看護婦さんの彼女
沖田は走っていた。
早く会いたい。
その思いだけで、息を切らしながら一生懸命に走った。
そこの角を曲がれば、きっと大好きな大好きな彼女は待っているはずだ。
そして、名前を呼べばいつもの可愛らしい笑顔で振り返ってくれる。
沖田は、今年弁護士になったばかりの新米見習い弁護士。
まだまだ勉強ばかりで、実際に仕事などさせてもらえない。
毎日遅くまで事務所にいる為、付き合って半年の彼女とはほとんど会っていない。
彼女とは、まだ司法試験を勉強している時にアルバイトをしていたコンビニで知り合った。
看護婦さんの彼女は、とても可愛くて優しくて真面目で、沖田にとっては自慢の彼女だ。
同じマンションに住んでいるというのに、時間帯が全く合わずここ数週間顔も見ていない。
本来なら、付き合いはじめで毎日でも会いたいというのに・・
やっと午後半休が取れた今日、そんな彼女に花火大会に誘ってみた。
彼女からの返事は、もちろんOK。
やっと会えると思い、頑張って午前中で終わらせようとしたのに、急な仕事が入り結局花火が始まる直前になってしまった。
やっと彼女が待っているであろう場所へ着いた。
汗を流しながら、必死で周りを見渡す。
花火大会という事で、ものすごい人がいる。
ぐるっと周りを見てみると、人ごみの中にこちらを背を向けた浴衣姿の女性が見えた。
そっとその女性に近づいてみる。
すると、気配を感じたのか女性が振り返った。
そして飛び切りの笑顔をこちらに向けた。
「沖田さんっ!」
あぁ、何て可愛いんだろう。
久しぶりに会った彼女は、髪をアップにし紺色の上品な浴衣を身に着けていた。
「お待たせしてごめんなさい」
申し訳なさそうに言う沖田に、彼女である富永セイは笑顔で首を振った。
「いえ、全然大丈夫ですよ。 お仕事ですもん。 お疲れ様でした」
最近全く会えなかった理由は沖田にあるというのに、セイは全く責めようとしない。
「もうすぐ始まっちゃいますね。 行きましょうか」
そう言って差し出した手を、セイは躊躇いなく嬉しそうに握った。
『とても綺麗ですね』
会った瞬間、喉元まででかかった言葉。
なのに、久しぶりに会ったせいもあって照れてしまって言えなかった。
隣を歩いている彼女をふと見ると、視線に気づいたセイも沖田を振り返りにっこりと微笑んだ。
「お疲れじゃないですか?」
「えっ!?」
「だって、仕事大変だったんでしょ? それに走ってきてくれたみたいだし」
「あぁ、そんなのは全然大丈夫です。 あなたに会った瞬間に疲れなんて吹き飛びましたから」
「もう、沖田さんたら。 そういう事さらっと言っちゃうんだから。 本当かな〜」
セイは、照れたように笑った。
素直に思ったことを言っているだけなのに、この人はちっとも分かってくれない。
「今日、会えるのすっごく楽しみにしてたんですよ〜! 久しぶりに元気そうな沖田さんの顔見れて、とっても嬉しいです」
「そんなの私だってそうですよ」
「もうっ! 沖田さんよりも私の方が絶対楽しみにしてました!」
ぷくっとほっぺを膨らませて、上目遣いにこちらを見てくる。
全く、もう・・
どれ程私があなたに会えるの楽しみにしていたのかなんて、全然分かってないでしょう?
毎日あなたのことをどれ程考えてるか、ちっとも理解してくれない。
ドーーーーンッ
その時、大きな音と共に視界が明るくなった。
上を向いてみると、大きな花火が空に広がっている。
「うわぁっ きれーい」
キラキラした笑顔で、セイが花火を見ている。
次々に打ち上げられる花火を、セイはうっとりと見続けていた。
もう沖田は花火どころではなかった。
花火なんかよりも、花火に見とれているセイに沖田は見とれていた。
こんなに可愛い人が自分の彼女で本当に良いのだろうか?
「きれいですね」
そう呟きながら、セイが沖田を見上げてきた。
「えぇ、あなたがね」
言った瞬間恥ずかしくなった。
しかし、セイは「ぷっ」と噴出した。
「もー、沖田さんて本当に面白いんだから」
本当にこの人は全く分かっていない。
沖田はがっかりとうな垂れた。
「あーっ 見てください! あの花火可愛いっ!」
可愛いのはあなたですよ、本当に。
何を言っても私の言う言葉はお世辞か冗談に取られてしまう。
となれば、行動で表すしかないのか。
沖田は、握っている手を離し、セイの腰に手を回して自分にぴったりとセイを寄せた。
突然の行動に、花火に夢中になっていたセイは驚いて「あっ」と小さな声を上げた。
「大好きですよ」
そう言って、セイのほっぺにチュッとキスをした。
真っ赤になって頬に手を当てているセイを、沖田は勝ち誇ったように微笑んで見た。
「お、お、沖田さんっ! こんな人ごみでっ!」
「大丈夫。 皆花火に夢中で誰も気づいてないですって」
そう言うと、今度はセイの唇に自分の唇を重ねた。
驚いて目を見開いていたセイだったが、そっと目を閉じて沖田に寄りかかって来た。
「富永さん、明日は朝早いんですか?」
花火も終わり、大勢の人の中に紛れれ帰途につきながら沖田はセイに訪ねた。
「はい、明日は日直なので5時起きなんです」
残念そうに、セイが答えた。
「もし良かったら、うちから出勤しませんか?」
沖田の言葉に、セイは思わず立ち止まった。
当然だった。
まだ付き合って半年。
会える日だってお互い仕事が忙しくてほとんどない。
家に泊まったことなど1度もない。
「このままあなたを家に帰せなくなってしまいました。 ダメですか?」
結構勇気を振り絞って言った言葉だった。
セイは真っ赤になったまま沖田を見上げてくる。
そして。
「・・・・はい」
セイの返事に沖田は満足そうに微笑んだ。
「明日の仕事に差し支えないようにしますから」
さらっと言った言葉に、またもやセイは反応してしまう。
「えっ!?」
その様子を、沖田は面白そうに見ている。
「私がいくらあなたの事が好きだと言っても信じてくれないんですもん。 行動で示すしかないかなと思って」
セイは、パッと沖田から手を離した。
「い、いえ、大丈夫ですっ! やっぱり今日は帰ります!」
「何言ってるんですか。 もう約束したんだからダメです。 今日は絶対にうちに泊まってもらいます。 さ、帰りましょう」
再度セイの手を握り、歩き出す。
沖田の隣ではセイが真っ赤になったまま何やら考え込んでいる。
やっとあなたにどれ程私が好きかを分かってもらえる日が来ましたよ。
毎日あなたから来るメールがどれほど嬉しいか。
あなたの声が聞こえる事が、どんなに心の支えになっているか。
沖田は、セイに聞こえないようにふふっと小さく笑うと、自宅に急いだ。