初恋 中編
稽古を終えた総司が歩いていると、隊士が総司の元へ走って近づいてきた。
「沖田先生。 副長が呼んでいらっしゃいます」
「ありがとうございます」
隊士に礼を言うと、総司は副長の部屋へ向かった。
今帰って来たのだろうか。
朝早く屯所へ戻った総司だったが、その時にはまだ土方は戻っていなかった。
何故か気恥ずかしい気持ちのまま、総司は土方の部屋の前で立ち止まる。
入ろうかどうしようか迷って、襖に手をかけたまま固まっていた。
「早く入って来い」
総司の気配を感じ取った土方が、中から声をかける。
「失礼します」
総司は、土方の前に居心地悪そうに座った。
「礼の女の件だが・・」
「えっ!! 女!?」
思わず"女"という言葉に反応して、声をあげてしまった。
それを、土方は驚いて見ている。
「な、何だ?」
「いえっ! 何でもないです」
口に手をあてて顔を赤くしている総司を、土方は不思議そうに見た。
「あぁ、なるほどな」
そう言うと、にやっと笑った。
「な、何ですよぅ」
「先にお前の話を聞いてやる。 どうだったんだ?」
土方の言葉に、総司はさらに首まで真っ赤にした。
「な、な、何のことですか!」
「セイとか言ったよな? なかなか良い女だったじゃねぇか。 まさかお前がひと目惚れとはなぁ」
面白そうに、片肘をついて総司を見ている。
「ひっ ひと目惚れって!!」
「これは俺も協力してやらないとなぁ。 どうだ、今夜も行くか?」
「何か勘違いしていませんか? ひと目惚れなんかじゃありませんっ!」
総司は手をぶんぶん振りながら、必死で否定しようとする。
「勘違いだ? 一体何年お前を見てると思ってるんだ。 お前がどう思っているかなんて手に取るように分かる」
「っ!」
土方にそう言われて、二の句が継げなくなった総司は、黙りこんで涙目で土方を見た。
「ふんっ まぁ良い。 セイのことはゆっくり落としていけばいいだろう。 これからは仕事の話だ」
そう言うと、土方は先ほどとは違い真剣な顔になり昨日聞き出した詳細を話始めた。
「あれ? 総司。 珍しく花なんて持ってどうしちゃったの?」
巡察をしていた平助は、花を持って道を行ったり来たりと不審な行動を取っている総司が目に入り、近づいてきた。
「とっ 藤堂さんっ」
平助を見るなり、びくっと肩を揺らし慌てて花を後ろに隠した。
「なーにー? 何で隠すのさ?」
不思議そうに首をかしげて総司を見上げる。
「いや、これは違うんですっ」
何も言われていないのに、真っ赤になりながら言い訳をしようとする総司に、平助は何かを閃いたように手を打った。
「あーっ! 女の人にだっ!?」
「えーっ! 何でっ!?」
何故女性への贈り物だと分かったのか、全く分からない総司は思わず叫んだ。
「やっぱりーっ! 総司が花を贈るような女の人なんて興味あるーっ! ねぇねぇ、どんな人なの!?」
「そんなんじゃないんですってばっ! これは土方さんが無理やり・・」
「土方さんも知ってる人なの?」
自分の失言に気づいた総司は、はっと口に手を当てた。
「じゃあ土方さんに聞いてみるね! じゃあ俺巡察の途中だったからっ!」
そう言うと、平助は総司ににこにこと手を振りながら、隊士達の元へ走っていった。
平助の後姿を見ながら、総司はふぅっと息を吐いた。
平助の反応は当然の事だろう。
まさかこの自分が女性に贈る為の花を持ち歩いているとは。
セイにひと目惚れしたと思い込んだ土方が、半ば無理やり花売りを屯所に呼びつけて、上物の花をあれこれ勝手に選んで総司に持たせたのだ。
総司が非番なのをいいことに、またあの店へ行けと言って来た。
しかも命令だと言って。
「別に私はひと目惚れなどしていないのに・・ 土方さんたらおせっかいなんだから」
ぶつぶつ文句は言うが、やはりセイに会いたいという気持ちは否定出来ない。
どちらかというと、店に行くきっかけを作ってくれた土方に感謝しなければいけないような気もする。
