jealousy




「神谷さ〜ん、まだ怒ってるんですか?」
総司がセイと喧嘩をしたのは5日前。
喧嘩といっても、セイが一方的に総司に対して怒っていた。

総司から話しかけられようと、セイは総司の顔を見ることもしない。
「神谷さん、そろそろ許してくれても良くないですか?」

本当はもうセイは怒ってはいなかった。
しかし、ここまでくると、今度はどうやって許して良いものか分からなくなってしまっていた。

「ねぇ、神谷さん!」
総司はいつになくしつこく話しかけてくる。
笑顔で振り向いて、総司に笑いかけたい。
なのにそれが出来ない。

「もうっ! 本当にあなたは意地っ張りですね! もう知りませんからね!」
あまりにしつこく意地を張り通すセイに呆れ、総司はセイを残してその場を去って行ってしまった。
その場に残されたセイは、どうやって今まで通り総司と接していいか考えていた。



総司は屯所を後にして、町へ向かっていた。
セイと仲直りして、一緒に団子でも食べに行こうとしたのだが、一向に直りそうにない機嫌にほとほと嫌気がさし、1人で食べに行く事にした。
「全く、あの人は。 本当に意地っ張りなんだから」
総司はぶつぶつ言いながら、どの店に入ろうか店を物色していた。

「え・・」

ある店の前を通りかかった時、店の中にいた1人の人物を見て、総司は立ち止まった。
恐らく店の者だと思われる娘に総司は釘付けになった。

くりっとした目に、形の良い唇。
そして笑顔がとても可愛らしかった。
今までどんなに奇麗な娘を見ても、見惚れる事など1度もなかった。
なのにその娘に対しては何故だかとても惹かれた。


総司の視線に気づいた娘が、総司を見やった。
目があった途端、総司は一揆に顔を赤らめて視線を逸らした。

娘は総司の元へ走り寄ってきた。
「いらっしゃいませ。 宜しければいかがですか?」
総司が店に入ろうかどうか迷っているとでも思ったのだろう。

「え・・・ あ、はい・・」
総司は恥ずかしくて目を合わせられないまま、答えた。
「どうぞ」
と言って、娘は総司の腕を引き店の中に案内した。

「何になさいます?」
「あ、えーと・・・ ではお勧めのものを・・・」
総司は、ちらっと娘を見上げて言った。
「はい、かしこまりました。 お待ちくださいね」
そう言って微笑む娘に、またも総司の心臓は跳ね上がる。

店の奥にぱたぱたと走って行く娘の後ろ姿を見ながら、総司はふぅっと息を吐いた。

何故こんなに胸がドキドキするのだろう。
何故あの娘の笑顔を見ると、こんな気持ちになるのだろうか。
初めての感情に、総司はどうして良いか分からなかった。

娘が団子を持ってきた。
どうも食欲が湧かない。
団子を前にして、動かない総司を娘はふふっと笑って見ている。

「毒なんて入っていませんよ、お武家様」
「あっ! いえ、そんなつもりは!!」
総司は慌てて顔を上げて娘を見上げた。


「ふふっ 冗談ですよ」
そう言って口元を押さえて笑う仕草にまたも総司はドキッとした。

総司は、自分の胸中を悟られまいと、出された団子を一揆に頬張った。
その様子を見て、娘は更に笑っている。

「そ、そんなに笑わないで下さいよぅ」
総司は恥ずかしくなり、下を向いたまま小さな声で抗議した。

「すみません、お武家様がとても面白い方なので」
「沖田・・です」
「沖田様ですか。 私は早知と申します」
「早知さん、また来ても良いですか?」
「もちろんです! いつでもいらして下さい」

その後、早知と色々とはなしをした。
気がつけば、かなりの時間その店にいたことを知った総司は、慌てて金を払い店を後にした。
かろうじて巡察の時間に間に合った総司は、セイと話す事なく1番隊を引き連れて再び町へ出た。
しかしその後も考えるのは早知の笑顔ばかり。
何故それほどまでに早知に惹かれるのか自分でも分からない。
しかし、総司はまたあの笑顔が見たいと思った。




喧嘩はしていても、やはり愛しい総司の事は気になる。
そっと遠くから総司の様子を見ていたのだが、何だか様子がおかしい。
ぼーっと空中を見ては、時折ため息をついている。

今日どこかへ行っていたのは知っているが、その時何かあったのだろうか。
気にはなるが、本人に聞くことは出来ない。

その後、セイと総司は顔を合わせるのは隊務の時だけで、それ以外は別々にいるようになった。
あれほどしつこくセイに付きまとっていた総司は、一切セイに近寄る事がなくなった。

本当に自分の事を嫌いになってしまったのだろうか。
セイは不安に駆られた。
しかし今更自分から話しかける勇気も来ない。
話しかけて無視されるのも辛い。
セイは悶々とする気持ちを必死に抑えていた。


