初恋 後編


総司は、空を見上げていた。
何も考えていないような情けない顔をしている。
稽古や巡察はしっかりとこなしているのだが、非番になった途端このありさまで、他の隊士達からも一体何があったのかと噂されていた。

はぁーっとため息をついては、肩肘をついて空を見る。
まるで恋に悩んでいる少女のようだった。


「沖田さん、何か悩みでもあるのか」
「ふぇ?」
声をかけられた総司は、斉藤を振り返った。
「あぁ、斉藤さんではないですか」
それまでぼーっとしていた総司だったが、相手が斉藤だと分かるとみるみる機嫌の悪そうな顔になった。
「何だ?」
総司の顔色を見て、斉藤の眉間に皺がよる。
「いえ、何でもありませんよ」
ぷいっと斉藤から顔をそらす。
「何があったのかは知らんが、隊士達が気味悪がっていたぞ」
「何をですか」
不機嫌そうな声を隠そうともせず、総司は尋ねた。
「何かあったのなら、俺が話を聞いてやる。 そのままだと他の隊士が怖がるだろう」
斉藤の言葉に、総司は答えない。
そしてその場に立ち上がった。
「そうでした、私は用があったのでした。 すみません、斉藤さん。 失礼しますね」

そう言うと、斉藤の元をそそくさと後にした。
残された斉藤は、訳が分からず首をかしげて総司の後姿を見送った。



斉藤を見ると、モヤモヤとしたものが心の中を占める。
あの日からセイの元へは行っていない。
セイの仕事を理解しているつもりで、全く自分はわかっていなかったのだ。
しかも、彼女は自分の恋人でもなんでもない。
愛しいという感情を持っていることに気づいても、セイ本人にその事を話した事もなければセイが自分の事をどう思っているかなど
聞いた事もないのだ。
恐らく、自分の事など客の1人としか思っていないだろう。

総司は、はぁっと息を吐くととぼとぼと歩き出した。



「だからやっちまえって言っただろう」
土方は、自分の部屋で死にそうな顔をしながらゴロゴロと寝転がっている総司を蹴った。
「いたい・・・」
その言葉も、小さく覇気がない。
「何をしている女かくらい最初から分かっていた事だろう」
総司の隣にどかっと座ると、胡坐を掻いて総司を見下ろした。
「そうですけど・・ でも嫌なものは嫌なんです」
「じゃあ諦めろ。 女なんか五万といるだろう。 どうせなら商家の娘でも探せ」
土方の言葉に、総司はバッと立ち上がり土方を睨みつけた。
「いくら土方さんでもそんな言い方はひどいですよ。 セイさんは身内を皆亡くしてしまっているんです。 しかも彼女のご家族が亡くなった場に
私は居合わせていたのですよ。」
きっぱりとそう言い切る総司の顔を見て、土方はにやっと笑った。
「じゃあいっそ身請けしちまうか」
「えっ!?」
「自分のものにしたいんだろう? それしかねえだろうが」
そんな事、全く頭になかった総司は固まったまま土方を凝視している。
「もたもたしてると、他の男に取られるぞ。 例えば斉藤とかな」
「はぁっ!?」
総司は驚いて、思わず声を上げた。
「店で斉藤には会わなかったか? あいつもセイって女の事をひどく気に入っているようだ。 女のほうも斉藤のことは特別客扱いしているとか聞いたな」
「そんな話、一体どこで・・」
総司は思わず身を乗り出し土方の腕を掴んだ。
「さぁな。 とにかく、急がねえと他の奴に取られるという事だ」
「もし断られたらどうしたら良いんでしょう?」
掴んだ手をギュッと握り、懇願するような目で土方を見つめている。
「そんな事は知るか。 男なら当たって砕けろってんだ」

「副長、入って宜しいでしょうか」
部屋の外から、隊士の声が聞こえた。

「あぁ、入れ」
土方が答えると、隊士部屋へ入り文を渡した。
「町人風の男から副長にと預かりました」
「分かった」
文を受け取ると、隊士を部屋から出した。
そして、中を開いて読む。