でも、セイは自分などが店に行って嫌ではないのだろうか。
ただ話をして酒を飲んで寝るだけの客なのに。
ここでこうやって考えていても仕方がない。
総司は、意を決して店に向かった。
「沖田さま! 来て下さったんですか!?」
総司を見るなり、飛び切りの笑顔で迎えてくれたセイに、総司は安堵し、そして嬉しくなった。
「あ、あの、こんにちは。 これ、良かったら・・」
頬を染めながら、総司は土方に持たされた花をセイに渡した。
「わぁっ! これ私にですか? 嬉しいっ! ありがとうございます」
嬉しそうに受け取り、花の香りをかぐセイにまたもや見惚れてしまった。
「お酒飲まれますか?」
早速セイの部屋へ案内された総司に、花を抱えたまま笑顔で尋ねる。
「いえ、昼間からはちょっと・・ それに、実はお酒はあまり得意ではなくて」
頭をぽりぽりかきながら、総司は照れくさそうに答える。
「それでしたら、沖田さまにとっておきのものがあります。 すぐご用意致しますので、お待ちくださいね」
そう言うと、セイは急いで部屋を出て行った。
やっぱり可愛い・・
一体なんだろう、この気持ちは。
セイの笑顔を見ているだけで、天にも昇るような気持ちになれる。
ずっとそばにいて欲しいと思ってしまう。
もしかして、本当にこれがひと目惚れというものなのだろうか・・・
「お待たせしました〜」
そういって、セイは手に盆を持って部屋に戻ってきた。
「これ、今日手に入ったお茶なんですが、梅の香りがするんですよ。 とっても美味しいので飲んでみてください」
そういいながら、湯のみに茶を注いで総司に渡した。
「あぁ、本当だ。 すごくいい香りがする」
総司は、一口飲んでにっこり微笑んだ。
「美味しいです」
「でしょう! 私も飲んでとっても気に入ったのです。 沖田さまだから特別にお出ししたんですよ!」
「えっ!」
「ふふっ だって、私の命の恩人ですもの」
「あぁ、そう・・ですか」
何だ、このがっかり感は・・
「あっ それからこれもどうぞ」
セイは、紙に包まれたものを総司に差し出した。
「これは?」
「贔屓にしているお団子屋から頂いたものなのですが、新作なんですって。 まだ私も食べていないので、良かったら一緒にいかがですか?」
「私が先に食べてしまって良いんですか?」
「はい! 甘味好きの沖田さまの舌はきっと確かだと思うので、どうぞお食べになって感想を聞かせてください」
「では1つ頂きます・・・」
セイから受け取った団子を口にして、総司は嬉しそうに微笑んだ。
「すっごく美味しいです!」
「わぁっ! やっぱり!」
総司の顔を見て、面白そうに笑っているセイを、総司は不思議そうに見た。
「何です?」
「だって、予想通り甘味を口にした沖田さまが、とっても幸せそうな顔をしてらっしゃるから」
そう言われて、総司は顔を真っ赤にした。
「そ、そうですか?」
「はい! そんな顔をして食べて下さると、私も嬉しくなります」
コロコロと可愛らしく笑っているセイを、総司は抱きしめたい衝動に駆られた。
「こ、今度私のお勧めの甘味を持ってきますよ」
「本当ですか? すっごく楽しみです!」
その後も総司はセイの淹れてくれたお茶を6杯飲み、お団子を13個食べ話しだけして店を出た。
屯所へ帰る途中、総司は新撰組1番隊組長とは思えないほどしまりのない顔をして歩いていた。
ここへ討幕派の浪士が出くわしたとしても、沖田総司だと気づかずすれ違っていくだろう。
総司の頭の中は、セイの事でいっぱいだった。
もうこれは土方の勘違いでも何でもないだろう。
自分は間違いなくセイの事が好きなのだ。
それもひと目会った時から。
別れたばかりなのに、もう会いたい。
あの笑顔をずーっと見ていたい。
はぁ〜っと総司はため息をついた。
自分の中に初めて生まれた恋心にどう対応していいのか分からないでいた。
こういう場合は皆どうしているのだろう。
