慟哭  20話




「セイねえちゃん、これどこ置くん?」
「あ、それはこっちにお願い」
セイに指示された場所へ、正坊は持っていた綴を置いた。
「ありがとう」
そういうと、セイはにっこりと微笑んだ。
それにつられて嬉しそうに正坊も微笑む。

「正坊、これも手伝ってくれへん?」
戸口の向こうから聞こえた里の声に、急いでそちらへ向かった。

「セイねえちゃん、最近よう笑うようになったなぁ」
里はふふっと笑った。
「ほんまにねぇ。 嬉しいなあ」
「沖田はんと何かあったん?」
正坊の言葉に、里はぷっと吹き出した。
「あーっ 何で笑うんや」
「いーえ、何でもありません。 正坊も大人になったなぁと思っただけや」
「馬鹿にしてーっ」
そう言うと、正坊ぷくーっと頬を膨らませた。

「もう、2人ともっ! 早くやっちゃわないと終わらないよ!」
気がつくと、セイが腰に手を当てて立っていた。

「あ、おセイちゃん、ごめんごめん。 あとこれだけやし。 すぐ運びます」
里は残りの荷物を正坊と手分けして家の中へ運び込んだ。



この日、総司が探して来た家に3人は越してきた。
あれから徐々にセイは笑うようになった。
心の中にあった蟠りが少しずつ解けてきているのが自分でも分かる。
総司の言葉の通り、自分には里や正坊がいる。
今は共に過ごしていなくても、近藤や土方も自分の味方だと実感した。
何よりも、総司がこれほどまでに自分に対して想ってくれている事を、セイは心から嬉しく思っている。
それがどういう感情なのかセイには分からなかったが、少なくとも大切に想ってくれているのは確かだろう。
そんな皆の為にも、自分は元の元気な姿に戻る必要がある。
自分にとって忘れがたい辛い過去があろうとも、いつまでもそれを背負っていく訳にはいかない。



「沖田はん遅いなあ」
「しょうがないよ。 仕事だもん」
一通りの仕事が終わり、3人は一服していた。
「それにしてもええ家やねえ。 沖田せんせに感謝せなあきません」
里はお茶を一口飲むと、手入れの行き届いた庭に目をやった。

引越しに合わせて、総司は庭師を呼んで丁寧に庭を手入れさせた。
生垣も、元々高かったのだが更に高くしておいたらしい。
広いとはいえないが、3人が暮らすには十分すぎる家。

「本当に・・ こんなにしてもらって良いのかな」
セイが申し訳なさそうに笑った。
「何言うてはんの。 沖田せんせがおセイちゃんの為にやった事やないの。 感謝するのはうちらの方どす」
「そうや。 セイねえちゃんはほんまに幸せ者やなぁ」
正坊の言葉に、2人は顔を見合わせて笑った。


「すみませんっ! 遅くなりましたっ!」
その時、外から聞きなれた声がした。

「あっ 沖田せんせ来たみたいやな」
「うん」
里の言葉に、セイはほんのりと頬を染める。

セイは急いで外へ総司を迎えに出た。


その後姿を、里は嬉しそうに見送った。
総司の存在に、以前のような反応を示すセイに心から安堵していた。
この数ヶ月は、総司の事を拒んでいたのが嘘のようだ。
やはりこの娘には総司の存在以上はないのだろう。



「こんにちは」
戸を開けると、そこには額に汗を浮かべた総司がにこやかに立っていた。
「こ、こんにちは」

「遅くなってすみません」
そういいながら、総司はセイに土産を渡した。
「いえ、全然大丈夫です。 さっき全部終えて、今3人でお茶をしていたところだったんです。 どうぞお入りください」
セイは、総司からの土産を受け取りながら、中へ入るよう促した。

「どうですか? この家は」
「はい 本当に良い家でとっても気に入ってます」
「それは良かった。 ここなら何かあってもすぐ駆けつけられますからね」
2人は里たちのいる居間へとやってきた。