あれから総司は非番になる度に、早知の元を訪れていた。
「また来ちゃいました」
そう言って店に入ってくる総司を、いつもの笑顔で迎える早知。

早知の笑顔を見ると、幸せな気分になれる。
これはどういう感情なのだろうか。
自分でも半分気づいていた。
もしかして、これが恋なのではないだろうかと。

「いつものお団子で宜しいですか?」
「はい、お願いしますv」

総司は、早知が用意してくれた団子を食べながら早知と世間話をする。
総司が何か話す度に可愛らしく微笑む早知に至福の時を感じていた。




前は非番になる度に総司と連れ立って甘味を食べに行っていたのだが、最近気がつけば総司が屯所から消える。
暇をもてあましたセイは、何気なく町をぶらぶらと歩いていた。
どんよりとした気分のまま、セイはあてもなく歩き続ける。

「あははっ 沖田様ったら」
ふと耳に入ってきた名前に、セイは思わず立ち止まった。

「本当なんですよ、早知さん」
間違いなく、この声は総司の声。
声が聞こえた方を見てみると、総司が女子と楽しそうに話している。

「え・・?」

「沖田様って本当に楽しい方ですね」
「そうですか? ありがとうございます」

女子と見つめ合い話す総司の目は明らかに恋をしているそれだった。

「うそ・・」

セイは、目の前が真っ暗になった。
あまりの衝撃に、その場から動けなくなってしまった。
2人の楽しげな様子など見たくないのに目が離せない。

総司の食べ終わった皿を下げようとした女の手が、総司の手に触れた。

「あっ すみません」
「いえ、こちらこそ」
互いに顔を赤らめている2人を見ているうち、セイの目からは大粒の涙がこぼれた。

そうか、そういう事だったのか。
最近総司の様子がおかしかったのは、こういう事だったのかと納得した。

ふと気配を感じた総司が外を見た。

「あ・・・」
外に立っているセイを見た総司は、小さく声を上げた。

「!!」
目が合った途端、弾かれたようにセイはその場を走りだしてしまった。


「お知り合いの方ですか?」
「あ、はい・・」
「可愛らしいお武家様ですね。 でも何だか泣いていらっしゃるように見えましたけど・・」
「・・・」

早知といるところをセイに見られた事に、何故か罪悪感を感じた。
別にセイに見られたからといって、そんなもの感じる必要などないのに。

「沖田様?」
突然無言になってしまった総司を心配して、早知は声をかけた。

「すみません、今日はもう帰ります」
店を出た総司は、セイの後を追うこともなく屯所へ戻った。



「っく  うぅっ」
こぼれる涙を抑える事が出来ない。
先ほど見たのは何だったのだろう。
信じたくない事実。
その日セイが屯所に戻ったのは、門限ギリギリの宵五つだった。

戻ったセイは、そのまま誰とも目も合わさず、さっさと布団をしき、頭まで掛け布団をかぶって寝てしまった。
その様子を見て、誰もが心配して声をかけた。
しかし、セイは大丈夫と言うだけで、布団から顔も出さずにいた。

総司は、セイが戻ってきたことに気づいていたが、何となく顔を合わせる事が出来ず土方の部屋にこもっていた。

「おい総司。 さっさと部屋へ戻れ」
「えー、どうしてですか?」
「そんな陰気な顔でいられると鬱陶しいんだよ」
「陰気って・・ 普通ですけど・・・」
事実、早知といるところをセイに見られてから気分が晴れない。
何故かいけない事をしている気持ちになった。

「別にあの子に見られようと、気にすることなんてないはずなのに・・」
「あ?」
「いえ、何でもないですっ!」
総司は、土方の部屋を後にした。
セイと顔を合わせづらい。
隊士部屋へ戻ると、セイは既に布団に包まっていた。
取り合えず、顔を合わせずに済んだことに安堵した。


翌朝、総司が目を覚ますと既にセイの布団は畳まれており、セイの姿はなかった。
井戸に顔を洗いに行くと、斉藤と話しているセイを見つけた。
総司の姿に気づいたセイは、明らかに動揺した表情をしたが、斉藤に一言二言何か言うと、さっさとその場を去っていった。

セイの後ろ姿を見て、総司はため息をついた。
何故、こんなに胸がざわめくのだろう。
考えても分からなかった。



土方の使いで町に出た総司は、早知のいる茶屋の前を通りかかった。
客を相手にしている早知が目に入った。
総司の存在に気づいた早知は、いつもの笑顔で総司の元へやってきた。

「こんにちは、沖田様」
「どうも・・」
「どうかされたんですか? 何だか元気がないみたい」
いつもと様子の違う総司を心配気に見上げた。
「いえ、そんな事ないですよ」
必死に笑顔を作ろうとするが、上手く笑えない。