その様子を、総司はじっと見ていた。
土方の表情がみるみる真剣なものに変わっていった。

「総司、礼の件だ」
「動き出しましたか」
土方の言葉に、総司の顔も引きしまる。
「今晩会合があるそうだ。 行けるな?」
「はい、もちろんです。 すぐ1番隊を出動させます」
「3番隊も出させる。 斉藤を呼んでくれ」
一瞬総司は苦い顔をしたのだが、すぐにもとに戻る。
「承知しました」

総司は部屋を出ると、斉藤に土方の元へ行くように伝えた。
そして1番隊を召集し、すぐに屯所を出た。










「おセイちゃん、あのお部屋のお客さんお願い出来るやろか」
セイは、女将に呼ばれある部屋を訪れていた。

部屋に入ったセイは、はっと息を呑んだ。
中心に座っている男に見覚えがある。
忘れたくても忘れられない程憎い男。
それは、自分の父と兄を殺した男だった。

「あぁ、来たか。 こっちへきて酌をしろ」
別の男が、セイに気づいて声をかける。

「はい」
セイは、自分の感情を殺し部屋へと入った。





客に酌をしながらも、セイは男が気になって仕方がなかった。
適当に話を合わせながら、チラチラと盗み見る。
その男はというと、他の女性と楽しそうに酒を飲んでいる。

どうにかその男に近づけないかと、機会をうかがっていた。


その時。
部屋の外が少しざわつき始めた。
一同何があったのかと顔を見合わせる。
すると、複数の足音がして部屋の襖が一気に開かれた。


突然数人の男が入ってきた。
その場にいた男たちが、突如殺気立ち刀を抜く。
何やら叫んでいるが、何を言っているのかセイには良く分からなかった。
芸妓達は、我先にと逃げようと部屋の外に逃げ出すものもいれば、部屋の隅で震えているものもいる。

数人の男が窓から飛び降りた。
しかし外で待ち構えていた者達がいたようで、外からも剣を交える音と叫び声が聞こえてきた。

セイは信じられないような気持ちで、この光景を見ていた。
そこには自分の命の恩人である沖田総司がいて、男たちを次々と切り捕獲していく。

怖いという気持ちはなかった。
ただ、その風のような動きに見とれていた。

「きゃあっ!!」
すぐそばから聞こえてきた声に、セイは驚いて振り返った。

そこには、まだ10歳ほどの禿を抱きかかえた男がいた。
自分の父と兄を殺した男だった。

セイは考える余裕もなくその男に飛び掛った。
しかし、いともたやすく投げ飛ばされる。

「その子を離して! その子はまだ子供なんですよ!」
必死に叫ぶが、セイなど目に入っていないようで禿の首に刀を向けて総司達を見ている。

他の男たちを全て捕獲した総司達は、動けずにただ男と対峙していた。

ピリピリした空気が部屋全体を包んでいた。

じりじりと男に近寄る総司達。

「お前らが少しでも俺に近づいてみろ。 この子供を殺すからな」
そう言うと、より一層刀を少女の首に当てた。
少女はあまりの恐怖に、泣く事も出来ずにいるようだ。


セイはたまらなくなり再度男に飛びついた。
男は予想していなかったようで、思わずよろついた。
そして、少女を離した。
その隙をついた総司達は一斉に男に飛び掛り捕獲した。


セイは泣きじゃくる禿を胸に抱き、優しく背中をさすった。
「もう大丈夫だよ。 怖かったね」
何度も何度も安心させるようにそう言った。



「この男を残して、他の者を屯所へ連れ帰ってくれますか」
総司は、隊士達にそう命ずると1人の男を残して全ての人間をこの場から下がらせた。
この部屋には、総司と捕獲した男、そしてセイと禿の4人だけとなった。
総司はそっとセイに近づいた。

