「何で私が花町になど行かなければいけないんですか」
総司は、口を尖らせながらぼそっとつぶやいた。
「うるせぇぞ、総司。 これも仕事だ」
不機嫌そうに土方が言う。
「仕事って言いますけど、土方さんが女の人と部屋に消えたあと、私は一体どうしたら良いんですか?」
毎回仕事だと遊郭に連れ出されては、土方は気がつけばいなくなっている。
そのような場所が苦手な総司は、毎度飲みつぶれたふりをするか用事を思い出したふりをして帰る。
「お前だって女を買えば良いだろう」
ニヤっと笑いながら総司を見る。
その視線に気づいた総司は、ぷくっと頬を膨らませた。
「私がそういうの苦手なの知っててそういう事言うんですもん。 嫌になりますよ」
そう、総司は普段から女性に対しての免疫がほとんどなかった。
総司自身興味などなかったし、昔から生涯不犯の誓いなどというものを立てていたので、女性のいるような場所には、このように土方に仕事などで連れ出されない限りは自分からいくような事もほとんどなかった。
総司は、土方に聞こえよがしに大きくため息をついた。
「お待ちしておりました、土方さま」
2人が店に入ると、年配の品のよさそうな女性が笑顔で出迎えた。
「こちらになります」
案内されるまま、土方と総司は宴の用意がされている部屋へと入った。
「俺は、例の男と関わりのある女と話す。 お前はその間適当にやっててくれ」
座った瞬間、土方が総司の耳元でささやいた。
「承知」
気の進まない事だが、やはりこれは大事な仕事だ。
総司は気持ちを入れ替えた。
「お待たせいたしました」
襖が開き、数人の女性が中に入ってくる。
「お酒をお注ぎしますね」
そういいながら、土方と総司の隣にそれぞれ女性が座る。
総司は、女性から放たれる香りに、既に酔いそうになっていた。
「お武家様、初めてどすな」
総司に酒を注ぎながら、隣に座った女が総司の顔を覗きこみながら尋ねる。
「あ、あぁ、はい」
このような状況に慣れていない総司は、どう対応して良いのか分からない。
土方に視線をやると、既に目的の女と思われる者と既に親密そうに話し込んでいる。
それを見た総司は、ふぅっと小さくため息をついた。
土方がここからいなくなるのも時間の問題だ。
その後どうやってこの場から離れればよいか。
その事ばかりを考えていた。
「失礼いたします」
また新たな女性が入ってきた。
総司が何気なくそちらのほうへ目をやると、上品な着物に身を包んだ女性がこちらを見てにっこりと微笑んでいる。
「!!」
その女性を見た瞬間、総司の心臓は跳ね上がった。
可憐で清楚な感じのその少女は、艶やかな黒髪に大きなくりっとした可愛らしい瞳。
小さな形の良い顔には、その少女にぴったりの化粧が施されていた。
花のような人とはこのような人の事を言うのか と総司は思った。
しばらく見とれていた総司に、その少女は不思議そうに首をかしげてにっこりと微笑んだ。
「私もお隣失礼しても宜しいですか?」
その言葉に、我に返った総司は慌てて姿勢を正した。
「えっ はいっ」
真っ赤になりながら、隣に座るその少女に目を向けることが出来ず下を向いてしまう。
「何だ総司。 その女が気に入ったのか」
一部始終様子を見ていた土方が、意地悪に笑いながら総司に話かけた。
土方の言葉に、総司はびくっとなって固まった。
「そうかそうか。 おい女。 お前名は何と言うんだ?」
満足そうに微笑むと、土方は総司の隣に座った少女に話しかけた。
少女はにっこりと微笑むと、その形の良い口を開いた。
「はい、私はセイと申します。 以後、お見知りおきを」
「そうか。 こいつがお前のことをひどく気に入ったようだ。 名は沖田というんだ。 こいつを宜しく頼む」
酒を口に運びながら、セイと名乗った少女に向かって言った。
「はい。 私で宜しければお相手をさせて頂きます。 宜しくお願いしますね。 沖田さま」
そう言うと、総司の顔を覗きこんだ。
当の総司は、まだ顔を赤くしながらも下を向いてもじもじとしている。
セイが何を話しかけても総司は返事を返すのみで、一向に盛り上がらない。
困ったセイは、どうしたものかと考えた。
「沖田さま・・・ もし宜しければ、お部屋をご用意しております。 そちらでゆっくりされてはいかがですか?」
このような女性に囲まれた状況が苦手なのだろうと判断したセイは、総司の腕をそっと掴み総司の耳元で優しくささやいた。
「えぇっ!?」
突然の申し出に、総司はびっくりして飛び上がりそうになった。
「私で宜しければ、お相手させていただきます。 いかがですか?」
そっと総司の腕を取り、立たせようとした。
「総司、俺もそろそろ行く。 お前も行けば良いだろう。 宴はお開きだ」
そう言うと、その場にいた女たちに何か指示をしている。
「さあ、行きましょう?」
セイはにっこりと微笑むと総司を立たせた。
総司は内心ドキドキしながらも、このような場合どうして良いのか分からず言われるがままセイについて歩いた。
「ここでゆっくりと飲み直されますか? それともお疲れなら横になられても大丈夫ですよ」
部屋に来たセイは、総司をその場に座らせまたもやにこやかに微笑んだ。
「え?」
セイの問いに総司は思わず聞き返した。
