわなと震えながら妓を見下ろした。
神谷と呼ばれた妓は、それでも何も答えない。
総司は妓の前に座ると、無理やり肩を掴んでこちらを向かせた。
「あなた、嫁いで幸せになっているはずではなかったのですか!? 一体こんな所で何をやっているんですっ!!」
妓は下に向けていた視線を、ゆっくりと総司に向けた。
じっと総司を見ると、微かに口角を上げた。
「私がここで働いている事が、一体あなたに何の関係があるのですか?」
この妓の本名は富永セイ。
数か月前までは新撰組隊士だった。
性を偽り、神谷清三郎と語っていた。
秘密をバラしたのは、他の誰でもない総司だった。
セイへの恋心を抑えきれなくなった総司は、セイを自分の元に置いておくことができなくなった。
隊務中であろうと、いつでもどんな時でもセイの事が気になって仕方がない。
彼女の言動1つ1つに過剰に反応してしまう自分が本当に嫌になった。
こんな事になるから、恋などしてはいけなかったのだ。
分かってはいたのに、恋心に気づいてしまった。
どうして良いか分からなくなった総司は、近藤や土方へセイの秘密をバラしてしまった。
どうか彼女に最高の嫁ぎ先を用意してやって欲しいと。
2人とも驚いて絶句したのだが、あまりにも総司が必死に頼むのでその願いを受け入れた。
それからすぐにセイは隊を出ることになった。
最後までセイとは話をしていない。
事情を全く知らないセイは、きっと勝手に隊から追い出した自分を恨んでいるだろう。
しかし、そんな事総司にとってはどうでもよかった。
自分の目の入らない所で幸せになってくれればそれで良い。
とにかく早く彼女を忘れて、元の自分に戻りたい。
それだけだった。
それなのに。
何故彼女はこんな所で女郎のような事をしているのか。
そして自分に向ける、この氷のような冷たい視線。
恨んでいることは分かっている。
しかしすっかり前の彼女とは違ってしまったセイを前にして、総司は心底動揺していた。
「なん・・て・・?」
総司は、彼女の言葉とは思えない発言を信じられないような気持ちで聞いた。
「あなたに何の関係があるのですかと言ったのです」
きっぱりとそう言ったセイは、はぁっと息を吐いた。
「仕事の途中なので戻ります」
立ち上がろうとしたセイを、総司は両腕を掴み再び座らせた。
「離して下さい」
「神谷さん・・ あなた、近藤先生が用意して下さった嫁ぎ先はどうしたのですか? なぜこんな所にいるのですか」
「そんなもの、すぐにお断りしました」
「え・・?」
「嫁ぎ先は自分で探すと伝えたのです」
億劫そうに言うセイに、総司は尚も突っかかる。
「まさかっ! 私は近藤先生からあなたの嫁ぎ先を見つけたと知らされました。 そして、既に京を出たと」
セイはふふっと笑った。
「私が、そう伝えてもらうように局長や副長にお願いしたのです」
「嘘・・ だったのですか・・」
「・・・・」
「近藤先生に嘘までつかせて、なぜこんなとことで働く必要などあるのですか!? あなたは嫁いで幸せになって欲しかったのにっ」
その言葉に、セイはキッと総司を睨んだ。
「幸せ? 女の幸せが嫁ぐことだけだとでもお思いですか。 それに、私が嫁いでしまったら、誰がお里さんや正坊の生活を見るのです!?」
「!!」
「嫁いだ先が面倒を見てくれるとでもいうのですか」
「それは・・」
棘を含んだ口調に、総司はそれ以上何も言えなくなった。
「まさか、またお里さんに遊女に戻れとでも?」
「そんな事・・ でもあなたがこんな仕事をする必要などどこにもないじゃないですか」
「私を隊から追い出した人に、そんな事を言われたくありません」
「神谷さん・・」
そうだ。
彼女を隊に置いたのも自分の私情。
追い出したのも自分の私情。
どれほど勝手な事をしたのか、改めて気づいた。
総司の気持ちなど知らない彼女は、ただ裏切られたと思っているだろう。
「あなたには・・ 幸せになって欲しかったのです」
「・・・・」
セイは、聞きたくないとばかりに大きく溜息をついた。
「今頃嫁ぎ先で良くしてもらっているとばかり思っていたのに・・・」
セイを掴んでいた両手を離すと、畳の上についた。
「好きでもない男の元へ嫁ぐのと、女郎になるのと何が違うのですか」
「なっ」
セイの吐き捨てるような言葉に、総司は目を見開いた。
「何の感情も持たない男の元に嫁ぐという事は、一生その男の為に体を開き続けなければならないのです。 それに比べて、ここではお金で買ってもらった時間だけ。 時間が来ればそれで終わりです。 よほどこちらにいる方が気が楽ですよ」
信じられない言葉を吐いたセイに、総司は絶句した。
「女の意見など誰も聞いてくれません。 見合などして、こちらが嫌だと言ってもそんなの受け入れてもらえないのです。 だったら最初から受けなければ良いのです。 好きでもない人と一緒にいるくらいなら、一生1人でいる方が幸せですから」
「神谷さん・・ あなた、もしかして他に好いている人がいるのですか」
セイの言葉に何か引っかかるものを感じた総司は、気づいたらそう訊ねていた。
「今そんな事関係ないじゃないですか」
突然の問いに、セイの瞳が微かに動いたように見えた。
「だから女郎になってまで、他の男の元には嫁ぎたくなかったのですね」
そう訊ねながらも、総司の心の中にはモヤモヤとしたものが広がっていった。
他の男の元に嫁いで幸せになってほしいなどと思っていたくせに。
実際に他の男に恋心を頂いている彼女を前にすると、そんな考えなどどこかへいってしまったようだ。
「関係ありませんっ! それに、そんな人はいません」
突然声を荒げたセイに、総司は確信した。
「やはり・・・ そうなんですね・・」
呟きながらも、目の前が暗くなったのが分かった。
「帰って頂けますか」
「えっ」
突然立ち上がったセイを、総司は呆然と見上げた。
「もうこれ以上お話する事はありませんから。 どうかお帰り下さい」
「神谷さんっ」
「それとも・・」
セイはニコっと微笑むと、総司に近づいた。
「私を買ってくれるとでもおっしゃるのですか」
「な、何をっ」
総司は真っ赤になってセイから離れた。
「でしたら、どうかお帰り下さい。 そして、二度とここへは来ないで下さい」
「・・・・」
セイは総司を一瞥すると、部屋から静かに出て行った。
セイの発した言葉の全てが信じられなくて、総司はしばらくその場を動けずにいた。
二へ