慟哭 21話
中村五郎は、巡察を終えた足で町へ来ていた。
午後の非番に久しぶりに花町にでもと思っていたのだ。
一目惚れした少女にも、あれから会えることはなかった。
少女を見かけた場所は、屯所から一刻以上かかるところ。
そんなところへ、そうちょくちょく行けるわけもなく、もう会えないだろうと半ば諦
めていた。
彼女に会えないのなら、別の女子で我慢するしかない。
中村は、適当な店を探そうとしていた。
その時、近くの小間物屋からきゃっきゃっという楽しげな声が聞こえてきた。
何気なくそちらへ目をやると、綺麗な女性が店のなかの者に向かって笑いながら何か
言っている。
「うわぁっ 綺麗な人だなぁ‥」
その女性の持つ美しさと上品さに思わずそうつぶやいた。
でもやっぱり俺はあの娘が1番だな。
そう思いながら、踵を返そうとした時。
中からその女性に笑いかけながら、もう1人の女性が出てきた。
「!!」
中村の心臓が大きくはね上がった。
会いたいと思い続けていた少女が、そこにいたのだ。
初めて見る少女の笑顔に、中村は見とれてしまった。
なぜこんな所に?
疑問に思うが、会えた喜びがあまりに大きくて、そんな事はどうでも良く思えた。
2人は楽しげになにやら話ながら、こちらへ歩いてくる。
突然の出会いに、その場を動けずじっと少女を目で追う。
中村の存在に気付く様子のない2人は、おしゃべりしながら中村を通りすぎようとした。
ハッとして振り返ると、2人はすぐ近くの路地を曲がっていこうとしていた。
中村は、何とか話がしたいと急いで2人を追いかけて、路地に入った。
「あ・・・れ?」
すぐ後を追っていったのにも関わらず、2人の姿は忽然と消えていた。
中村は不思議に思い、キョロキョロと周りを見ながらも路地の中を歩いていった。
「おセイちゃん・・・」
「しぃっ!」
セイは、物陰からそっと中村が去っていくのを見ている。
中村は、首をかしげながら時折家と家の間などを覗き込みながら歩いている。
しかしどこにもセイ達がいないことを確認すると、諦めたようにそのまま路地を抜けて行った。
「もう大丈夫かな」
中村の姿が見えなくなったのを確認したセイは、里と一緒に路地に出てきた。
先ほどの店を出た瞬間、中村の存在に、セイはすぐに気づいた。
話しかけられないよう、気づかないフリをして中村を通り過ぎたのだ。
そして、曲がる予定のなかった路地に里を促して入り、すぐに家と家の間にある物陰に隠れた。
「さっきの人、新撰組の人なん?」
狭いところから解放され、里はふぅっと息を吐きながら尋ねた。
「うん、そう。 隊にいた時から、何か分かんないけど付きまとわれてたの。 もしあの時と同じように来られたら、私が清三郎だって気づかれちゃうよ、きっと」
「でもこんな場所に住んでたら、いつかは新撰組の人に気づかれてしまうんと違う?」
里は今更な質問をセイに投げかける。
「そうなんだけど・・ もし私が清三郎だと気づかれたら、沖田先生に迷惑かけちゃうから。 なるべく隊の人間には会わないようにするようにしなくちゃ」
引っ越してからというもの、セイは外を歩くときはなるべく新撰組の巡察経路を外すようにしていた。
と言っても、ここは屯所である西本願寺とは目と鼻の先である。
先ほどのように、いつ誰に会うか分からない。
その為セイは町を歩くときはいつも気を張っていた。
「そんな事気にしながら町歩かなあかんのも辛いな」
里は悲しそうな顔でそういう。
「ううん、そんなの全然大丈夫。 今までだって巡察ではいつも気を張って歩いてたんだし。 それに比べたら、全然気が楽だよ」
笑ってそういうセイに、『全然比べる対象が違うと思うんやけど・・・』と思うが、口には出さない。
「そう? それやったらええんやけど・・・」
里は苦笑いを浮かべた。
「あっ それよりも正坊が待ってるよ! 早く帰らなきゃきっとお腹空かせてるよ」
「そうやね、そろそろ遊びに行って帰ってくる頃やろし」
2人は急ぎ足で家に向かった。
「ただ今〜! って、あれ?」
「正坊まだ帰ってきてへんの?」
家の中を見てみるが、正坊の姿がない。
「そろそろ暗なるのに、大丈夫やろか?」
「私ちょっと見てこようかな」
セイは持っていた荷物を家に置くと、すぐに外に向かおうとした。
「おセイちゃん、待って!」
「え?」
既に戸に手をかけていたセイが、不思議そうに振り返る。
「おセイちゃんが1人で行って何かあったら困るから、私も付いていきます」
「あっ・・・ うん、ありがとう」
以前の男装していた頃のセイなら、誰も心配しなかっただろう。
しかし今は違う。
誰が見ても年頃の可愛らしい娘になっているセイが1人で薄暗くなった道を歩いていたら、どんな危険な事があるか分からない。
それに、セイには心に傷がある。
今度もし同じような事が起きれば、二度とセイは立ち直れないかも知れないのだ。
セイは、里の気遣いに心の中で感謝した。
「いつもの所かな?」
そういいながら家の前の道に出ると、前方に2人の見覚えのある人影が見えた。
「あ」
正坊が、総司と手をつないで楽しそうにこちらへ歩いてくる。
「あ、里ねえちゃんっ セイねえちゃんっ」
里とセイを見ると、正坊は嬉しそうにこちらへ駆けてきた。
「正坊お帰り。 って、どうして沖田先生が?」
「今日非番だったんですよ。 たまたま正坊に会ったので、鬼ごっこに混ぜてもらっちゃいました」
嬉しそうにそう話す総司に、セイと里は顔を見合わせて笑った。
「熱中し過ぎてしまって、すっかり遅くなってしまったので送りに来たんですよ」
「そうだったんですか、ありがとうございます。 もし宜しければ、中に入ってお茶でも・・・」
そう言って戸に手をかけたセイに、総司はにっこり微笑んだ。
「いえ、実はこの近くで今日祭りがあるようなんです。 皆で行きませんか?」
「わぁっ! お祭りですか? 行きたいです」
「ええねぇ、じゃあ2人で楽しんで来たら?」
「えぇっ お里さんと正坊も行こうよ」
「うちと正坊はやる事あるし、行きたくなったら後から行きますから。 ねぇ、正坊?」
里は、2人に気づかれないよう正坊にこっそり合図した。
「あー‥、うんっ そうそう、そうやったわ。 うち里ねえちゃと用事があったんや。 えーと、それに行くんやったら、うち里ねえちゃんと2人で行きたいな」
正坊は里にあわせて、一生懸命言葉を選びながら答えた。
「えー?? そんな事一言も言ってなかったじゃない」
「ごめんごめん、言うの忘れてただけや。 後で追いかけるから、どうぞ2人で先に言ってきて」
そう言うと、総司に「宜しくお願いします」とお辞儀をして、2人は家の中に入ってしまった。
「どうしちゃったんだろう? 何の用事かな‥」
淋しそうにボソッというセイに、総司はニッコリと微笑んでセイの手を取った。
「後で来るって言ってるんだし、先に2人で行ってましょうよ」
突然手を握られたセイは、恥ずかしくて顔をほんのり赤くして頷いた。
「楽しみだなぁ〜っ 美味しいもの沢山食べましょうね」
「もう、沖田先生の頭の中は食べ物の事ばかりじゃないですか」
「ふふっ バレました?」
そんな事を言いながら、2人は手をつないで仲良く祭に向かった。
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