「今日は食べて行かれます?」
「いえ、これから仕事がありますので」
そう言って、総司がその場を後にしようとした時、早知が総司を呼び止めた。
その声に振り向いた総司の目に映ったのは、早知ではなくセイだった。

「え?」

しかし、それは見間違いであり、すぐに早知の顔に戻った。

「良かったらお団子お持ちになって下さい。 お代は結構ですから」
そう言って微笑む早知の顔をまじまじと見る。


あぁ、そうか・・


総司はやっと気づいた。
早知の顔は、女装をした時のセイに良く似ているのだ。
セイと喧嘩をしてからというもの、セイの笑顔を見ることがなくなっていた。
総司はセイの笑顔がとても好きだった。
その笑顔を、良く似ている早知に求めていたのだ。
早知に対して持っていた感情は、セイに対して思っていた感情。
自分でも気づかなかったセイへの想いを、知らず知らずのうちに早知にダブらせてしまっていたのだ。
その思いに行き着いた総司は、晴れやかな気分になった。




「沖田様?」
心配そうに見上げる早知に、総司は微笑んだ。
「いえ、結構です。 でもありがとうございます」

総司は早知に別れを告げ、急いで土方の用を終わらせようと走った。
早くセイに会いたい。
セイの笑顔を見たい。
総司の頭の中は、セイの事でいっぱいだった。






「はぁっ」
もう何度目になるか分からないため息をついた。
朝から総司は土方の使いに出ている。
1人でいると、昨日の事ばかり考えてしまう。
気づかなければ、こんな思いもしなくて良かったのに。

もう涙も枯れ果てた。
「脱走して切腹も良いかな」
投げやりになって思わず声に出していってしまった。

「ちょっと、なんてこと言ってるんですか、あなた」
突然後ろから聞こえた声に、びっくりして飛び上がった。

「おっ沖田先生!?」
「切腹なんて、本気で言ってるんですか?」
僅かに怒気を含んだ声で問いかける総司に、セイは顔を逸らした。

「別に先生には関係ありませんから」
これ以上総司と一緒にいたくないとばかりに、セイは立ち上がった。
「すみません、用がありますので」
そう言って立ち去ろうとしたセイの腕を、総司が掴んだ。

「ちょっと待ってください。 話があります」
「離して下さい」
掴まれた腕を必死で振り払おうとするが、総司の力に叶うはずもなくセイは抵抗をやめた。

「昨日あなたが見た娘さんの事なんですけど・・」
セイの体が強張る。
「私には関係ありません」
そう言って、耳をふさごうとしたセイの手を総司は掴んだ。
「聞いてくださいっ!」
突然大声でそう叫んだ総司の声に、セイはびくっと体を震わせた。



「私はあの人の事を、正直愛しいと想っていました」
もうこれ以上聞きたくないとばかりに、セイは思いっきり目を瞑った。

「でも、彼女に対して想っていた感情は、違ったんです」
「・・・・どういう意味か、良く分かりません」

「あなたが、私に対して全然笑ってくれなくなって、どうしてもあなたの笑顔が見たくなったんです」
「それと、あの娘さんとどういう関係があるのですか」
セイはムッとした顔で総司を睨んだ。

「始めは気づかなかったのですが、彼女あなたにそっくりなんですよ」
「私に・・?」
「私はあの人にあなたを重ねていたのです」
「・・・え?」
「そして気づいたんです。 私は神谷さんの事を愛しく想っているという事に」
何を言われているのか、セイは良く分からなくなった。

沖田先生が、私の事を愛しく? え?

「きっと私はずっと神谷さんの事を好きだったんです。 でもそれに気づかなかった。 あの茶屋の娘さんに出会ってそのことに気づいたんです。」

頭がボーっとしている。

「神谷さん?」

名前を呼ばれているのに、何が何だか分からず返事も出来ない。
足の力が抜けて、セイはその場にへたり込んでしまった。

「大丈夫ですか!?」
「は、はい・・・」

なんとも言えない脱力感に襲われ、そう返事するのがやっとだった。

総司もその場に座り込み、セイの手を握った。

「この思いを受け入れてくれとは言いません。 でも、あなたの笑顔を私は見ていたいのです」
「沖田先生・・」
「これからも、今まで通り私の前で笑っていてくれませんか?」

セイは、やっとのことで思考が働き始めた。
そして、総司の言っている事を段々と理解し始めた。

これは思いを告げられているという事なのだろうか。

「私は・・ これからも先生のお傍にいても良いのですか?」
「もちろんです。 私がいて欲しいんです」

その言葉を聞いて、とっくに枯れ果てたと思っていた涙が再びセイの瞳から零れ落ちた。

「どうして泣くのですか? 笑ってくださいよぅ」
困ったような顔をした総司に、セイは泣きながらも飛び切りの笑顔で微笑んだ。

その笑顔に、総司の顔も綻ぶ。

「やっぱりあなたには笑顔が1番似合いますよ」
そう言って、総司はセイを抱きしめた。