「ようこそおいでくださいました、沖田せんせ」
「沖田はん、こんなええ家ありがとう」
総司を見るなり、2人は立ち上がり総司に礼を言った。
「やめて下さいよう、2人とも。 大したことは何もしてませんから」
総司は恥ずかしそうに首を振った。

「あっ お茶切らしてしもてるわ」
里が思い出したように手を打った。
「買いに行ってこなあきませんね」
「いえ、私なら大丈夫ですからお構いなく」
「そういう訳にはいきません。 正坊、付いて来てくれる?」
「うん、もちろんや。 じゃあちょっと待っててな」
そう言うと、2人はいそいそと外へ出て行った。

お茶・・・?
まだいっぱいあったような気がするんだけど・・

セイは不思議に思いながら、総司に座るよう薦めた。

2人きりになり、セイは少し気恥ずかしい気持ちでいた。
何となく総司の顔が見れず、下を向いたり部屋の中を見渡したりしてしまう。

そんなセイを、総司は不思議そうに眺めていた。
「どうかしたんですか? 神谷さん」
「えっ! いえ、何もっ」
ビクっとして総司に振り向く。

「?」
セイの反応に首をかしげたが、大して気にする様子もなく総司は庭に目をやった。
「ここなら安全でしょう。 外から見えないようにしてもらいましたから。 女性2人と子供が住んでるのが外に知れたら、またどんな危険があるか分かりませんからね」
「本当に何から何までありがとうございます」
セイは深々と頭を下げた。
「神谷さんまで・・ これは私が勝手にやった事なんだから気にしないで下さいよ。  あっ それよりも・・・」
そういいながら、総司は懐から布に包まれたものを取り出した。

「これをあなたに」
布をめくって、中にあるものをセイに見せた。
「これ・・」
「きっとあなたに似合うんじゃないかと思ったんですが、受け取って頂けますか?」
総司の手には、見るからに高価そうな簪があった。
「こんな高そうなもの、受け取れません」
セイは慌てて両手を振った。
「これはあなたの為に買ったものです。 受け取って頂かなければ、行き場がなくなってしまいます」
「でも・・」
まだ遠慮しているセイに構わず、総司はセイの結っている髪にその簪をさした。

「良く似合いますよ」
総司はセイを見てにっこりと微笑んだ。
「本当に・・ 良いのですか?」
「はい。 受け取ってください」
「ありがとうございます。 嬉しい・・・です」
セイは目にうっすらと涙を浮かべて総司を見た。
「あ・・ でも1つだけお願いがあります」
「はい。 何でも言ってください」
総司はぽりぽりと頭を掻いた。
「あのー・・ もし・・ もしですけど、他の人から例えば櫛とか渡されたら・・」
「え?」
「その・・ 受け取らないでもらえますか?」
「・・・・?」
セイは総司の言っている意味が分からないというように首をかしげた。
「だから、私以外の人から、もし櫛を渡される事があったら断ってもらえますか?」

総司は中村の事を言っていた。
以前中村がセイに渡すために櫛を買っているのを見た。
総司としては、セイが中村から渡された櫛を受取るのはどうしても許せなかった。
中村だけではなく、自分以外の誰からもそういった贈り物を受取って欲しくなかった。

「そんな事ないと思いますが・・」
何も知らないセイは、苦笑いした。
「そんな事もしあってもなくてもです」
真っ赤になりながらきっぱりとそういう総司に、セイは何故そんな事を言い出すのか分からなかった。
しかし、もちろんセイはそれを拒むつもりはなかった。
「はい、先生のおっしゃる通りにします」
そう言うと、にっこりと微笑んだ。
それを聞いて、総司も安心したようにふぅっと息を吐いた。
「大切にしますね」
セイの笑顔を見て、総司はドキっとした。
そして、以前のようなセイに戻ったことを心から嬉しく思っていた。





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