原田さんは、おまささんの時どうしたのだろう。
土方さんは昔好きだった人がいたみたいだけど、その時どうしたのだろう。
総司はそんな事ばかり考えながら屯所へ向かって歩いていった。
「そんなん、さっさとやっちまえば良いだろう」
総司に一部始終報告させた土方は、呆れた声で言った。
「やっ やるってっ」
首まで真っ赤にした総司は、飛び上がりそうな勢いで叫んだ。
「お前なぁ、どんだけ奥手なんだよ。 相手は遊女だろう。 抱かれてなんぼじゃねえか」
「そ、そんなっ! セイさんはそんな人じゃありませんっ!」
総司の言葉に、土方は頭を抱えた。
「阿保か。 そのセイって女だって、ただ店に来て話だけして帰る客を、不思議に思ってるぜ。 自分にはよほど魅力がないんだろうかと不安に思ってるかも知れねぇな」
「えっ! そんなものですか?」
「当たりめぇだろう! それを仕事にしてる人間が、自分の体を一切求めねぇなんて、今頃自分の何がダメなのか悩んでるぜ」
土方にそう言われて、総司はうーんと考え出した。
本当にこいつは・・・
一体どんな面白い話が聞けるかと楽しみにしていたら、結局また何もしないで帰ってきたというこの弟分に、心底落胆した。
普通の男女間じゃありえない話だ。
「次行った時はやっちまえよ」
にやっと笑う土方に、総司はぴきっと音がするほど固まった。
「これも命令だからな」
「む、無理ですよう!」
涙目で訴えるが、土方は相手にしない。
「今度何もせず帰ってきてみろ。 二度と屯所には入れてやらんからな」
「えーっ!!!」
それから総司は何度もセイの元へ通った。
しかし、結局総司には土方に言われたような事が出来る訳もなく、毎回総司が土産にと持っていく菓子を食べ、セイの淹れてくれたお茶を飲み、ただ話をするだけで店を後にしていた。
土方からは詳細を尋ねられるが、毎回逃げるように土方の元を後にしていた。
この日も、総司はセイの元へ行こうと店へ行った。
「すんまへん、沖田はん。 セイは今客とってるんどす。 あと半刻もすれば帰りはるやろうから、もうしばらくお待ち頂けますやろか」
「はぁ・・」
初めてのことだった。
今まで総司が店へ行くと、大体セイはお茶をひいている事が多かった。
冷静に考えれば、あんなに可愛らしい人にお客がついていない事が不思議なのだ。
しかし今この時、セイが他の男といるという事を聞き、心の中にもやもやとした嫌な感情が芽生えた。
セイの仕事を考えれば、当然の事。
なのに、許せない。
総司にとっては、この半刻がやけに長く感じた。
一体今セイは誰といるのだろう。
何をしているのだろう。
自分に対して笑うように、その相手の男に対しても可愛らしく微笑んでいるのだろうか。
考えたくないのに、どんどんと嫌な方向へ思いが向かっていく。
「どうもおおきに」
店の者の声に、総司ははっとなって顔を上げた。
窓の外に、1人の男が出て行くのが見えた。
「え・・」
今しがた店を出て行ったのは、同じ新撰組隊士である、斉藤一だった。
「斉藤さん?」
まさか斉藤がこの店から出て行くとは。
ここに馴染みの女性でもいるのだろうか。
そんな事を考えていたその時。
「沖田さま! お待たせしてしまって申し訳ありませんっ」
そこへいつもの笑顔でセイがやってきた。
今までセイと一緒にいた客というのは、斉藤だったのか・・
「すみません、今日は帰ります」
無表情でそう言うと、総司はその場に立って店の外へ向かおうとした。
「えっ? お、沖田さま?」
驚いたセイが、慌てて総司の後を追った。
「では」
総司は振り向く事もなく店を出て行った。
「沖田さまっ!!」
セイの呼びかけにも全く反応せず、総司は店を後にして帰っていった。
その後ろ姿を、セイは訳も分からず呆然としながら見送った。
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