「怪我はありませんでしたか?」
「え・・・あ、はい」
セイは総司を見上げて答えた。

「突然このような事になってすみませんでした」
総司は、膝をついてセイに謝った。
「いえ、大丈夫です・・ それよりも、その人は・・」
そう言うと、セイは縛られてうつ伏せにされている男を見た。
「あぁ、この男ですよね。 あなたのご家族を襲ったのは」
「えっ!?」
まさか総司が顔まで覚えていたとは思わず、驚いた。
「あなたの手で、仇を討ってください」
そう言うと、自分の腰から脇差を抜きセイに渡した。

セイは、禿を胸に抱いたままじっと総司の手元を見ていたのだが、静かに首を振った。
「いいえ、この人はこれから罪を償うのでしょう? ここで簡単に死なせてしまっては父と兄が報われません。 どうぞお連れになってください」
「でもそれではあなたが・・」
「私は大丈夫です。 私の家族を殺しておいて、逃げたのは許せませんでした。 でも今日沖田様がこうして捕まえて下さいました。 父と兄も喜んでいるでしょう。 どうもありがとうございました」
セイは、ニッコリと微笑んだ。
そして少女の腕を取り立ち上がった。
「この子を休ませて来ます」
少女の肩を抱いたまま、セイは部屋を後にしようとした。

「セイさんっ!」
総司は、思わず叫んだ。
不思議そうに振り返ったセイに、総司は先ほどまでの戦いの時とは一転し、顔を真っ赤にしてセイを見ていた。
「この男を屯所へ連れ帰ったら、すぐまた後で来ます。 大事な話があるんです。 聞いてもらえませんか?」
驚いた顔をしたセイだったが、すぐにまた笑顔になった。
「はい。 お待ちしております」
「良かった。 すぐに来ますから」
そう言うと、総司は男を縛っている縄を持ち立ち上がらせると、いそいそと店を出て行った。



全ての状況を報告した総司は、土方に断ってすぐにまた店に向かった。
セイに自分の気持ちを言いたいと思った。
今まであんなにぐずぐずしていたのに、今日の事があって総司は不安になった。
またいつ今日のような状況なるか分からない。
その時自分がその場にいれるなどという保障などどこにもないのだ。
それならいっその事、自分の元に置いておきたい。

セイが良ければ・・の話だが。

断られたらどうしようなど、もう考えていられなかった。
それだけ総司の中でセイの存在は大きくなっていた。



「セイさんをお願い出来ますか」
未だ先ほどの騒動でざわついている店の前に立っていた女に声をかけた。
女は怪訝そうな顔を総司に向けたが、素直に店に入って行った。

しばらくして、セイが外に出てきた。
「お仕事の方は、大丈夫なのですか?」
総司の顔を見るなり、心配そうにそう言った。
「はい、ちゃんと終えてきました。 でもすぐにまた戻らなければいけません」
「お忙しいのなら、いつでも良かったのに」
ふふっとセイは笑う。
「いえ、私が今じゃなければダメなんですっ」
顔を真っ赤にしてそういう総司に、セイは不思議そうに首をかしげた。

「あのっ! セイさんに話があって・・」
いざ言おうとすると、勇気が出ず思わず言葉に詰まる。

「あの、その・・」
真っ赤になったまま、しどろもどろになっている総司を、セイはにっこりと笑ってみている。
総司は、1度大きく深呼吸した。

「私は、あなたの事を初めて会ったときから愛しく思っていました!」
意を決して言った。
「え?」
セイは、言われている事が良く分かっていないようで、首をかしげた。
「も、もしセイさんさえ良ければ私のところへ来てくれませんか?」
「・・・・え?」
総司のいっている事がようやく理解出来たセイは、目を丸くした。
「もちろん、セイさんが良ければですが・・・」
徐々に声が小さくなっていく総司を、セイは信じられないような気持ちで見ていた。

