慟哭 34話






「痛っ」

セイは指に感じた痛みに、動きを止めた。
手を見ると、指の腹から血が丸く浮き上がっている。

「はあっ」とため息をつくと、セイは手に持っている着物を下ろした。



布団の中では何度も寝返りを打った。
シン…と静まり返った部屋の中で、セイは落ち着かない気持ちでいた。

これまでたった1人で夜を過ごした事があっただろうか。
目を瞑ると、考えたくない事を思い出したりしてしまう。
何も考えないように努力しても無駄だった。
幸い明日は休みをもらっている。

セイは諦めて起き上がると、綻びのある着物でも縫おうと布団から出てきた。
何かに集中していれば、そのうち眠くなるだろうと思った。

しかし、縫物をしていてもやはり落ち着かない。
なかなか集中する事が出来ないでいた。


うっかり針を指してしまった指の血を拭きとると、セイは縫いかけの着物を畳んだ。

縫物も諦めると、セイは縁側に出た。
少し雨戸を開けると、腰を掛ける。
雨戸に寄りかかりながら月を見上げた。


今頃里と正一はどのあたりにいるのだろうか。
一体どのくらいの間、こんな日を送る事になるのか。
今の精神状態では、こんな1人きりの生活を送る事が不安で仕方がない。




セイは長い時間ぼうっと月を見上げていたが、いつの間にかうとうとしてしまっていた。









ふと、違和感を感じてセイは目を覚ました。


雨戸に寄りかかっていたはずなのだが、妙に温かく柔らかい感触。


不思議に思い、顔を上げてるとセイの目に信じられないものが映った。
自分の頭は総司の肩に乗っており、当の本人はセイの腰に腕をまわした状態で眠り込んでいた。


えっ お、沖田先生??
いつの間に…


寝起きの頭は、混乱して上手く働かない。

訳が分からずじっと総司の顔を覗き込んでいた。
すると、ゆっくりと総司は目を開いた。


驚いて、思わず体を仰け反らした。
そんなセイの反応を見て、総司は「ふふっ」と笑った。



「あのっ どうして…」
セイがそう訊ねると、腰に置いていた手をセイの頭にやった。

「今日あなたが1人だと聞いて、心配様子を見に来ました」
「え…」
セイは目を丸くした。


「こんな所で寝ているだなんて、風邪をひいちゃうじゃないですか」
セイの顔を覗き込みながら、総司は静かに言った。
「どうして、私が1人だって…」
「斉藤さんがね、教えてくれたんですよ」
「斉藤先生が?」
「ええ。 私が屯所に戻るまで起きて待っててくれたんですよ」
セイは先ほどの斉藤との会話を思い出し、申し訳ない気持ちになった。
何気なく発した言葉で、斉藤にも総司にも心配をかけてしまった。

申し訳なさそうな表情で見上げるセイに、総司はふふっと笑った。

「どうしてそんな顔をするのです?」
「だって… 先生、お仕事で疲れていらっしゃるのに…」
「ふふっ ここは私の家ですよ? それに、あなたに会える口実が出来たと思っていますよ」
「え?」
セイの胸がドキンと鳴る。


「さ、そろそろ寝ないとですよ」
そう言うと、再びセイの頭を自分の胸にとくっつけた。

「1人でこの家にいるのが辛かったのでしょう?」
「・・・・・」
「お里さんが戻ってくるまで、私が毎日ここに来ます」
「先生が・・・・?」
「ええ。 私は隣の部屋で休ませてもらいます。 誰かがいるだけでも安心して眠る事が出来るでしょう?」
「でも…」
「さ、お布団に入りましょう」
そう言うと、総司はその場に立ち上がった。
そしてセイの手を取って立ち上がらせる。

「寝るまで付き添いましょうか?」
「いえっ それは大丈夫です」
真っ赤になって顔を横に振る。

「あははっ じゃあもう寝なさい。 私も寝ますから」
「ご迷惑をおかけしてすみません」
頭を下げるセイに、総司は頭を振った。
「いいえ。 何かあればすぐに駆けつけられる為にここに部屋を借りたのですから、気にしないで下さい」
「ありがとうございます」
「そうだ。 明日非番なんです。 あなたは? お仕事ですか?」
「いえ、私も明日はお休みを頂いてます」
それを聞くと、総司は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ甘味食べに行きましょう」
「はい。 喜んでお付き合いさせて頂きます。 では先生のお布団敷きますので、お待ちくださいね」
「ありがとう」



総司を隣の部屋に寝かせると、セイも布団に横になった。
隣に総司がいると言う事に、安心感を覚える。
つい数カ月前まで、近づく事も出来なかったのが嘘のようだ。
総司以外にはこうはいかない。
総司だから、安心していられるのだ。


先ほど1人でいた時に感じていた不安はすっかりと消え、セイは間もなく深い眠りに落ちて行った。




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