慟哭 33話






「おセイさん、知っている人なん?」
目の前に立った男とセイを見比べながら、伸太郎は心配そうに訊ねた。

「・・・・・・。」

「おセイさん?」
何も答えず呆然と男を見ているセイに、伸太郎は再度訊ねる。

「…はい」
目を離さないまま、静かに答える。

「ああ、もしかして父が言うてたおセイさんのええ人っていうんはこの人なんか?」
「え?」
ひらめいたように手を打った伸太郎に、やっとセイは視線を移した。
「そうやろ?」
「あ、いえ…」
何と答えて良いか分からず、躊躇った。
事情を何も知らない伸太郎に、新撰組の斉藤一だと明かすわけにはいかない。
どんな関係なのか突っ込まれたときにうまく答えられない。



「俺は、おセイさんの兄の友人だ」
セイの心情を読んだのか、斉藤が答えた。
「あ、そうなんですか。 それは失礼しました。 俺は坂本伸太郎言います。 おセイさんが手伝ってくれてはる診療所の坂本の息子です」
「斉藤だ。 良ければ俺が家まで送るが」
「ああ、そうですね。 旧知の仲のお人の方が、おセイさんも安心やろ。 な、おセイさん」
「え? あ、はい…」
2人のやり取りを聞いていたセイだったが、伸太郎に言われ、慌てて答えた。

「ほな俺は帰ります。 宜しゅう頼みます」
「ああ」
「おセイさん、また家に来てや」
「はい。 ありがとうございました」
セイが頭を下げると、伸太郎は手を振って笑顔で去って行った。





急に2人きりになり、セイは何を話して良いのか分からず俯いた。

しばらく沈黙が続いた。


「神谷」
静かに声を掛けた斉藤に、セイはゆっくりと顔を上げた。

「もう夜も遅い。 家まで送ろう。 歩きながら話をしないか」
「はい」

2人は、家に向かってゆっくりと歩き始めた。


「元気にしていたか」
「はい」
静かに語りかける斉藤に、セイは懐かしさが込み上げてきた。

「それなら良かった。 先日、お前を富永の墓で見かけた」
「え?」
「あの時は他人の空似だと思ったが、やはり神谷だったんだな」
「・・・・・・」
何と答えて良いか分からず、セイは俯いた。

「今どうしているんだ?」
「法眼に紹介して頂いた診療所で働かせてもらっています」
「そうか。 苦労はしていないか」
「していません。 皆が私の事を気に掛けてくれていますから。 それにお里さんと正坊も一緒に暮らしていますし、色々と助けてもらっています」
「それは良かった。 でも何かあれば俺の事も頼れ」
「えっ」
「お前は俺の友人の… 妹だ。 何かあればいつでも力になる」
「ありがとうございます」
セイは、斉藤の優しさに胸がいっぱいになった。


しかしセイは気になっていた。
何故か斉藤は核心に触れようとはしない。
なぜ隊を突然出て行ったのか。
セイの事を"妹"と言ったからには、セイが本当は女子だったと言う事を始めから知っているただろう。
名を呼ばれた時も、「富永セイ」と言っていた。
再会した時から、騙していた事を責められても仕方がないと思っていたのに。



「先生…」
「何だ」
「斉藤先生は… その… 私の事、何もお聞きにならないのですか」
「どういう事だ」
「・・・・・・。」
斉藤の言葉に、セイは口をつぐんだ。

そんなセイをじっと見ていたが、斉藤はふぅっと小さく息を吐くと再び前を向いた。

「お前は聞いて欲しいのか」
「え…」
「言いたくないのだろう?」
「・・・・。」
「俺は無理に聞きだすつもりはない。 女であろうと男であろうとお前はお前だ」
「斉藤先生…」
「お前に何があったのかも、俺には分からん。 しかしそれを俺が知る必要はない」

セイは、きゅっと唇をかみしめた。


「ありがとう・・ございます」
セイはゆっくりと頭を下げた。
「礼を言われる覚えはない。 それよりも、何か不自由はしていないか」
「いいえ。 お仕事も楽しくさせてもらっていますし、皆が良くしてくれています。 今はお里さんや正坊と一緒に暮らしていて、楽しくやっています。 それに…」
そこまで言って、セイはほんのり頬を染めた。

「沖田さんがついているから心配はないという事か」
斉藤の言葉に、更にセイは顔を赤く染める。

「それなら安心だな。 これからもたまに様子を見に来ても良いか」
セイは、顔を上げた。
「もちろんです。 ご迷惑でなければ是非お願いします」
嬉しそうにそう答えるセイに、斉藤の口元が思わず緩んだ。



「あ、ここです」
家の前まで来ると、セイは斉藤に向き直った。

「どうもありがとうございました。 先生にお会い出来て、嬉しかったです」
「いや。 俺こそ顔を見る事が出来て元気そうで安心した。 こんなじかんだ。 もうお里さんは寝ているのだろう?」
斉藤の問かけに、セイは首を振った。
「いえ。 今日からお里さんと正坊は大津に帰ってしまったのです。 お里さんの母上がご病気とかで。 なのでしばらくはここに1人になります」
「1人? 大丈夫か」
セイの事情を知っている訳ではないが、女がたった1人で過ごす事に斉藤は顔を顰めた。

「大丈夫です。 ちょっと淋しいですけど…」
「沖田さんはその事を知っているのか」
「いえ。 まだ話していません。 今日は来れないとおっしゃっていましたから」
「・・・・・そうか」
心配そうに見つめる斉藤に、セイはにっこりとほほ笑んだ。
「お気づかい、ありがとうございます。 でも本当に大丈夫ですから。 今日はどうもありがとうございました」
そう言うと、セイは深々と頭を下げた。
「分かった。 くれぐれも気を付けるんだぞ」
「はい。 おやすみなさい、斉藤先生」
「ああ」

セイは家の中に入ると、もう1度振り向き頭を下げた。
そしてゆっくりと戸を閉めた。


しばらく斉藤は閉まった戸を見つめていたが、ふうっと息を吐くと屯所に向かって歩き出した。







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