「わ、私を・・ですか?」
「はい、あなたをです。 あなたの事が好きなんですっ!」
言った瞬間、あまりの恥ずかしさにこの場から走って逃げたくなった。

そんな総司をじっと見ていたセイだったが、やがて嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「私も、ずっと沖田様の事をお慕いしておりました。 こんな私で宜しければ、宜しくお願いいたします」
その言葉を、総司は信じられない気持ちで聞いた。
「ほ・・・本当ですか?」
「はい。 いつも沖田様がいらして下さるのを、いつも心待ちにしておりました。 まさかそんな風に思ってくださっているとは思いませんでした」
総司はあまりにも嬉しくて、ここが店の前で周りに人がいるという事を忘れてセイを抱きしめた。
「ありがとう! 大切にしますから!」



数日後、セイを身請けした総司は、屯所の近くに家を借りセイを向かえ入れた。
そして、幹部達や近親者で小さな祝言を挙げた。









「ねぇ、セイさん?」
「何でしょう、旦那さま」
「ずっと気になっていたことがあるんですけど・・ 聞いても良いですか?」
セイの膝枕で、耳掃除をしてもらいながら、セイに尋ねた。
「はい、何でもお聞きください」
耳掃除をしながら、静かに答える。
「斉藤さんとは・・・ 何かあったのですか?」
総司が気になって気になって仕方がなかった事。
それは土方が言っていた、セイも斉藤を気に入っているという事だった。
斉藤も婚礼の場に参加していた。
しかし斉藤とは直接セイの話をしていない。
何かあったとしても、今更どうする事も出来ないが、どうしても知っておきたいと思った。
自分でも小さい男だ・・・と思う。


「兄上の事ですか?」
「へ? 兄上?」
総司は不思議そうにセイを見上げた。
「はい、斉藤さんは私の本当の兄の友人だったのです」
「えっ そうなんですか」
総司は思わずセイの膝から起き上がった。
「えぇ。 私がお店にいる間も、何かと気遣ってくれていました。 よく様子を見に来てくださっていたのですよ」
「それが、どうして兄上になるのです?」
「ふふっ 声や雰囲気が兄上に良く似ていて・・ それにいつも私の相談を聞いてくださっていたので、本当の兄のように慕っておりました」
「じゃ、じゃあ斉藤さんがお店であなたに会いに行ったときは何もなかったのですか?」
総司は恐る恐る尋ねてみた。
「え? 何もって?」
セイは何の事だろうと首をかしげて尋ねる。
「あの・・ だから、その・・ 男女の仲というか・・」
総司の言葉に、セイは噴出した。
「旦那さまったら・・ そんな事、あるはずありません。 兄上だって、私の事そんな風には見ていらっしゃらないですよ」
くすくす笑っているセイを、総司はじっと見ていた。

そんなはずはあるだろうと総司は思った。
きっと、斉藤は少なからずセイの事を想っていたに違いない。
そうでなければ、いくら友人の妹だからといってちょくちょく様子など見に行くはずなどないのだ。
でもそれは言わないでおこうと総司は思った。
もし言ってしまって少しでも斉藤の事を意識されては困る。

「そうですか・・・ 良かった」
「他にお聞きになりたいことはありませんか?」
おかしそうに総司の顔を覗きこみながら、セイは尋ねる。
「んー・・ そうですねぇ」
総司は視線をぐるっと回してから、セイの目を見た。
「私の事、好きですか?」
予想外の質問をされ、思わずセイは頬を赤く染めた。
そしてまたニッコリと微笑んだ。
「はい、大好きです」
その言葉に満足したように微笑むと、総司はセイを抱きしめてちゅっと頬に口付けをした。

「私も大大大好きです」

そう言うと、総司はまたセイの膝を枕にして寝転んだ。
「しばらくこのままでいても良いですか?」
甘えるようにセイを見上げる総司に、セイも嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんですよ」

総司は、幸せに浸りながらゆっくりと目を閉じた。

初恋は良く実らないって言うけど、嘘だったんですね、土方さん。

そんな事を考えながら、総司は深い眠りに入っていった。