「ふふっ 沖田さまはこのような場所があまり得意ではないのかと思いまして・・ たまにそのような方がいらっしゃいますから。 そのような方は、こうやってお部屋でゆっくりされたりお話したり、お1人で朝まで寝られたりします」
総司は、やっとセイが言いたいことが分かり安堵のため息をついた。
「す、すみませんっ! 私本当にこういうところが苦手でして・・」
「いいえ、大丈夫です。 気にしてませんから」
そういって微笑むセイを、総司はまたもや見惚れてしまった。
何て可愛らしい人なのだろう。
今までも綺麗な人などいくらでも見てきた。
なのにこのように見ているだけでドキドキしてしまう人は初めてだ。
「じゃ、じゃあ少しお話しませんか?」
総司は思わずそう言ってしまっていた。
何故かこの人ともう少しいたいと思った。
いつもなら何かと理由をつけて帰るのだが、この人をもっと知りたいと思う。
「はい、喜んで。 ではお酒をご用意いたしますね」
セイは立ち上がると部屋を出てお酒を用意して戻ってきた。
「沖田さまは甘味がとてもお好きなんですね」
「はい、お団子ならかるく20本は食べられますよ」
酒も進み、セイの話のうまさから総司の緊張もやっと解けてきた。
「ふふふっ きっとお団子を食べている時の沖田さまは、幸せそうな顔をしていらっしゃるんでしょうね」
おかしそうに口に手を当てて笑っているセイを見て、総司も嬉しくなった。
普段気を張って戦っているせいか、この少女と話しているこのひと時が、とても幸せに感じられた。
少女の持つやわらかい空気からくるものなのだろうか。
「セイさんは、どのくらいここにいらっしゃるのですか?」
ふと疑問に思ったことを総司は口にしてしまっていた。
「え?」
「あ、いえ。 失礼な質問だったらすみません。 でもあなたが江戸の言葉を話されているので、京の方ではないのかなと思ったので」
総司の言葉に、セイは少し顔を曇らせた。
「あ、あのっ 変な事を聞いてしまってすみませんっ! 答えづらい事でしたら気にしないで下さいねっ!」
「いえ、大丈夫ですよ。 ここに来たのは2年ほど前になります」
セイは、自分の生い立ちを話し始めた。
2年前に、自分の父親が営んでいた病院に長州派の浪士がやってきて、父親と兄を殺された事。
その時家が家事になり、自分も大やけどを負ったこと。
「壬生浪士組の沖田総司」と名乗る者が助けてくれた事。
そして、兄の恋人だった里乃という天神をしている女性と再会し、この店を紹介してもらった事。
静かに話し終えると、セイはふぅっと息を吐いた。
何も言わない総司を不思議に思い、セイが顔を上げると総司は驚いた顔をしている。
「え・・ どうかされましたか? 沖田さま」
「いや・・ あの、壬生浪士組の沖田総司って・・ 私の事ですか」
それを聞いて、初めてセイははっとなった。
「そう言えば、お名前が沖田さま・・ もしかして、あの時助けてくださった方ですか?」
セイは目を見開いた。
「覚えています。 偶然通りかかった医者から、叫び声が聞こえて・・ 入った時には既にお2人が刺された後でした。 あの時いた娘さんはあなただったのですか・・」
総司は、食い入るようにセイの顔を見た。
「私ですっ! そうですか、助けてくださったお侍さまが沖田さまでしたか。 気づくのが遅くなってしまって申し訳ありません。 あの時は本当にありがとうございました」
そう言うと、セイは深々と頭を下げた。
「やめてくださいっ! 助けたと言っても、逃がしてしまいましたから・・・ それにあなたにも大きな火傷を負わせてしまいました。 私がもっと早く気づいていれば・・」
「いいえ、私がこうしてここで暮らせているのも沖田さまがいらっしゃったからです。 あの時の事を、私は忘れた事がありません。 お会いする事があれば、是非お礼をと思っていたのです。 まさかこのような形でお会いできるとは」
そういうと、セイは嬉しそうに微笑んだ。
「運命ってこのような事を言うんですかね」
「そう・・ですね・・」
セイが何気なく発した言葉に、総司の心臓がドクっと鳴った。
「まだお飲みになりますか? それともお休みになりますか?」
セイの問いに、総司はうーんと考えた。
本心ではまだこうしてセイと一緒に話をしていたい。
しかし明日は朝から隊務がある為、睡眠もとらなければならない。
「では横にならせて頂いても宜しいですか?」
「はい、もちろんです。 ではお着替えなさいますか」
そう言うと、夜着を総司に差し出した。
「では私は別の部屋で休ませて頂きますので、ごゆっくりお休み下さい」
「ありがとう」
総司の返事を聞くと、セイは静かに襖を閉めた。
総司は、セイが用意してくれた布団にゴロンと横になった。
一緒に寝て欲しいと思ってしまった。
しかし、どうにも気恥ずかしくて口には出せなかった。
何をするという訳ではない。
ただ、セイに隣にいて欲しかった。
初めて自分の中に現れた感情に、総司の心臓は高鳴りっぱなしだった。
「まいったな・・ 通ってしまいそうですよ、土方さん・・」
総司は、ボソッと呟くとそっと目を閉じた。
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