慟哭 29話








「では明日から宜しくお願いします」
「待ってるから宜しく頼んだで」
人のよさそうな老人が微笑みながらそう言うと、セイもにっこりと微笑んだ。
「それでは失礼します」
頭を下げると、セイは外に出た。

いつまでも総司に頼ってばかりいてはいけないと、自分で出来る仕事を探していた。
相談した松本に紹介してもらった、小さな診療所で働かせてもらう事になり、挨拶にやってきたのだ。
まだこの事は総司には相談していないが、きっと賛成してくれるに違いない。
セイは傍目にはほとんど元通りに回復している。
よほどの事がない限り、以前のような発作を起こすこともないとだろう。

明日からの新しい日々を考えながら、セイは足取り軽く家路に就こうとした。




「神谷?」

背後から聞こえた聞き覚えのある声に、セイの体がビクっと揺れて固まった。
全く気がつかなかった。
まさかこんな所で会うとは思っていなかった為、無防備の状態でいた。
しまったと思うと同時に、どうしたものかと頭の中は混乱していた。


「神谷…なんだろ?」
その声と共に、近づいてくる足音。
どうして良いか分からず、目をつむり胸に手を当てた。

「なあ、神谷」
呼びかけと共に肩に手が乗る。
更にセイは身を固めた。

セイの反応を見て、その人物はセイの肩から手を下した。

「ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ。 頼むから、こっち向いてくれよ」
申し訳なさそうな声色に、セイは観念した。
長く息を吐くと、ゆっくりと後ろを振り返った。

そこには、今にも泣きそうな顔の中村が立っている。


「やっぱり… 神谷だったんだよな…」
「・・・・・。」
中村の言葉に、何と答えて良いか話からず、思わずセイは下を向いてしまった。

「すまない。 沖田先生に、お前には近づくなって言われてたんだけど‥」
「え?」
セイは驚いて顔をあげた。

「お前に何があったかなんて、俺にはわかんねえ。 でも沖田先生に何と言われても諦めらんない。 一体お前に何があったんだ? 何で女の格好してるんだ? 本当にお前は女だったって事なのか? もし俺にも力になれる事があったら何でも言ってくれ!」
セイの目を真っすぐ見てそういう中村に、セイは困ったような顔をした。

「ほら、すぐそんな顔するだろ? 前の神谷なら、怒鳴って俺の事ぶん殴ってたじゃんか。」
その言葉に、セイは更に辛そうに顔を歪める。

「なあ、一体何があった?」
そう言って、セイの手を取った。

「あ‥」
咄嗟に手を引こうとするが、離さないとばかりに更に中村が力を入れた。
「なあ、神谷‥      ・・・・っ!!」

更に話そうとした中村は、殺気を感じた。

恐る恐る振り返る。




「その手を離してもらえますか」
今にも斬りつけようとせんばかりの殺気を吹き出している総司が、表情のない顔で立っている。

思わず手の力を緩めた瞬間、セイは中村から離れた。

「こちらへ来なさい」
その言葉にセイは総司の元へ行くと、身を隠すように総司の後ろへ下がった。


「中村さん。 最後の忠告です。 今後一切この人に近づかないで下さい。 神谷さんの様子を見て分かったでしょう? 今は不安定な状態なのです」
「不安定?」
「そうです。 あと、この人の事は、前にも言いましたが誰にも言わないで下さい」
総司の後ろに隠れるように身を固め、こちらを見ようともしないセイに、中村は眉を下げた。

「何があったかは教えてくれないんですか」
「それは言えません」
「‥‥」
きっぱりと断る総司に、それ以上何も言えなかった。

「・・・・・分かりました」
一言そう言うと、大きくため息をつき肩を落として中村はとぼとぼと歩きだした。



「中村」
数歩歩いた所で、突然呼び止められた。
中村が驚いて振り返る。

セイが悲しそうな顔でこちらを見ている。


「あ、あの… ごめん。  でも… ありがとう」

思わぬセイの言葉に、中村は目を見開いた。
そして、泣き笑いの顔になる。

「ああ…  じゃあな」

そう言うと、中村はちらっと総司を見て軽く会釈して、再び背を向け歩き出した。



中村の姿が完全に見えなくなったと同時に、総司はセイに振り返った。
「大丈夫でしたか?」
先程中村に向けた表情とは違い、心配そうにセイの顔を覗き込んでくる。


「はい‥ ご迷惑をおかけして、すみませんでした」

「いいえ、でもこんな所で何をしていたのです?」
今日は非番だったため、セイの顔を見に行こうとしていたところ、偶然中村と一緒にいるセイを見かけた。

「実は‥」
セイは明日から診療所で働く事を総司に伝えた。

「挨拶に来た帰りだったんです。 すみません、私がボーッとしながら歩いていたから‥」
「そうだったんですか。 でも働くってあなた、大丈夫なんですか? 今だって中村さんに話しかけられて真っ青な顔をしていたじゃないですか」
優しいながらも、どこか責める口調になっている総司に、セイは首を振った。


「だから、です」
「え?」
「そういうの、徐々に治していかなければと思ったのです。 私は早く元に戻りたいのです。 その為にも、仕事をして人と接する事から始めようと思ったんです」
総司の目を見てきっぱりというセイに、総司は口をつぐんだ。

「それに…」
「それに?」
言いにくそうに、上目づかいで総司を見上げるセイに、総司は不思議そうに訊ねた。


「この間、沖田先生が病気になったと聞いた時、駆けつけられなかった事がもどかしかったんです」
「えっ?」
「もし私が診療所にいれば、沖田先生に何かあった時、私が診る事が出来るでしょう? 今のままでは、何かあっても私には何もできません。 どんな形であれ、先生のお役に立ちたいと思ったのです」
一生懸命に言葉をつなぐセイに、総司は驚いた顔をして聞いていたが、やがてほんのりと頬を染めた。

「わ、私の為…ですか?」
その問に、セイも顔を赤く染め下を向いた。
「それだけではありませんけど… でもそれがきっかけです…」

総司は嬉しさで、セイをじっと見つめていたが、やがて力いっぱいセイを抱きしめた。

「きゃあっ」

突然抱きしめられたセイは、驚いて声を上げる。


「ありがとう。 すっごく嬉しいです」
その言葉に、セイも嬉しそうに微笑んだ。

「でも、くれぐれも無理だけはしないで下さいね」
「はい、もちろんです」
「それと・・・ 診療所までの行き帰りは、私がつき添える時には一緒に行きますから」
「え?」
セイは総司を見上げた。
「だって、1人だと危ないでしょう? でも毎回は無理ですけど…」
申し訳なさそうにそう言う総司に、セイはかぶりを振った。
「いいえ、そんな毎回だなんてとんでもないです。 でもありがとうございます」
そう言うとセイは微笑んだ。
それを見て、総司も嬉しそうに微笑む。

「応援しますから、頑張って下さいね」
「はい、ありがとうございます!」


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