弁護士の彼  前編  





夜勤の仕事を終えたセイは、へとへとになりながらもどこか浮足立って自宅に急いでいた。
今日はセイの22回目の誕生日。
恋人である沖田と3週間ぶりに会う約束をしていた。
誕生日だという事は、付き合ってから伝えたことがあったかどうかは記憶にない。
たまたま今日休みがとれそうだとメールが来た。
自分の誕生日の日に大好きな人と過ごせるのだ。
これ以上幸せな事があるだろうか。
体は疲れているし、睡眠をとっていないにも関わらず全く眠くなかった。
むしろ会えることが楽しみで、心踊るようだった。


まず会ったらどんな会話をしようか。
久し振りすぎて、ちょっと照れてしまうかもしれない。
お気に入りのお店で、ランチも良いかも。
その後は… 前から彼が見たいと言っていた映画に行っても良いだろう。
何しろ時間は今日1日たっぷりあるのだ。

セイは約束の時間に間に合うよう、1度家に帰ってシャワーを浴びようと家路を急いだ。

その時。


鞄に入れている携帯のバイブが鳴った。

取り出してみると、沖田の名前がCallされている。
まだ約束の時間には3時間ほどある。

不思議に思いながらも電話に出た。

「もしもしっ 沖田さん?」
『あ、富永さんですか? おはようございます』
電話の向こうからは、微かに息切れしている沖田の声が聞こえた。
「おはようございます。 どうしたんですか? まだ約束の時間まではまだまだありますけど・・・」
セイの問に、電話の向こうからは軽く溜息をつくのが聞こえた。
「ごめんなさい・・・ 実は急に仕事で呼び出されてしまったのです」
「えっ」
申し訳なさそうにそういう沖田に、セイは小さく声を上げた。
「今日は休みにして欲しいと言ってあったのですが、私の顧客がどうしても今日話がしたいと言ってきかないもので・・・ 」
「そうですか・・」
あまりにも楽しみにしていた反動で、思わず思いっきり落胆した声を出してしまった。
「本当にごめんなさいっ! 少しでも早く終わるように頑張りますから!」
恐らく小走りに職場へ向かっているのだろう。
沖田の声はところどころ息切れしているように聞こえる。
「あ、いえ 良いんです。 お仕事ですからっ! 私なんかよりもお仕事優先してください!」
思わず感情を表に出してしまった事を申し訳なく思いながら、セイは沖田を気遣った。
「私もあなたに会いたかったんです。 出来るだけ早く切り上げますから!」
「ふふっ ありがとうございます。 お仕事がんばって下さいね」
「ありがとう。 じゃあ仕事が終わったら連絡しますから!」
そう言うと、沖田は電話を切った。




セイは、切れた電話を握り締めてその場に立ち止まった。

すっごく楽しみにしてたのにな・・
仕事なんだからしょうがない。
分かってはいるのだが、これで何度目だろう。
看護師の自分と、弁護士の彼では会う時間があまりにも少なすぎる。
自分はこんなにも沖田に会いたくて会いたくて仕方がないのに、彼はそうではないのだろうか。
仕事で疲れた時、彼の笑顔が無償に見たくなる。
辛い時、ぎゅっと抱きしめて欲しくなる事もある。
なのに会いたい時に彼がいたことなど1度もない。
そんなの付き合う前から分かっていたことなのに・・・。

セイは、大きく溜息をつくと足取り重く家路に向かった。








「ぷはーーっ」
セイは、缶ビールを一気に飲み干した。
どうせ今日沖田が帰ってくるのは夜中になるだろう。
毎度のことだ。
「なるべく早く」など、もう何度も聞いた。
最初はその言葉に期待していたものだが、いつも期待を裏切られてきた。
きっと今日はもう会えない。
そう思うと、飲まなきゃやってられないとばかりに、帰りにマンションの1Fにあるコンビニで大量に缶ビールや缶チューハイを買ってきた。

TVをつけてみると、ワイドショーの占いをやっていた。
思わず今日の運勢を見てしまう。

「〜座のあなたは・・・」

はぁっ? ラブ運が最高?

思わず自分の占いに向って眉間にしわを寄せる。
どこがだっ!
誕生日に彼氏にドタキャンされて、夜勤明けの為もう寝るしかないのだ。
ぷくっとほっぺを膨らませて、セイはチャンネルを変えた。

あーあ と声に出しながら、ソファにもたれた。
先ほどから浮かぶのは沖田の顔ばかり。

会いたい会いたい会いたい会いたい…

でもお互い忙しい仕事をしているのだから仕方のない事。
いくら同じマンションに住んでいるとはいえ、生活の時間帯が違いすぎる。
それこそ一緒に住まなければ、簡単に会う事など出来ないだろう。

そこまで考えて、セイは更に溜息をついた。

一緒に住むなんて・・

付き合ってもうすぐ1年になろうというのに、お互いの家に行ったことなど数えるほどしかないのだ。
こんなことで付き合っていると言えるのだろうか。

次の缶を手に取り、勢いよく栓を開けるとまたもや一気に飲み干した。



















「おっかしいなぁ・・・」
沖田は携帯を手に首をかしげた。
今日は元々休みだったため、仕事をかなり早く切り上げて帰って来た。
とは言っても、既に午後の4時をまわっていた。

会社を出ると、すぐにセイに電話をかけた。
しかし何度かけても出る気配がない。

夜勤明けと言っていたから、もしかして寝ているのだろうか。
もしそうなら起こしてしまっては可哀相だと思う。

しかし沖田はどうしてもセイに会いたかった。
何しろ3週間ぶりに会う約束をしていたのだから。
この日空けるために、どれほど頑張って仕事を仕上げてきたか。

沖田は電話をかける事を諦め、取り合えず自分の自宅でもありセイも住んでいるマンションへと急いだ。





ピンポーン・・・・



ピンポーーーーーーーン…





沖田はセイの部屋の前で困り果てた顔で立ちつくしていた。

電話に出なくても、さすがにインターフォンを鳴らせば出てくると思ったのだ。
微かに家の中からテレビの音が漏れているため、いるのは間違いないだろう。
もしかして何かあったのではないかと心配になってきた。
お互い合鍵などは持っていない。
どうするべきかと考えて、ドアノブをゆっくりと回してみた。



「開いた…」

不用心にもほどがある。
鍵を閉め忘れているなど、普段のセイからは考えられない。

そーっと中に入り、玄関から中をうかがってみた。
しかしキッチンの奥の部屋の扉は閉まっており中の様子は見えない。

「富永さん?」

呼びかけてみるが、当然返事はない。


「いないんですかー? 入りますよー?」
沖田は悪いとは思いながらも、恐る恐る部屋へ入って行った。




「!?」
部屋に入った途端、酒の匂いに顔を顰めた。
そして仰向けに大の字に寝ているセイを見つけた。

「と、富永さん!?」
慌てて駆け寄って抱き上げた。

セイは気持ち良さそうにぐっすりと眠っている。

「もしかして・・・ これ全部飲んだんですか・・・」
セイの周りには、数十本の空き缶が転がっている。


びっくりしてセイの顔を覗き込んで見る。
「富永さん?」

呼びかけてみるが、起きる気配がない。
セイからは酒の匂いがぷんぷんと漂っている。
しばらくセイの顔を呆然と見下ろしていた沖田だったが、「ぷっ」と噴き出した。

こんな無防備なセイを見たのは初めてだ。
沖田は何だか嬉しくなって、それからしばらくセイの顔を眺めていた。






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