慟哭 30話





「おセイさん、それが終わったらあそこに座ってる患者さんお願い出来るか?」
「あ、はーい」
元気良く答えると、手元の包帯をきゅっと結んだ。

「はい、終わり。 元気良く遊ぶのも良いけど、これからは気を点けるんだよ、僕」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん」
包帯を巻かれた腕をさすりながら、少年はえへへっと笑った。
母親の元へ走って行く後ろ姿を見送ると、待ちあい場に座っている男性の元へ近づいた。


「こんにちは。 今日はどうされました?」
ダルそうに座っている男性に、優しく話しかける。
「いやー、何や今朝からだるうてな」
「そうですか… ちょっと失礼します」
そう言うと、セイは男性の手を取った。

「ああ… 熱いですね。 風邪を引いてしまわれたのかも知れませんね。 きちんと先生に診てもらってお薬出してもらいましょうね」
「すまんな」
そう言いながら、力なく笑った。
「いいえ。 すぐにこちらに来ますので、もう少しこのまま待てますか?」
「ああ、分かった。 待てる」
返事を聞くと、セイはにっこりとほほ笑んだ。



松本に紹介された坂本医師の元で働くようになってひと月。
始めは男性と目を合わせる事も触れる事もいちいち躊躇っていた。
それでもセイは自分を敢えて辛い立場に置く事によって、元の自分に戻ろうと努力をしてきた。
その結果、患者に対して怖いという感情を持たなくなってきた。
今は毎日が楽しくて仕方がない。
覚える事も山程ある。
何よりも、セイの事情を全て松本から聞いている坂本がセイに良くしてくれている事がセイの心を励ましていた。
新撰組隊士だった事、心に病を抱えている事など全て知っている。
それでも何の偏見も持たず、セイの事をわが子のように可愛がってくれる。




「頑張っていますか」
後ろからかかった声に、セイは振り返った。

「ちょっと時間が空いたので、来ちゃいました」
総司ははにかみながら、立っている。
「沖田先生!」
嬉しそうに微笑みながら、セイは総司の元に駆け寄った。
「ごめんなさい、忙しい時に。 顔を見に来ただけなので、もう行きますから」
「わざわざありがとうございます」
「いいえ。 これ、お土産です。 終わったら先生と一緒に食べて下さい」
「わぁっ 美味しそう」
手土産を受け取りながら、セイは総司に笑いかけた。


「おセイさん、そろそろお昼時やし飯でも食べてきたらどないや」
2人の様子を見ていた坂本が、声をかけてきた。
「えっ、でも…」
「もうこの患者さんだけやし。 今のうちに行っておいで」
少しの間逡巡していたセイだったが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません…。 ではすぐに戻りますので少しだけ…」
「気にせんでええし。 ゆっくりしておいでや」
「はい、ありがとうございます」
礼を言うと、セイは総司を見る。
それに気づいた総司は申し訳なさそう顔で、頭を掻いた。


「私が来てしまったから、気を使わせてしまいましたかね」
「坂本先生は、本当にお優しい方ですから」

2日と日をおかず診療所やセイの家に顔を出す総司に、セイは感謝していた。
この生活を心配してくれているのだろう。
すっかり元気になったようにみえるセイだが、いつ何がきっかけで元に戻るか分からない。
それを総司は気にしてくれているのだ。


2人はそば屋で食事を済ませると、再び診療所まで戻った。
「ごちそうさまでした」
「いいえ。 無理やり誘ってしまったみたいでごめんなさい」
「とんでもない。 また午後から頑張ります。 沖田先生も頑張って下さいね」
「ええ。 午後からは土方さんのお守ですよ」
そう言うと、大げさにため息ついてみせた。
「ふふっ 相変わらずですね」

診療所の前に着くと、総司はつないでいた手を離した。

「今日の帰りは迎えに来られないと思いますけど、1人で大丈夫ですか?」
「大丈夫です。 今に始まった事ではないでしょう?」
あははっと笑いながら、セイは答えた。
「そうですけど… くれぐれも気を付けて帰って下さいね」
「はい! ありがとうございます」
「ではまた様子を見に来ますから」
そう言うと、総司はセイの手を軽く握りその場を後にした。
総司の姿が見えなくなるまで見送ったセイは、診療所に戻った。




「すみません、ただ今戻りました」
「お帰り。 早かったんやな」
中に入ると、患者はおらず坂本は1人でおにぎりを口にしていた。
それを見て、セイは慌ててお茶を入れた。

「ありがとう。 おセイさんの入れてくれるお茶はうまいな」
嬉しそうに受け取ると、湯呑を口にした。
それを見てセイは坂本の隣にちょこんと座った。


「それにしても、あのお人はよう来るなあ」
「え?」
「おセイさんのええ人なんやろ?」
「い、いえっ そんなんじゃないですよ」
セイは慌てて手を振る。
「隠さんでええし」
にこにこと笑いながらそう言う坂本を、セイは困ったように見た。

「あんたさんは幸せ者や」
「・・・・そうですね。 私もそう思います」
自分の分のお茶を淹れながら、静かにそう答えた。
「おセイさんの周りには、ようさん気にかけてくれる人がおる」
「ええ。 本当に」
ふふっと笑いながら、セイは湯呑を手でくるんだ。

「おセイさんが来てくれるようになってから、ほんまに助かってるんや」
「・・・・・え?」
「手際もええし患者らのウケもええ」
「いえ、そんな…」
セイは照れたように下を向いた。

「そやから… 少しでも長くここで働いて欲しいと思うてる」
「・・・・坂本先生」
坂本の言葉に、セイは顔を上げた。
「もし困った事があったら、何でも相談してや。 わしかておセイさんの味方なんやからな」
そう言うと、いたずらっ子のように笑った。
セイも嬉しくなり首を傾げて微笑んだ。

「今日は天気がええな」
「そうですね。 お腹いっぱいで眠くなってきちゃいました」
「そらあかん。 もっと働いてもらわな困るから起きといてや」
「えー、無理そうです・・・」
セイはわざと船を漕いで見せた。

「えらいこっちゃ。 おセイさんが寝てしもうたら、ここ閉めて患者入れんようにするしかないな」
「ええっ それは困りますね。 坂本先生を頼りにいらっしゃる患者さん沢山いるのに」
セイは慌てて体を起こした。
それを見て、坂本は声を上げて笑った。




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